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第18話 本来の姿


「どうだ? 〝神経を斬られた〟気分は」


ジュラフォードはしゃがみ込むと、横たわるベウニルにその痛みの正体を明かした。


「その幻術を解くには痛みで上書きする必要があった。死なないように加減すんのは案外大変だったがな」


こめかみを押さえるベウニルは涙を流す。


それは痛みの苦しみがもたらす涙ではなく、ジュラフォードに救われ正気を取り戻した安堵の涙だった。


ベウニルは幻術から解放され、剣士VS剣士の戦いに決着がついた。


最後方で行く末を見守っていた二人もベウニルを囲むと、リリアフィルは心配そうに声を掛けた。


「あの、大丈夫ですか?」


大丈夫とまでは言えないものの、下手に心配かけまいと気丈に振舞うベウニル。


ジュラフォードに差し出された手を借りて起き上がると、本音の言葉を口にした。


「ほんと、すみません。俺、ダメダメだなって…… でも本当はもっとやれるはずなのに、なんか足を引っ張ってて……」


何を言うでもなく、ジュラフォードは黙って話を聞いていた。


「二度も操られて、それに簡単に心まで利用されて、俺はもう剣士失格です」


「……いいか、ベウニル。これだけは言っておくぞ」


そう切り出すと、聞き手に回っていたジュラフォードがようやく口を開いた。


「自分の弱さは伸び代だと思え。そうすれば、お前はまだまだ強くなれる!」


ベウニルは頬をつたう涙を袖で拭うと、キリっと表情を変えた。


「もう…… 俺はもう迷いません!! そしていつか貴方を越えられるような剣士になります!」


己の足でしっかりと立ち上がり、拳を突き上げ高らかに宣言するベウニル。


しかし、戦闘でダメージを負った体にはその動作すら負荷が掛かった。


「いてて……」


今度は脇腹を押さえ痛みを口にする。


「暴走して痛みも忘れていたんでしょうね。まるで遅効性の毒ね」


「すまないが、こいつを魔法で回復してやれないか」


メルマドゥナは、髪を後ろへかき上げながらジュラフォードを見つめる。


「あなたの頬の怪我はいいの?」


「こんなものどうってことない。俺はいい、ベウニルを頼む」


「お人好しなんだから…… でも、その見た目のギャップ好きかも」


「ん? なにか言ったか?」


「あぁ、いや! なにも~ あははは」


思わず小声で漏らした本心を誤魔化すメルマドゥナ。


ジュラフォードの指示通り、ベウニルの方を向くと、両手を翳し回復魔法を発動した。


「いい? これはジュラ様の頼みだからするだけよ」


悪態つきながらも、その両手からはじんわりと暖かな波動が放たれる。


戦いの熾烈さを物語るボロボロの服からは生々しい傷を覗かせていた。


だが、魔法を受けると見る見る内に傷も痛みも消え、元の素肌へ戻っていった。


「凄い……! ありがとうございます、メルマドゥナさん!」


「礼ならジュラ様にしなさいよ。あと、私の名前を呼んでいいのはジュラ様だけよ」


再び悪態をつくと、思い出したかのようにジュラフォードに質問を投げかけた。


「そういえば、どうやって幻術から解放したのよ? 速すぎて、とてもじゃないけど私には何も見えなかったわ」


ジュラフォードは指先を自身のこめかみにとんとんと当ててジェスチャーをした。


「神経を一時的に斬った。あの操られ方は並みの痛覚刺激じゃ意味がなかっただろうからな」


「まぁ……! それをあの戦いのなかでやってのけたと言うの!?」


「殺さないようにするには、受け身に回るしかないもんで少し骨が折れたがな……」


メルマドゥナは戦いを振り返りながら、その冷静な状況判断と計算されて組み立てられた戦いに感嘆する。


「じゃ、じゃあ…… いくら幻術の力で暴走してても、俺はどのみちジュラフォードさんには勝てなかったわけか」


「だが太刀筋は悪くなかった。あと千年も死ぬ気で鍛えたら、マグレでも俺に一太刀くらいなら浴びせられるかもな」


「ご、千年!? 無理ですよそんな!」


ジュラフォードは冗談っぽく笑った。


ベウニル自身は、要するにどう足掻いても敵わない相手なのだと骨の髄まで完全に理解した。


幻術による暴走の力を借りていたとはいえ、ジュラフォードにほんの一瞬の間しか本気を引き出せなかった。


その事実は劣等感を深めるのでなく、諦めを越えた清々しい憧憬に昇華されていた。


完全敗北したというのにベウニルが納得したような表情を浮かべていると、リリアフィルが言葉を発する。


「あ、あの…… そういえば操られていたとき、子供たちは上の階に居ると言ってましたよね?」


「え、俺そんなこと言ってたの!?」


「はい、もしかしてそれも自覚ないですか?」


「うぅ~ん。悪いんだけど暴れ回ってたって事しかまるで覚えてなくて」


申し訳なさそうにベウニルが項垂れていると、ジュラフォードが操られていた時に発していた言葉を思い返す。


「廊下にあった部屋のどれかに上に繋がる階段があると、そう言っていた」


「ええ、私もそう聞いていたわ」


「それにしても、ジュラフォード様とベウニルさんを戦わせるなんて本当に酷いやり方です」


リリアフィルは静かに拳骨を拵えながら、怒りで表情を滲ませていた。


幻術による相手の戦略に、ジュラフォードも感情を露にする。


「迂闊だった……」


「なに? どうかしたの?」


「最初に聞こえた悲鳴も幻術だった訳だろ? ここに閉じ込めて時間を稼ぐための罠だったってわけだ」


「無理もないわよ。子供のあんな悲鳴を聞かされて平気な顔してろって方が無理があるもの」


メルマドゥナが同情して励ますと、ジュラフォードはさらわれた子供たちの話に戻した。


「これ以上、時間稼ぎを食らってる暇はない早く上の階へ急ごう。ユバも心配だ」


ジュラフォードに促されると、リリアフィルは部屋を出ると、再び綺羅ノ眼を発動させる。


輝く瞳は仕掛けられた幻術を透視するように、簡単に見破った。


「この廊下、たくさんある扉のほとんどが幻術で作ったダミーみたいです」


「……やはりね。もしかしたらとは思っていたけど、どうやら幻術の精度が上がってるわね」


確信めいた口ぶりのまま、メルマドゥナはさらに続ける。


「恐らく、サキュバスもそれにインキュバスも更に強くなってるわ。みんな、気を付けて」


ベウニルとリリアフィルの二人はぐっと固唾を飲んだ。


そのすぐ後、リリアフィルは両手で頬を軽く叩くと「こっちです!」と言いながら先導した。


ステンドグラスから伸びる影を越え、廊下のちょうど中間にある扉の前でピタリと止まる。


「ここか?」


ジュラフォードの問い掛けにリリアフィルがこくりと頷いて応える。


その反応を一目見ると、ジュラフォードはドアノブに手を掛けた。


「いくぞ、準備はいいな?」


背後に並ぶ三人にそう訊くと、それぞれから決意の言葉が返ってきた。


それを合図として、ジュラフォードは静かに扉を開く。


ギギギとひずむ音。その感触は確かに本物だった。


古風な木製の家具が立ち並ぶ閑散とした室内。


その最奥には天井から吊り下ろされた収納式の階段が引っ張り出されていた。


部屋のなかの雰囲気は先ほどまでいた幻術の部屋と変わらず、いかに幻術が精巧だったのかを思い知る。


ジュラフォードはそんなことなど気にも留めず、一直線に階段が伸びる最奥へ向かう。


淡々と吊り下ろし階段を登っていき、その後を少し遅れて追う三人。


「お先にどうぞ!」


ベウニルは気を利かせたつもりでそう言ったものの、かえって顰蹙を買う嵌めになる。


「はぁ? こういう場合あんたが先に登りなさいよ。それと、登っても決して下を見ない事! いいわね!?」


メルマドゥナの言葉でようやく裏目に出てしまっていたことに気付き、恥をかいて顔を赤くする。


「おい、どうした?! 早く来い!」


頭上からジュラフォードの催促する声が届く。


「は、はい! いま行きます!!」


ベウニルは急ぎ足で登りきり、少しの間を開けてリリアフィル、メルマドゥナと続いていく。


四人全員が最上階まで到着する。そこは間仕切りのないひらけた広間だった。


広間の奥では、サキュバスとインキュバスの二人が不敵な笑みを浮かべながら待ち構えていた。


そして、その背後にはユバを含めた捕らえられた子供たちが拘束具を付けられ眠らされていた。


「ユバ!!!」


「憎きジュラフォード、ようやく会えたわねぇ… ふふふっ」


サキュバスは、右から左へ舌で唇をなぞりながらジュラフォードを見つめる。


妖しい視線を浴びるジュラフォードは、遅れて来たメルマドゥナに横目で訊ねる。


「擬態というのはあれのことを言ってるのか? あれは…… 随分醜いんじゃないか?」


その視線の先には──


存在感を放つ、鋭く伸びる剥き出しの牙と湾曲した角。


さらには一糸纏わぬ桃色の肌をさらけ出し、魔術としてのサキュバスの〝本来の姿〟があった。


「あなたも来たのねえ、母さん…… いや、憎きメルマドゥナ!!!」


その一言を聞いたジュラフォードは、戸惑いながらサキュバスとメルマドゥナを交互に見つめた。


「母さん…… だと……?」


「もう終わりにしましょう。あなたたちはここで解放してあげるわ」


メルマドゥナはこれまで一度も見せなかった、哀しみが混在する真剣な表情を浮かべていた。



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