第15話 おはよう
ガラスのように透明な守護壁越しに、リリアフィルがあられもない姿になっていく。
申し訳程度で視線を逸らしつつも、守護壁の破壊を試みるジュラフォード。
しかし、錬成強度の高い守護壁は鉄壁を誇っていた。
「おい! いい加減にしろ!」
聖装を脱がされたとあれば、力尽くで守護壁を破壊すればリリアフィルにも危害が加わってしまう。
しかし加減をすれば守護壁を破壊できない。
そのジレンマのなかメルマドゥナの背を睨みつけていると、ふとあることに気付く。
「待てよ……? なぜやつは聖装を外せるんだ? そんなことをしようものなら自分が痛い目を見るはずだが……」
そのときジュラフォードが気付いたのは、メルマドゥナには一切の〝敵意や害意〟の類がないということ。
もしそのつもりで触れれば、例えスーツの繊維の一本であろうとも絶大な力で反射される。
しかし、現実に目の前の光景はどうか。
メルマドゥナは無傷のままリリアフィルを生まれたままの姿にしようとしている。
例えいかなる魔法を以てしても、神具を上回るようなことは決してない。
「本当にただの好奇心で……」
不意に言葉が漏れるジュラフォード。その胸中はなんとも言いがたい感情に埋め尽くされた。
必要以上のことを知られる方が都合が悪いと感じたジュラフォードは最低限の真実を明かす。
「おい! 分かった、お前の知りたいことは話す! だからもうやめてくれ!」
すると、そこへ村を一周したベウニルが現れる。
「ジュラフォードさん、やっぱりどこにも見当たりませんでした! ……って!! えぇぇ!?」
ベウニルは両手で鼻を押さえる。紅潮した顔色はドクドクと流れる鼻血と遜色のないほどだ。
「おい! 遊んでないでお前もメルマドゥナを止めてくれ!」
「あ、あばばば……」
思わずリリアフィルのあられもない姿を目にしてしまったベウニル。
目を回したままその場に倒れるとすぐさま気絶してしまった。
「クソっ…… まぁリリアフィルの抜群な体じゃ少年には刺激が強すぎるか……」
視線をベウニルからメルマドゥナへと戻したジュラフォードは、守護壁を叩き付ける手を止めて声を張り上げた。
「その子は正真正銘の聖女だ! だから他と違って特別なのは当たり前だ!」
リリアフィルに絡み付くメルマドゥナの手がピタリと止まる。
すると、すぐさまジュラフォードの方を振り向き守護壁を解いた。
「この子が聖女……? まさか本当に実在していたの?」
「あぁ、教えてやる。だが妙な真似をすれば今度は降参も聞かないからな」
こうしてジュラフォードは、不本意ながらもリリアフィルに宿命付けられた聖女としての力を話した。
綺羅ノ眼という固有能力の実態を知ったメルマドゥナは、恍惚とした顔色を見せ納得した。
「なんて素敵な力なの……! これこそまさに魔法では辿り着けない神域! 私の憧れた未知の世界!!」
「これで満足しただろう、さぁリリアフィルを目覚めさせてくれ。出来るんだろう?」
「おっと、そうね。うっかり忘れるとこだったわ。私の魔力を分け与えるから少し待ってちょうだい」
メルマドゥナはリリアフィルの無防備になった胸元に両手を添えると、魔力を込め始めた。
全身を覆うように放出されたオーラが帯びると、その奔流はリリアフィルへと向かっていく。
「……っう」
魔力を注ぎ始めてまもなく、リリアフィルは意識を取り戻したのか、かすかに声を漏らす。
ジュラフォードはすかさず傍へ寄ると、次にリリアフィルの瞼がぴくぴくと動き始めた。
「俺だリリアフィル!」
「……ジュ……ラフォード……様………?」
ようやく意識を取り戻したリリアフィル。
うっすらと目を開けながらジュラフォードを見つめると、呼びかける声に小さく応えた。
意識を取り戻していくにつれ、メルマドゥナの呼吸は荒くなり、気付けば肩で呼吸をしていた。
「っはあ…… はあ… ど、どう……?」
少しばかり苦しそうに片目を瞑りリリアフィルに訊ねる。
瞼をパチパチと素早く動かすと、緩やかに上体を起こした。
「あぅ…… あ、あの…… 私はいったい…?」
リリアフィルは頭に響く痛みを片手で押さえながら、ジュラフォードとメルマドゥナを交互に見つめる。
「よかった、無事に目覚めてくれて……!」
「この借りは…… 忘れないでちょうだいね……!!」
ジュラフォードは簡単に事の経緯を話した。
霧の森を抜けた途端に意識を失い昏睡したことと、そうなってしまった理由。
それから再び意識を取り戻すためにメルマドゥナの協力を得たこと。
自身が深い眠りに着いている間に、尽力してくれていたことに感極まるリリアフィル。
すると今度は、涙に震わせた声で昏睡状態だった時の話を始めた。
「私、暗闇の中で独りぼっちになって…… でも私を呼ぶ声だけは聞こえていて……」
昏睡している間の自身の感覚は夢を見ているようだったと話す。
それを信じるでも疑うでもなく、ジュラフォードとメルマドゥナは黙って聞いていた。
「最後まで聞こえてたのはユバちゃんの声だったのに、それが急に聞こえなくなったんです! もしかして何かあったとかじゃないんですか!?」
そう言うと、リリアフィルは血相を変えて慌てて周囲を見回し始めた。
「いない……!? どこにいったんですか! てか何があったんですかこれ?!」
「恐らく攫われた…… だが心配はするな、犯人の目星はついてる」
「そんな! だったら早く助けに行きましょう!!」
ストン……
「……ぁ!」
リリアフィルの体がぐわんとよれる。
起き上がろうとしたものの、思うように動かない体は重力に吸い寄せられるようにして沈んだ。
見かねたジュラフォードがすぐさま抱き上げる。
リリアフィルの眉が自身の不甲斐なさを物語っていた。
「まだ万全じゃないはずだから無理に体を動かさない方がいいわ。それでもすぐに私の魔力が馴染むでしょうけど」
ジュラフォードはリリアフィルを抱きかかえたままメルマドゥナに改めて礼の言葉を口にする。
「……メルマドゥナ、とにかく本当に助かった。ありがとう」
「ありがとうだなんて。そんな、べ、別に大したことはしてないし…… でもお礼のチューくらいは大歓迎ってゆーか……」
照れ隠しをするように視線を逸らすメルマドゥナの頬はほんのりと紅く染まっていた。
ジュラフォードに抱きかかえられていたリリアフィルは、慎重に体を起こし立ち上がる。
すると、次は本人がメルマドゥナにお辞儀をして感謝を伝えた。
「あの……! 私を助けていただき、ありがとうございました!」
「い、いいわよ別に…… 二人してなんなのホント……」
吐いた言葉とは裏腹に、その胸の内ではぽかぽかと暖かさが込み上げ、満更でもないメルマドゥナ。
彼女は得てして素直になれないのではない。
人の温かみに慣れていないがゆえに、そうさせていたのだと感じていた。
メルマドゥナの名を呼んだ時に、ほろりと流したあの人間味が、そう思わせるには十分すぎる理由になった。
「ともかくだ、これでリリアフィルは無事に目を覚ました。あとは攫われたユバと村の子供たちを救出しないとな……」
ジュラフォードの言葉に、リリアフィルが反応を示す。
「私のせいでユバちゃんが…… だから、私にも戦わせてください! 幻術だってこの眼があれば!」
「……どうせ止めても聞かないんだろう。だが無理はするな。それだけは約束できるな?」
「はい!」
自分の不甲斐なさにようやく報いることができると、リリアフィルは嬉々として金色の瞳を輝かせる。
「そうと決まれば、討伐を急ごうか」
ジュラフォードはそういいながらメルマドゥナに視線を寄せる。
直接言葉を口にせずとも、その言いたげな目が伝えたいことを理解していた。
「分かってるわよ、私もいくわ。それに私に擬態したあの子も見過ごせないから」
「よし、決まりだな! お前の魔法があれば追跡もお手のもんだろ?」
「当たり前よ。魔法において私の右に出るものなんていないわ!」
威勢よく啖呵を切ったメルマドゥナ。
這い蹲るベウニルに目もくれず、すーっと横切ると痕跡の残る中央広場へと向かった。
「……おっと、すっかりお前のことを忘れてた。おいしっかりしろ! いつまで伸びてるんだ!?」
ジュラフォードはベウニルの体を揺すりながら呼びかける。
その背にリリアフィルが近寄ると、ベウニルの顔を覗き込みながらジュラフォードに訊ねた。
「う、うわぁ……! 凄い血! ど、どうしちゃったんですか!?」
決して口が裂けても「お前の裸を見てこうなった」とは言えるはずもなく──
ジュラフォードは曖昧な言葉で回答を濁すに留まった。
要領を得ない回答に一瞬は怪訝そうに眼を細めつつ、リリアフィルも一緒になってベウニルを叩き起こした。
「……う、うがぁ…… お、おれ…… って…… うあああ!!」
目を覚ましたベウニルはリリアフィルの顔を見るや否や再び鮮血を噴き上げる。
「あ、あの、大丈夫ですか!? ジュラフォード様、どうしましょう……」
「そ、そうだな… 今のこいつはそっとしておいた方がいいな…… う、うん……」
「うぅん……? 本当にそれで大丈夫かなぁ……」
「あ、あぁ! 問題ない! コイツのことは俺に任せろ! ほら、行った行った!」
「んー…… へんなジュラフォード様……?」
事情が分からない以上は理解などできるはずもない。
ジュラフォードは半ば強引に会話を切り上げるとベウニルを肩に担ぎ上げた。
「お~い、居所は掴めたか?」
メルマドゥナに問いかけながら広場の方へと歩を進める。
横を歩くリリアフィルはメルマドゥナの魔力がようやく馴染んだのか、しっかりとした歩調だった。
「えぇ、ここからそう遠くはないわ。けれど問題はあれね……」
そう言い、メルマドゥナが指差した先に広がっていた景色にジュラフォードは思わず目を丸くする。
「な、なんだありゃ……!」
その眼前には、これまでのソレとは到底比較にもならないほどの濃霧──
それは村すら飲み込むように押し寄せていた。




