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第16話 薄暗い闇のなかで


夥しい霧を目の前にリリアフィルはスーッと息を吸うと、力を込めるようにして目を見開いた。


金色の瞳は輝きを放ち、再び綺羅ノ眼が発現する。


その瞬間、リリアフィルの視界は透き通るように鮮明になった。


「見えます!」


初めて発動した力は咄嗟だったものの、すぐにその要領は掴めていた。


「見える? なにが見えるのよ?」


メルマドゥナが素朴な質問を投げ掛ける。


意識を集中させるリリアフィルに代わって、ジュラフォードが答えた。


「聖女の能力だ。霧の幻術魔法を無力化してる。もっとも、それは本人にしか影響がないみたいだが…」


メルマドゥナはちらりとリリアフィルを横目で見ながら返す。


「……なるほどね。これじゃまるで私の天敵じゃないの」


冗談交じりでも、かすかに悔しさを滲ませる表情で言った。


しかし、悔しそうにはしながらも、意外にも次には忠告の言葉を放っていた。


「私の魔力の半分も貴方に分け与えたわ。とは言っても無理を通せばまたブッ倒れるわよ」


「はいっ……! ありがとうございます! でも私は頑張りたいんです……!」


「それは結構なことだけど、貴方は魔力が尽きたら死んじゃうの。忘れるんじゃないわよ」


リリアフィルは小さく頷くと「分かりました」と答えた。


「やつらのいるのはこっちの方なんだけど、あなたの眼でなにか見えないかしら?」


指差された方を見つめると、すぐに綺羅ノ眼が反応を捉えた。


「凄く禍々しい気配を感じます…… みなさん、私についてきてください!」


濃霧の中へ迷わず入り込む。ジュラフォードとメルマドゥナはリリアフィルを見失わぬようにその背を追いかけた。


「俺には何も見えねえが……」


「えぇ、私もよ」


かたやリリアフィルは一切迷いのない確かな足取りで霧の森を突き進む。


いつ敵が襲ってきても対応できるようにと、ジュラフォードは細心の注意を払いながら目を配らせていた。


メルマドゥナは、何一つ先の見えない霧を迷いなく進むリリアフィルを見つめ、その力にひたすら興味を寄せていた。


しばらくすると、ジュラフォードは視線の先にゆらゆらと蠢く人影を捉えた。


「待て、リリアフィル! なにかいるぞ!」


そう促すと、ジュラフォードはその場で止まり剣を抜かぬまま構えを取った。


「え? ジュラフォード様、何もいませんよ?」


しかし、リリアフィルの眼にはジュラフォードが捉えた人影は映っていなかった。


「私には見えるわ。てことは、あれは幻術で生み出した分身ってとこね」


ジュラフォードと同じ対象を見つめながら、メルマドゥナは冷静に分析する。


それに納得したのか、ジュラフォードは足元の小石を蹴りあげて影へと放つ。


石はきれいに影をすり抜けると、霧の立ち込める森の中でどこからともなく不気味な声が響いてきた。


「死ね! 魔女、ジュラフォード……!」


不気味な声に気を取られている内に、気付けば目の前の人影は消えていた。


「村へ最初に来たときと同じだな……」


立ち止まるリリアフィルに、ジュラフォードが話し掛ける。


「足止めしてすまない。リリアフィル、案内を続けてくれ」


「任せてください!」


さほど時間も経たない内に、ジュラフォードたちは森の中にぽつりと佇む廃墟の館へと辿り着いた。


反応はこの館の内部からだとリリアフィルが言うと、ジュラフォードは肩に担いでいるベウニルを下ろした。


「メルマドゥナ、こいつを起こしてやってくれ」


「……もう、人使いが荒いわね」


口ではそう言いつつ、メルマドゥナは従順な態度を示し、地面に横たわるベウニルへと近付いた。


「うぉぉおらァァァ!!! いい加減起きろォォ!!!!」


ドンッドンッドンッ


目の前で起こっている光景に、思わず呆気に取られるジュラフォード。


てっきりリリアフィルを目覚めさせた時のようなやり方だとジュラフォードは予想していた。


しかし現実には、メルマドゥナはベウニルの腹部を乱暴に蹴りあげていた。


「ちょ、ちょっと……! さすがにやりすぎですよ!」


リリアフィルが止めようとするが、聞く耳を持つ気配などなく動きは止まらない。


メルマドゥナは、靴のヒールをベウニルの頬へぐりぐりと食い込ませる。


「オラオラオラ!! 起きろ!!」


ジュラフォードも、さすがに止めにはいるべきだと声を掛けようとした。


その瞬間、ベウニルはゲホゲホと咳き込みながら復帰を果たした。


「ッ…… 痛い、痛いです……!」


「おいベウニル、平気か?」


平気なはずはない。赤く滲んだ頬は、その痛みを表していた。


「メルマドゥナ、さすがにやりすぎだぞ」


「人の裸を見て興奮して気絶するようなバカにはこれくらいでちょうどいいのよ」


「は、裸っ……!?」


リリアフィルは戸惑いながらその言葉に反射的に反応してしまう。


「えぇ、そうよ。この子は人の裸を見て興奮しちゃって気絶したの。どう思う?」


「最低です……! それすっごく最低っ!」


何も知らないリリアフィルは、メルマドゥナのわざとらしい発言に煽られる。


「てめぇ…… ろくな死に方しねえぞ……」


「いくらなんでも、酷いっすよ!」


視線を逸らすようにしてメルマドゥナは館の方へくるりと向き直り、サキュバスにジュラフォードたちの意識を誘導した。


「それより、まずは先にやることがあるんじゃないの?」


全員の顔色が一瞬にして深刻そのものとなる。


ベウニルは固唾を飲むと、館の方へと注意を向けた。


「あそこに、サキュバスが……!」


「俺から行く、ついてこい」


ジュラフォードは迷わず真っ直ぐ進むと、廃墟と化した館の、朽ちた扉に手をかけた。


ゆっくりと扉を押すと、ギギギィという思わず眉を顰めたくなるような鈍い音が響いた。


建付けの悪い扉の向こうには、広々としたホールと薄汚れた赤絨毯の階段が現れる。


「ひ、ひぃぃ……!」


リリアフィルは雰囲気に飲まれ、またしても思わずジュラフォードにしがみつく。


わずかな時間差で、リリアフィルの掴む反対の腕をメルマドゥナが抱き込むように掴んだ。


「お前まで…… なんなんだよ一体!」


メルマドゥナは上目遣いに答える。


「いいじゃない。減るもんじゃないし」


「……ゴホン」


わざとらしい咳払いとともに、ベウニルが割って入る。


「おやおや、お二人さん…… 俺でも別に構いませんよ?」


「嫌です! ベウニルさんは絶対いや!」


「右に同じよ。いやらしい目で見てるんでしょ? しっしっ」


二人揃って小さく舌を突き出しながらベウニルを拒む。


いまにも泣きそうな目で、ベウニルはジュラフォードを見つめた。


「……まぁ、なんだ。若さに打ち勝て」


そう言い残すと、ジュラフォードは館の奥へと進んでいった。


「うわぁもう~~!! ちょっと~~!! 置いてかないでくださいよ~~!!!」


ズコンッ……!


慌てて後を追うベウニルは、老朽化で剥き出しになったタイルの先端に足を取られた。


勢いよく転倒する物音を聞き付け、ジュラフォードは階段から後ろを振り返る。


「おい、平気か?」


「はい……! 俺のことはいいんで、先行っててください!」


服に纏わり付いたホコリを手で払いながら立ち上がるベウニル。


「くっそ~…… 俺って全然ダメダメじゃんか。なんか変態扱いされちゃってるし……」


一人になった途端、思わず愚痴をこぼす。


と、そのときだった。


ツーーーン……


耳鳴りがしたかと思うと、ベウニルの脳内に直接語りかける不気味な声が響いた。


「悔しいか?! 見返したいか?!」


「だ、誰だ!? なんなんだこれは!!」


薄暗いなか辺りを見回す。しかし人の気配など感じられなかった。


すると、脳内に響いていた声は気付けば背後から聞こえ始めた。


「お前が本当は素晴らしい奴なんだと、やつらに証明したくはないか?」


ベウニルは咄嗟に声のする背後を振り向く。


「お、お前は…… 誰だ……!?」


「俺の名はインキュバス。君のよき友人…… に、なれるかもしれない者だ。ククク……」


不敵な笑みを浮かべながらベウニルに接触したのは、サキュバスと行動を共にするインキュバスだった──



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