第14話 究極の特別
「ユバがやらなきゃ…… ユバがやらなきゃ……」
自身に言い聞かせるかのように言葉を繰り返すユバ。
目の前のサキュバスとインキュバスに、確実な恐怖を抱いていた。
それでもリリアフィルを置いて逃げるなど、例え恐怖に苛まれていてもユバにはその選択肢は存在しなかった。
強く気を張っているものの怯えを隠せないユバを、サキュバスはあざ笑うかのように見つめる。
「ねぇ、まずはお友達から殺してあげよっか? どぉ?」
「うぅ……! あっちいけ!」
覗き込むように近付くサキュバスの顔にユバが張り手を浴びせる。
殴られた左頬を押さえつつ、サキュバスは眉間に皺を寄せ怒りを露わにする。
すると尻尾を器用にユバの首元へ絡ませた。
「う、うぐっ……!」
きりきりと首が締まってゆくにつれ、ユバの表情は徐々に苦悶に満ちていった。
「いい顔するわねぇ……! すぐには殺さないわよ。覚悟しなさい!」
サキュバスの責め苦に意識がもうろうとしていくユバ。
それでもリリアフィルを握る手は決して離そうとはしなかった。
「子供とはおもえねぇ精神力だぜこのガキ」
「なに感心してんのよインキュバス! あんたも腕の一本や二本折りなさいよ!」
インキュバスは返事もせず、ただニタニタと笑いながら目の前の光景を見つめていた。
「おいおい、もう気ィ失ってんぞ! 殺したんじゃ意味ねぇ」
怒りに身を任せていたサキュバスだったが、インキュバスの一言でようやく冷静さを取り戻す。
頭がだらりと垂れ下がり、泡を吹いて気絶するユバ。
それを見つめるサキュバスはどこか満足げな表情を浮かべていた。
「とっととズラかるぞ! まだ今の俺たちじゃジュラフォードやらには敵わねぇからな」
「そうね…… まぁでも、生贄は揃ったわ! これで私たちはさらに強く……!」
サキュバスは尻尾でユバを捕縛したまま羽をはためかせると、再び森の奥へと帰っていった。
一方でインキュバスは、先を行くサキュバスを背に病床に就くリリアフィルをまじまじと見つめる。
「奇妙な格好してやがる…… サキュバスは頭に血が昇って、うっかり忘れてるんだろうが…… 殺るならこっちだろ」
インキュバスはグイっと腕を伸ばすと、指先から伸びる鋭利な爪をリリアフィルの首元へと向ける。
「生贄も大事だが、脅威の芽を摘むことも大事なんだぞサキュバス……」
更にギュンっと爪が伸び、無垢なる素肌に付くか付かないかといった所まで差し迫った。
「死ね!」
インキュバスが力を込めた、その時だった──
ドゴンッッ!!!
殺意を秘めた鋭利な爪が、リリアフィルに触れようとしたそのとき──
インキュバスは絶大な力によって見るも無惨に跳ね返された。
大きく吹き飛び、気付けば村の広場まで飛ばされたインキュバス。
一体何が起こったのか、状況を理解出来なかった。
尻もちをついたまま、リリアフィルの方へと恐怖を孕んだ視線を向ける。
療養所は跡形も無く倒壊し、瓦礫の山が綺麗にリリアフィルを避けるように積み上がっていた。
「ヒ、ヒィ……!! いったい何者なんだアイツ……!」
運良く生き永らえたインキュバスは、盛大に羽を轟かせ一目散に逃げ帰って行った。
*
そして──
サキュバスとインキュバスの強襲から数十分ほどの時間が経過した。
空虚と化したデオリア村。
リリアフィルを除いて人影はなく、村人たちは丘へと避難したままであった。
そよ風がデオリア村に虚しく吹き抜ける。
そんな風に煽られるかのように現れたのは、ジュラフォードたちだった。
「妙に静かですね……」
ベウニルがそういうと、三人それぞれ異なる方向を向きながら村の状況を確認していた。
既に「なにかがあった」という異変は語られずとも理解していた三人だったが、村の中央へ進むにつれ、その異変をすぐに理解する。
「あ! 休養所がグチャグチャになってる! リリアフィルさんがまずいんじゃ!」
駆け足で向かおうと一歩踏み出したところで、ジュラフォードが告げる。
「気にするな無事だ」
「なに言ってんですか! 彼女は昏睡してるんですよ!?」
ジュラフォードの言葉に聞く耳を持たず、ベウニルが状況を確認へ向かう。
だがその表情は一瞬にして驚きで埋め尽くされた。
「な? 言っただろう、無事だって」
「い、いやでもそんな…… よりにもよって無傷だなんて……」
ベウニルを置き去りにするかのように、ジュラフォードがメルマドゥナに話しかける。
「診て欲しいのはこの子だ。死んではいないが急にこんな風になってしまった」
メルマドゥナは、ぺしぺしとベウニルをはたいて押し退けると、リリアフィルの額に手を当てた。
「そういえば、ユバがいないな…… ずっと付きっ切りだったはずだが」
ふとジュラフォードが言うと、ベウニルはきょろきょろと辺りを見回した。
「確かにいないですね。それにこの荒らされ方……」
するとベウニルは、その場を離れ大声でユバの名を叫びながら村中を駆け回り始めた。
「ユバちゃーん!」
ユバを呼ぶ声が徐々に遠くなっていくなか、ジュラフォードはメルマドゥナを試すように問いかける。
「村の中央広場、気付いてたか?」
「えぇ、ごく僅かだけど、人ならざる者の痕跡があったわね。匂いですぐに気が付いたわ」
返って来た言葉に納得したジュラフォードは感心した様子で緩やかに口角を上げた。
「それがサキュバスとやらなら、思わぬ落とし物だな」
「そうね。でもあれはサキュバスじゃないわ」
リリアフィルの額に手を当てたまま、顔をジュラフォードの方へ向けながら答えた。
「なに? じゃあ誰の仕業だ」
「あれは番いの方、インキュバスってヤツのものね。なんで手負いにされてるのかは知らないけれど……」
「お前、妙に詳しいな?」
ジュラフォードの鋭い問いに、メルマドゥナの背筋が一瞬ぴくりと動いた。
「な、なに。このくらい知っていて当然よ。私は魔女よ?」
それが誤魔化しだとジュラフォードは勘づいていた。
泳がすのかはたまた見逃すのか、それ以上の追及はしなかった。
次にジュラフォードは瓦礫の山、リリアフィル、中央の広場と、順に視線を移す。
そして、その視線の流れから何が起こっていたのかを、おおよそ理解した。
「フンっ…… 間抜けな奴だ。知りもせずリリアフィルを狙ったな」
メルマドゥナの耳がまたピクリと動く。するとすかさず、今度はメルマドゥナの方から訊ねた。
「それって、なにかこの子に力があるとでも言うの? 無傷なのも変よね」
「あぁ…… 話せば長くなるがそんなところだ。それよりどうだ? リリアフィルは無事に助かりそうか?」
「えぇ、原因はもう分かったわ」
メルマドゥナは額から手を放すと、ジュラフォードの方へと振り向く。
「答えはものすごく単純よ」
余裕の表情を見せると、胸にかかった髪を優雅に撫で上げ背に流す。
「魔力切れを起こしてるのよ。それも空っぽになりそうなほどね」
そういってメルマドゥナは、リリアフィルの方へと向き直りながらジュラフォードに説明を始めた。
「まずこの子の体の構造をざっくり調べさせてもらったけど、一言でいえば普通ではないわね」
だがメルマドゥナは、なぜリリアフィルが普通でないのかを完全には理解していなかった。
「普通なら生命活動と魔力はエネルギーが切り離されているの。でもこの子の場合、それがそうじゃない」
「……つまり、ただ生きてるだけで魔力を使っていると?」
「ま、概ねそういうことね」
「そうだったのか…… そんな代償が……」
同じ聖女という宿命を持っていた母の面影がふと過る。
通常の生物なら、魔法の使用で体内の魔力が尽きても、ただ魔法が使えなくなるだけ。
だがリリアフィルの場合、それだけでは済まない。
特異な肉体構造では、命を維持するコストとしても魔力を使用される。
魔力の枯渇=死という図式が出来上がってしまうからだった。
「私も割りと秘密主義だから詮索するつもりはないわ。でもこの子は明らかに普通じゃない。ちょっとやそっとの〝特別〟なんてもんじゃないわ」
「あぁ、それは分かってる」
「話せないならいいのだけど…… 正直いって興味はあるわ。この子は、一体何者なの?」
核心に迫る問いを深刻そうにぶつけるメルマドゥナ。
まだ完全に彼女を信用すべきかと迷うジュラフォードは、歯切れの悪い答えしか出さなかった。
「そう…… 答えられないのね」
顔を曇らせたメルマドゥナは油断していたジュラフォードを軽く突き飛ばす。
そして得意の魔法で空間に守護壁を作り出した。
「おい! なんのつもりだ!」
「あなたが教えないというなら、自分で調べるまでよ。私は興味のあることを知らないままでいるのが苦痛なの!!」
恍惚にも似た不吉な笑みを浮かべると、メルマドゥナはリリアフィルの胸元へ視線を寄せた。
「さあ、あなたが何者なのか私に教えてちょうだい……」
その指先が、聖なる衣を静かにほどいていった──




