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第1話 壊滅する里


王都から遠く離れた辺境の地。


霊峰に囲まれたその地には、世にも珍しい種族が住み着いていた。


〝エルフ族〟


特徴的な長耳を持ち、外部との接点を持たず、代々つたわる伝承を重んじる彼らはそう呼ばれていた。


しかし、エルフの住まう長閑な安住の地は、一夜にして地獄へと変貌することとなる。




──新王暦100年 春の月



その日、エルフの少年・クラドは夜も更けているというのに、まだ床に就いてはいなかった。


里のほとんどが穏やかに寝静まっているなか、クラドの心境はまるで穏やかではなかったからだ。


「今日こそ、今日こそは!」


クラドは里の幼馴染である少女・リリアフィルに、密かに恋心を抱いていた。


友達と言うには軽く、とはいえ恋人と言うには重い。そんな曖昧な関係が長く続いていた。


そんな日々を終わらせようと、想いを伝えるために夜遅く集落のはずれにある渓流へ、リリアフィルを呼び出していた。


見回り隊の目をかいくぐり、ようやく約束の渓流へと到着する。


鬱蒼とした藪の先には、クラドを待つリリアフィルの姿があった。


「先に着いてたのか!」


藪陰からその姿を覗くだけで、次第に緊張感が高まってゆく。


高鳴る鼓動を抑えようと、左手をグッと胸に当てるクラド。


「落ち着け、落ち着け……!!」


脳内でその言葉を繰り返しながら自身を宥める。


そしてゆっくりと、だが確実にリリアフィルに近づいていく。



カサカサカサ……



「きゃっ、誰!?」


草木の擦れる音に反応し、リリアフィルが怯えた様子で華奢な身を縮こまらせた。


「あ、俺だよ俺!」


「なんだ、クラドか! もぉ、脅かさないでよ!」


安堵のため息と共に、一瞬にして表情が緩む。


「それで、用って? こんな夜遅くに出歩いちゃいけないんだよ。見つかったら怒られるのは私もなんだからね?」


「あ、うん。分かってるよ。ほ、ほら! ここ、よく小さいとき遊んだよな!!」


「うん、覚えてるよ。でもそんなこと言うために呼び出したの?」


「あ、いやぁ! そうじゃなくって、えっと~……」


緊張のあまり空回りするクラド。赤くしたその顔はリリアフィルを直視できないでいた。


「ねぇ、なに? 早くしないと見回りのおじさん達に見つかっちゃうよ」


自身の脈打つ心音に眩暈さえ起こしそうななか、クラドはついに覚悟を決める。


「ず、ずっと、ずっと前から………  す……」


と、そのときだった。


「うああああああああああああ!!!」


クラドの決心を掻き消すように、少し離れた先から物騒な悲鳴が聞こえてきた。


「な、なに!?」


リリアフィルがクラドの背後へ視線を寄せる。悲鳴が聞こえて来たのもその方角だった。


「ねぇ、あれ……」


リリアフィルが指差す方を振り向くクラド。


「あ、あっ……!!」


その視線の先に広がっていたのは、轟轟と燃え滾る炎だった。


クラドが来た道に生い茂っていた緑は、見るも無残に鮮やかな深紅へと様変わりしている。


「ひぃぃぃぃ、やめろ、やめてくれぇえ、あああああ!!!」


「あの炎、見回りが持ってた松明で燃え広がったのか……?」


「襲われてるみたいだし、もしかしたらそうかも……」


「よせ、やめてくれぇええええ!!!!」


一人、また一人と断末魔と共に〝何者か〟によってその命を奪われていく気配がする。


その叫声を前に、苦悶の表情を浮かべるリリアフィルとクラド。


「ね、ねえクラド、戻ろうよ!! 里のみんなが心配だよ!」


「戻ろうって言っても、里の方は燃えてるし……」


ほんの少し考えたあと、クラドはすぐに閃く。


「そうだ! 抜け道を使えば!」


思い立った二人はすぐさまその場を後にし、川を遡りながら記憶を頼りに集落につながる洞窟へと向かう。


本来なら暗がりで何も見えないはずの夜道が、皮肉にも加速度的に燃え広がる火事によって鮮明になっていた。


肩で息をしながら抜け道を目指す最中、クラドはこんな時でさえ、手さえ握れない己の非力さを嘆いていた。


近くにいるはずなのに遠く感じるその距離感が、クラドの心を締め付ける。


「クソッ こんなつもりじゃ……」


「え? なぁに? 聞こえなかった!」


「い、いや! なんでもない!」


しばらくすると、馴染み深い洞窟に辿り着いた。


「着いた! 確かここだよね!」


その洞窟は、年数が経っていても外観は大きく変わってはいなかった。


「ごめん、先に行ってくれないかな? その、怖くって……」


俯き加減にリリアフィルがそう言うと、クラドは自信無さそうに「うん」と頷き、洞窟へ足を踏み入れた。


外とは打って変わり、洞窟のなかは暗闇に満ちている。


『怖くって……』


暗闇の中を進みながら、クラドは先ほどのリリアフィルの言葉を反芻した。


言葉にはせずとも、怯えるリリアフィルの姿に可憐さを感じ、胸中で庇護欲を駆り立てられる。


リリアフィルのこと、里の危機、あらゆる感情が渦を巻き、クラドはもはや穏やかではいられなくなっていた。


会話のない無言のまま洞窟を進んでいると、次第に足元が明るくなっていく。


出口の方から射し込む燃え盛る炎による明かりだということは、すぐに分かった。


「娘は殺さないで!!!」


「うあぁあああああ!!」


「逃げろ、みんな逃げろ!!」


出口に近づくにつれ、鮮明に聞こえる悲鳴が二人の耳を突き刺す。


「ぐすっ……」


リリアフィルは堪えきれず涙を零すと、一度溢れた涙は決壊したように泣きじゃくり始めた。


その場に崩れ落ちるリリアフィルに、クラドは掛ける言葉がすぐには見当たらなかった。


「このままじっとしてるわけにはいかないよ」


少しして口をついて出たその言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだったが、リリアフィルもその言葉を素直に受け止めた。


「そうだよね…… うん、まだ生き残ってる人もいるかもしれないし」


弱々しい声色ながら、リリアフィルはそういうと壁に寄りかかりつつ立ち上がった。


その姿を見ると、クラドは更に励ましの言葉を続ける。


「バランさんがいるじゃんか、きっとみんなを逃がしてくれてるよ!」


「兄さん…… そ、そうだよね! バラン兄さんがきっと!」


リリアフィルは兄の名を耳にした途端に、再び気持ちを取り直す。


しっかりとした足取りで暗闇の中を進み、兄の待つ集落へと向かった。



しかし──



「そ、そんな……!!」


二人の淡い期待も裏腹に、洞窟の崖から見下ろす集落には凄惨な光景だけが広がっていた。


原形を留めぬほど破壊され、炎に包まれる家屋と木々。


無惨に転がるのは誰のものかも分からぬ四肢、さらには湖のように広がる血だまり。


そして、生き残ったわずかな民を追いかけ回る禍々しき異形の姿。


まだあどけなさの残る二人の心を壊すには、あまりにも惨たらしい光景だった。


絶望に打ちひしがれる間もなく、集落へ降る道からは足音が聞こえて来た。


クラドは考えるよりも先にリリアフィルの前へ出て、迫りくる何者かを睨むように見つめた。


「おぉ、生きておったかおぬしら!!」


「おじい様……!? 無事だったんですか!?」


「はぁはぁ、待っておくれ爺さん……」


「おばあ様まで!?」


目の前に現れたのは里を取り仕切る里長にして、最年長者であるバーネルとその夫人のリンだった。


「リリアフィルよ、おぬしが生き残っておるならばまだ希望がある!」


バーネルはクラドの背後に隠れるリリアフィルの元へと駆け寄った。


「リリアフィル、見ての通り里はこの有り様じゃ。だがおぬしがいればまだ救いがある」


バーネルの言葉に、クラドが問い返す。


「一体、なにがあったって言うんですか!?」


「魔の存在、魔獣が現れたんじゃ」


理解の追いつかないクラドに、リンが切迫した様子で伝えた。


「クラド、お前も里の者なんじゃ。伝説の剣士様の言い伝えは知っておるじゃろう?」


「でもそんなおとぎ話…… その剣士だって本当に実在するんですか?」


「わしがまだリリアと同じくらいの年頃に、一度だけ会ったことがある!!」


半信半疑のクラドに、リンは声を荒らげながら答えた。


「その昔、里を襲った竜を一太刀で倒してくださったのは今でも鮮明に覚えとる」


リンはリリアフィルを一瞥すると、さらに続ける。


「お礼に里の娘を差し出しても、黙って山へ帰られる奇特な方じゃったがのぅ」


「そんな話、なんでこんな時に…… あっ!」


バーネルの言っていた「おぬしがいればまだ救いがある」という言葉の意味をクラドが察する。


「もしかして、リリアを……?」


「あぁ、剣士様に捧げる。それしか里が助かる方法はない」


「そ、そんな……! ふざけんなっ!!」


「よいか。これはもう決まったことなんじゃ。リリアフィルもよいな?」


「えぇ、それで里が救われるなら……」


感情のない無機質な声色で、リリアフィルは力なく答えた。


「そんな…… リリアまで……」



グゥゥゥゥゥアアアア…!



「魔獣が近づいておるな…… もうこうしてられん、行くぞ!」


リンはリリアフィルの手を引き、バーネルと共に洞窟の抜け道へと向かう。


「待てよ、待ってくれ!! 俺からリリアまで奪わないでくれ……!」


「ええい、邪魔じゃ!! おぬしのわがままに付き合ってる暇はないんじゃ!」


バーネルにしがみ付くクラドは易々と弾き飛ばされる。


小さくなっていくリリアフィルの背を、ただ黙って見つめるしか出来なかった。


そのときだった。


「おぉおおおい!!!」


声を張り上げながら、バーネルを追いかけるようにして何者かが山道を駆け上がってくる。


「兄さん!!」


リリアフィルが振り向きながら反応する。その声の主は、兄のバランだった。


「おぉ、リリア! 無事だったのか!!」


その場で伏せるクラドに気付かず、一目散にリリアフィルの元へ向かうバラン。


「ハァハァ…… リリア!」


「兄さん、その傷……」


「あぁ、気にするな。俺は平気だ」


バランの剣は血に塗れ戦いの痕跡があり、いくらかの創傷が生々しく刻まれていた。


リリアフィルは兄の無事に安堵すると、またしても子供のように泣きじゃくりバランに抱きついた。


しかしバランは、妹の抱擁を受け入れながらも、力強い眼差しでバーネルとリンに告げた。


「話は見回り隊から聞いたよ。俺が時間を稼ぐから、早く行ってくれ」


泣き縋る妹の肩を取って引き離すと、バランは話を続けた。


「いいか、きっとお前にしかできないことがあるはずだ。だから、しっかりしろ!」


その言葉にハッとさせられたリリアフィルは、溢れ出ていた涙が一瞬にして引っ込める。


バランはそれ以上なにも言わず、ただ笑顔で頷いた。


「ほれ、リリアフィル。はよういくぞ」


気を取り戻したリリアフィルは、バーネルの手を煩わせることなく自らの意思で歩き始める。


去っていく妹を見届けると、魔獣の元へと迎撃へ向かうバラン。


その途中で、来た時には見落としていたクラドの存在に気付く。


「おい、クラド!? しっかりしろ!」


「バランさん…… 俺、最後まで結局なにも言えなかったよ…… もう終わりなんだ。里も、俺も……」


「まだ何も終わっていない! しっかりしろ!」


「グルルルル……」


「クソっ、来やがったか!」


あらゆる絶望の果てに、人形のように横たわるクラド。


一方、バランは、戦うというにはあまりにも心許ない刃こぼれを起こした剣を構えた。


満身創痍の二人の前に、里を壊滅させた魔獣が唸りをあげて現れる──





集落から少し離れた霊峰。


そこでは、一人の剣士と一人の女の子が、火の海と化したエルフの里を見つめていた。


「御師様、誰かこちらへきてるよー!! あれってエルフ族ってやつかなー?」


「あぁ。だがあいつらは…… 追い返してこい……!」


麓を駆ける、救援要請に向かうリリアフィルたちを見つめながら、剣士は静かに呟いた。





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