第17話 剣士VS剣士
ジュラフォードたちは二階へ上がると、真っ直ぐに伸びる一本道の長い廊下を前にしていた。
最奥の壁にはステンドグラスがうっすらと怪しく光り、不穏な気配が立ち込めていた。
「気味が悪いわね……」
すると、廊下の奥、ステンドグラス張りの壁から見て手前の部屋からなにやら悲鳴が聞こえてきた。
「た、たすけてぇ!!!」
「うぁぁぁんお母さぁぁん!!!」
阿鼻叫喚を耳にした途端、すぐさまジュラフォードが反応する。
「さらわれた子供たちか!」
リリアフィルとメルマドゥナが掴む腕を強引にも振りほどくと、ドドドと大きな足音を上げて駆けていった。
ドンッ!
向かって走る勢いそのままに、悲鳴のする扉へ向かって体当たりをかます。
造作もなく扉を真っ二つに砕くと、転がるようにして部屋の中央まで突入した。
ひらけた部屋のなかを反射的に見回す前に、その異変にはすぐに気付いた。
「なに、いない……?」
しかし、声が聞こえたはずのその部屋には人の気配はなく、ただ朽ちかけた家具が無機質に並んでいた。
「いまのも恐らく幻術ね。リリちゃんには聞こえなかったみたいよ」
遅れて後を着いてきたメルマドゥナがそういうと、ジュラフォードは小さく舌打ちをこぼす。
「チッ、小癪な罠だったか……!」
リリアフィルとメルマドゥナが恐る恐るに、部屋へ足を踏み入れる。
十歩ほど歩いたところで、二人の背から「バタンッ!」という鈍い音が響いた。
咄嗟に背後を振り向くと、ジュラフォードが破壊したはずの扉は元通りに戻っていた。
「どういうことだ?」
「さっきあの扉はジュラ様が壊したはずよね。まぁ、何も驚くことはもうないけど」
すると、閉ざされた三人に鳥肌を立てるかのようにゾッと寒気が押し寄せる。
不穏な気配を感じていると、瞬間移動でもしたかのように突如ベウニルが姿を現した。
だが、ジュラフォードはベウニルの様子がおかしいと一瞬にして見抜いた。
「ベウニル…… なにがあった?」
「クククク……」
直立不動で俯きながら、不気味な笑い声を発するベウニル。
「一体なにがあったと聞いている!!」
ジュラフォードが声を荒げそう言うと、ベウニルは俯いていた顔を上げて答えた。
「ガキどもを返して欲しければ上まで来るんだな! 他の部屋のどこかに上へと繋がる階段がある…」
その口は醜いまでに釣り上がり、目は異様なまでに真っ赤に充血していた。
それどころか血色は悪く、その身に異変があったことは火を見るよりも明らかだった。
「言うまでもないでしょうけど、彼は幻術に取り込まれてるわ」
「あぁ、操られているのは分かっている」
ジュラフォードはスーッと小気味の良い鋼鉄の擦れる音を立てながら得物を鞘から引き抜いた。
「まったく…… 何度、目を覚まさせてやりゃあ気が済むんだよ」
リリアフィルは言われるでもなく、ジュラフォードの背を見つめながら一歩下がると、その雄姿を見守る。
一方でメルマドゥナは、胸を寄せるように組んでいた腕を下ろし、片手を前方へ突き出し構えていた。
「俺は強いんだァ……! 俺の力を受けてみろッ!」
狂乱するベウニルの釣り上がった口からは唾液が垂れる。
赤い目はただ一心にジュラフォードだけを、憎むように見つめていた。
「来いっ……!」
ギィィィンン──!
ジュラフォードが構えた次の瞬間。
メルマドゥナが瞬きをしてすぐ、眼前ではジュラフォードが鍔迫り合う光景に変わっていた。
『速い! 目で捉えられなかった……!』
思わず言葉を失うメルマドゥナは、わずか数十センチ先で繰り広げられる攻防に驚嘆した。
「ジュラフォードォォォ!!」
吼えるベウニルは、力任せに剣を前へ前へと押し込む。
しかしそれでもビクリとも動かないジュラフォードは、逆に力で押し返す。
力負けし、上体だけが後ろに逸れるベウニルは、するりと剣を滑り落とした。
その隙を見逃さなかったジュラフォードは、間髪入れずに柄頭でベウニルのこめかみを狙った。
冷や汗がだらりと垂れるこめかみに、鋼鉄の触れる衝撃が奔る。
ドドドドドッ──
勢いよく吹き飛ばされたベウニルは、室内の壁へ体を強く打ち付けた。
ジュラフォードは首を傾け、ベウニルの方へと静かに視線を移す。
「どこへ行った……?」
煙幕のように舞う埃に加え、室内の薄暗さも手伝って目くらましには十分な効果を発揮していた。
「ジュラフォードォォォ!!」
埃を上手く利用したベウニルは、背後からの奇襲を仕掛けた。
握られた拳は、ジュラフォードの顔を目掛け放たれる。
しかし──
体を瞬時に逸らし、飛び掛かるようにして放たれたその一撃をジュラフォードは汗一つ零さず華麗に躱してみせた。
その弾みでベウニルは床に体を叩き付けられ、部屋中を舞う埃はさらに濃度を増す。
わずかに差し込む光が乱反射する埃を煌めかせる。
カラっとした無機質な部屋には、熾烈な肉弾戦を物語る鈍い音と反響する鋼鉄の弾ける音が混ざり合っていた。
舞い上がる埃の凄まじさは、攻防を繰り広げるジュラフォードのみならず、行く末を見守る二人にも及んでいた。
「ゲホゲホッ、ゲホッ」
不意に埃を吸い込んだリリアフィルは口を押さえながら咳き込む。
するとメルマドゥナはドレスの袖で鼻と口を覆いながら、片方の人差し指をくるくると回した。
一瞬にして透明な光の壁が二人を囲うように張り巡らされ、埃を寄せ付けない空間が作り出される。
「まったく、お肌に悪いってのよ」
「すごい……! こんな事が出来るんですね!」
「あなたもその気になれば出来るはずなんだけど」
「私が? ほ、ほんとうですか……?!」
メルマドゥナは呆れたように小さく溜め息をこぼすと、リリアフィルの肩に手を添えて言った。
「いい? 聖女というのがどれだけとんでもないことか…… まあいずれ嫌でも思い知るでしょうけど」
激しい剣戟の音に反応して、メルマドゥナは激化する戦いに意識を向けた。
釣られるように、リリアフィルもまたジュラフォードへ視線を寄せた。
しばらく戦いを観察していると、リリアフィルはこれまでのジュラフォードには無い〝戦いの変化〟に気が付いた。
「ジュラフォード様、左手も使ってる……」
左手を包み隠すように巻かれている包帯の先端が、ひらひらと靡く。
ベウニルに対しジュラフォードは手を抜かずに戦っているのだと、そのときリリアフィルは感じていた。
一方でベウニル自身は、少しの本気を見せたジュラフォードを相手に奮闘を見せる。
だがあえなく両手両足をぴくぴくと振るわせ、力の限界を露呈させていた。
「くっ…… はぁ…… はぁ……」
「どうした? 息が上がっているぞ」
ジュラフォードを睨み付けるベウニル。
瞬きひとつ見せぬまま、最後の意地をみせた。
「どうやっても体術や剣術じゃ敵わない…… だが──」
ベウニルは左手に剣を持ちながら、右手に力を込め始めた。
それに呼応するかのように、窓ガラスはカタカタと音を掻き立てた。
パリンッ!!
ついに衝撃に耐えられなくなったガラスが割れたかと思うと、ベウニルの右手には高出力のエネルギーが迸っていた。
「なんだあれは……!」
ジュラフォードは右手を注意深く見つめる。
守護壁から戦いを見ていたリリアフィルは、メルマドゥナに訊ねた。
「あれは一体なんですか?」
「あの右手の魔法のこと? 一言でいえば、高出力の〝風〟ね」
目の前の魔法に、驚きもせずメルマドゥナはさらに解説を続けた。
「しかも、その高出力の風を上手い具合に圧縮してるわ。言わば片手サイズの暴風ね」
ゴゴゴゴゴゴォォ!!!
「死ねぇぇぇぇ!!!!」
メルマドゥナが〝片手サイズの暴風〟と形容したソレは、弾丸のように超スピードで放出された。
「まずいっ……!」
スプンッ……
咄嗟に体を捻り、暴風弾を避けたつもりのジュラフォードだったが、わずかに間に合わず頬に掠り傷を作る。
たらりと流れる血を左手の包帯で拭う。それと同時に、その表情はさらに本気度を増していた。
ゴゴゴォン、ゴゴゴゴォォン!!!
すかさず第二、第三の暴風弾が連続で押し寄せる。
その全てを剣で受け止めると、気付けばジュラフォードは壁際まで押し退けられていた。
「ジュラフォード様っっ!!」
リリアフィルの心配を余所に、ジュラフォードの視線はベウニルだけを捉える。
魔力を使い尽きたのか、暴風弾による攻撃が止むと、ベウニルは埃を掻き分けながら前へと足を踏み込んだ。
ベウニルがジュラフォードににじり寄るにつれて、ギィギィと床の軋む音が室内にこだまする。
「仕方ないわね……」
メルマドゥナが囁くようにそう言うと、片手に力を溜め始めた。
と、そのとき。
「メルマドゥナ! 余計な手出しはするな!」
ジュラフォードは、メルマドゥナが後方から援護射撃をしようとしていたのを察知していた。
「あら、気付いてたのね。じゃあ見守らせてもらうわ」
メルマドゥナは胸を寄せるように腕を組むと、退屈そうな表情を浮かべた。
「さぁ、終わりだぜェ!!?」
迫るベウニルはしたり顔を浮かべ剣を翳す。
その顔は勝利への確信に満ちていた。
大きく振りかぶり、鋼鉄がジュラフォードへと向かう。
不安な眼差しでリリアフィルが見つめるも、ジュラフォードは受け身のひとつも取ろうとはしていない。
「俺の勝ちだァァァ!!!」
しかし───
「う、うがぁぁ……っ!?」
鋭い剣先はジュラフォードに触れることはなかった。
ベウニルは剣を落とすと、体を震わせながら痛むこめかみを押さえた。
「いぃ…… 力が入らないっ……!!」
その光景を目にすると、ジュラフォードの口角が微かに上を向く。
「ようやく効いてきたか」
痛みに悶絶し、ついにはのたうち回るようにその場に倒れ込んだ。
「なにがなんだか分からねえって顔してんな」
ベウニルを静かに見下ろすジュラフォード。
目線を外さぬまま得物を鞘へと戻すと、余裕の笑みを浮かべていた。




