第12話 三つ星の魔女
ベウニルが明かした、自身も烙印同盟に在籍していたという衝撃の出自。
驚きにざわめく心境が反映されたかのように、ジュラフォードの歩調が緩む。
「聞き間違えか? お前、いまなんて……?」
再び聞き直すも、ベウニルは確かな口調で同じ答えを口にした。
「そうか、烙印同盟は潰えてはいなかったか……」
独り言を漏らすように呟くと、その言葉にベウニルが反応した。
「潰えてない? どういうことですか?」
事情を知らないベウニルの自然な反応。
ジュラフォードがそれを誤魔化すと、怪訝そうにしながらベウニルがさらに続けた。
「団長の名は、シュラウゼント…… 目的の為なら手段を選ばない冷血にして狡猾な男です」
団長という言葉を聞いて、ジュラフォードは自身が知るかつての団長を思い出す。
『ガーディウスはそんなやつじゃなかった……』
ジュラフォードにとっての団長像とは、冷血とはまさに正反対の人間だった。
「そもそも俺はシュラウゼントが恐ろしくて逃げ出した身なんです。本当は烙印同盟の一員というのも名ばかりで……」
ベウニルが烙印同盟の名を口にしたのは、少しでも手の内を明かすことで、近付きたかったという前のめりな気持ちのあらわれでもあった。
「ところで、魔法が誰でも使える理由は? 帝国が滅びた理由は?」
未だに答えを得られていない空白の歴史をベウニルに問うジュラフォード。
だが、すぐさま返された言葉は芳しいものではなかった。
「そうか…… お前も俺のいない間の歴史を知らないのか……」
「すみません…… なにせ俺は身分の低い生まれなので、ろくに教育も受けられなくて。でもなんとかこうして話すことだけは独学で……!」
悲し気な声色のまま、ベウニルは最後に自身の生まれ故郷を口にする。
「俺は〝パンデモーラ〟というこの世の最底辺からやってきたんです。烙印同盟ならそんな忌まわしい過去も洗い流せると思って、それで……」
どんよりとした深刻な最後の告白には、ジュラフォードは何も答えずにいた。
それは黙っておくことが気遣いだからというのではなく、もっともな気の利いた言葉が思い浮かばなかったからだった。
「気分を悪くさせちゃいましたかね……? 本当は隠すつもりだったんですけど、ジュラフォードさんにはなぜだかつい話したくなっちゃって」
「あぁ、気にするな。過去がどうであれ今のお前は今のお前だろ?」
その一言に瞳を潤ませつつ「はい!」と応じるベウニル。
否定していた自分の一部分を迷いなく受け入れたジュラフォードに、ベウニルは微かに尊敬を抱き始める。
それから間も無くして──
ジュラフォードが手にするコンパスの針がカタカタと音を立てながら激しく回転を始めた。
その動作を確認したベウニルは、それが目的地に到着したサインであると伝える。
「この辺りに魔女の隠れ家があるわけか…… それっぽいものは見当たらないが……」
辺りを見回すものの、そこに広がる景色はなにひとつ変哲のない殺風景な森林であった。
しかし、よく注視していると、まるでくり貫いたかのようにその場には似つかわしくない岩戸があることに気がついた。
巨大な岩戸は四方八方を雑木林に囲まれ、周囲の景色と同化しているかの如く辺りに溶け込んでいる。
「あの不自然な岩の塊、やっぱり怪しいですよね」
「あぁ…… それに僅かに内部に魔力を感じる……」
ジュラフォードは剣の柄に手を掛けると、ベウニルよりも先に魔女が居るとおぼしき隠れ家へ近づく。
岩戸は思いの外その背丈は高く、妙な威圧感を放っている。
ぐるりと一周しても、侵入経路らしい箇所を見つけ出すことが出来なかった。
「こうなれば力業しかないか……」
そう言うと、ジュラフォードは剣を握る拳に力を込め構えの態勢に入る。
ザザザーっと木々の擦れる音がベウニルの耳をかすめる。
自然そのものが怯えるかのように木々がざわめく音は、ベウニルの背筋すらも凍らせた。
「す、すごい……! まるで大地が震えてるようだ……!」
その例えは、すぐに現実のものとなった。
ジュラフォードから放たれる強烈な波動、そしてそれが齎す地鳴りを伴う揺り返し。
もはやベウニルは立っていることすらままならなくなっていた。
岩壁を破壊するとはいえ、必要以上の一撃であれば周囲一帯も巻き込みかねない。
上空は逃げ惑う鳥たちで埋め尽くされていた。
「まずい……! これじゃ辺り一帯を……!」
身の毛もよだつ想像がベウニルの脳裏を過ると、それは冷や汗となってダラりと頬を伝った。
ゴゴゴゴゴ……
「ちょっと! ストップ! ストップです!!」
必死に制止を試みるも、地響きによって張り上げた声も空に溶け、もはやベウニルではどうすることもできなかった。
そしてジュラフォードが緩やかに剣を天高く掲げると、それまでの衝撃が嘘だったかのようにピタリと止んだ。
地鳴りは収まり、木々は静けさを取り戻し、打って変わって静寂だけがその場に残った。
「一体なにがあったって言うんだ……」
ベウニルは辺りを見回したあと、ジュラフォードに視線を寄せる。
手にするのは見るからに何ら変哲の無い剣のはずなのに、そこはかとないオーラを放っているように思えた。
それは、ジュラフォードが練り上げたエネルギーを一本の鋼鉄に集約させたもの──
ベウニルは知らず知らずのうちにそれを感覚として感じ取っていた。
オーラに圧倒され我を忘れていると、その刹那の間にジュラフォードの切っ先は既に下を向いていた。
「あぁっ……! いつの間に!」
自然を揺るがすほどの衝撃を放っていたのにも関わらず、その一閃はあまりにも粛然としていた。
一瞬の出来事にベウニルは思わず狼狽えていると……
ジュラフォードの視線の先では〝黒いドレス〟に身を包んだ一人の女性が佇む。
腰に掛かるほどの長い黒髪と、黒の口紅が唇を彩り、胸元は目のやり場に困るほど開いていた。
さらにはドレスそのものも、あえて豊満な肉体を強調するようにデザインされている。
それはまさに、凶悪なまでに漆黒と色気を着飾った魔女だった──
「なんて格好だ……!!」
ジュラフォードは思わず声を漏らしながら反応する。
『う、う、うわ……!! 思ってたよりめちゃくちゃスケベだよこの人!!』
一方のベウニルは鼻血が出そうになるほど刺激を受け、目を逸らしながら胸の内でリアクションしていた。
するとドレスの女はニタリと微笑みを浮かべながら語りかける。
「外が騒々しいと思って出てみれば…… 私じゃなきゃ生き埋めにされていたわよ、これ。一体どんな魔法使ったのかしら?」
「生憎だが俺は魔法だなんて芸は使えなくてな」
見せつけるかのように片手に持った剣をちらつかせる。
その仕草を一目見ると、ドレスの女はますますその笑みが強まっていった。
「フフフ…… 冗談も大概にしなさい。たかが剣一本でこんなこと出来るはずないでしょう?」
揶揄うかのような態度を見せる女──
その背後には、砂利の山と化した岩戸があった。
「ねえ、私の住み処をめちゃくちゃにして、責任取ってくれるのかしら」
「これでも加減はしたんだがな」
根城を木っ端微塵にされたにも関わらず、ドレスの女は依然として余裕綽々としている。
ようやくベウニルがジュラフォードの元へと駆け寄ると、舐めまわすようにドレスの女を観察した。
「間違いないですよ! こいつ三つ星の魔女だ!」
ジュラフォードは村を発つ前に村長から口伝えに聞いた〝三つ星の魔女〟についての情報を振り返った。
──
『三つ星の魔女がなぜそう呼ばれるのか。右目尻の下・唇の左下・右の胸辺り、それぞれに特徴的なホクロがあるからだ』
──
村長の言ったその言葉を思い返しながら、特徴のある箇所を確認する。
「なにかしら……? 二人して私をやらしい目で見たりなんかして……」
「い、いや、いや! こ、これは、その……!」
「話に聞いていた通りの特徴だな、三つ星の魔女」
ジュラフォードは冷静沈着に情報と目の前の人物とを照らし合わせていた。
「ふふっ…… えぇ、そうよ。でも、だったら何だって言うの?」
変わらずいたずらっぽい笑みを見せる三つ星の魔女。
すでにジュラフォードが只者ではないと理解していても、怯えるような素振りは微塵も見せていない。
「単刀直入に言おう。お前に少し頼みたいことがある、だがその前に……」
ジュラフォードは再び剣を握り締め、その切っ先を魔女へと向けた。
「村に着く前、森の中で俺は恐らくお前を見ている…… 子供をさらったのはお前なんじゃないのか?」
数時間前、村に辿り着く前に迷い込んだ霧の森で〝黒いドレス〟とおぼしき幻影と出くわしたことを思い出していた。
「あのときは実体が無かったが、魔法で幻影の分身を作っていたと考えれば合点がいく…… さあどうなんだ答えろ!」
しかし、魔女は沈黙のまま、依然として怪しげな笑みを浮かべたままだった。




