第10話 閉ざした瞳
「とにかく安静に出来る場所に移るしかないな……」
ジュラフォードは、眠るように静かになったリリアフィルを両腕を使って抱き上げる。
やがてユバとベウニルもしっかりと意識を取り戻し、己の意思で立ち上がっていた。
「あの、俺はいったい…… 急に脈が飛んだ気がしたら…… 意識が……」
ベウニルが一人言のようにそう言うと、ジュラフォードが幻術に罹っていたと教える。
「なんてことだ……! くそっ、なんと申し訳ない……!」
自身の不甲斐なさを口にすると、すぐにジュラフォードが抱えているリリアフィルに気が付いた。
「その子は…… 一体なにが?」
「俺にも分からん。だが、息はまだある。とにかく安全な場所に移動したいんだが」
「……あの、だったら俺のいる村に移動するってのは?」
ベウニルの提案に、ジュラフォードが眉をひそめた。
「だが、お前を本当に信用出来るのか……?」
ジュラフォードの鋭い問いに、ベウニルは気の利いた返事ができないでいた。
「で、でも! この子をここでこのままには出来ない!! もし俺が怪しい真似をしたら殺したって構わない!」
じーっと見つめるベウニルの目に曇りはなく、ジュラフォードはそれが本心からくる言葉だと感じた。
「……分かった。だが、嘘だったら分かってるな?」
「もちろん!! 俺は目の前で誰かを見殺しには出来ない!!」
ベウニルは村の方を指すと、慌ただしく小走りで先行した。
ふとジュラフォードが足元を見つめると、ひきつけたようにシクシクと泣くユバの姿があった。
「リリア…… ひくっ…… リリアぁ……!!」
「まだ死んだわけじゃない」
「うぅっ…… ほんとぉ……?」
「あぁ。今はとにかくリリアフィルを落ち着いた場所まで連れていこう」
「う、うん…… わかった……」
ユバはジュラフォードに付き添うようにして、同じ様にベウニルのあとを追った。
ほどなくして、ジュラフォードたちはデオリア村へと到着する。
「おぉ、ベウニル! どうだ? 尻尾は掴めたか?」
広場で警戒にあたっていた男が訊ねると、収穫が無いにも関わらずベウニルは自信満々に答えた。
「それらしい手懸かりはなかったが、良いニュースはある!」
カチャッ
「おいおい!? なんの真似だ!?」
不意に男は竹槍を構えた。その突飛な行動にベウニルが驚くと、男は警戒を強めながら言った。
「そこ! そこの後ろの男と小娘ども!! お前らはなんだ!!」
「おっーー!! ちょっとちょっと!! このお方たちに武器なんて向けるな!!」
ベウニルは警戒する男の言葉を受け反射的に後ろを振り向くと、すぐさま男を宥めた。
両手を眼前で大きく振る仕草からは、その慌てようがただならぬものでないと分かった。
「このお方に俺は助けられたんだよ!! あのままじゃ俺は幻術に掛けられてた!」
「そういえば…… お前は俺を〝魔女〟と言ってたな? あれはどういうことだ?」
ジュラフォードの問いに、首を傾げるベウニル。
「え? 俺そんなこと……?」
身に覚えのないと言った反応に対し、ジュラフォードは自身の見解も重ねて更に掘り下げた。
「記憶の混濁もあの譫言も幻術だからと言えば解る。だがなぜ急に魔女とやらが出てくる?」
思考を張り巡らせていると、竹槍を持った男が話に割って入ってきた。
「魔女って言やあ、かつてこの村にもいたがもう消えてしばらく経つ」
「そうなのか?」
ジュラフォードがベウニルに確認すると、ベウニルは手のひらを顔の前で横に振って応えた。
「いやいや、俺も初耳だ! ……じゃなくて、初耳です! なんせ最近ここに流れ着いたものだから……」
ジュラフォードに対する言葉遣いを改めると、自身が流浪人であることを明かす。
そのやり取りを聞いていた男は、警戒を解き竹槍を下ろすと、ベウニルに投げ掛けた。
「でもお前、魔女がどうとかって口走ってたんだろ? 初耳っておかしいじゃねえかそれ」
「いや、そう言われても幻術に掛かってたから俺にはなにも……」
「なあ、ひとついいか?」
ベウニルと男の会話に断って入ると、続けてジュラフォードが安静に出来る場所はないのかと訊ねた。
「……まあ、手負いの子がいるとあれば、ひとまずは命の保証はしよう。こっちだ、ついてこい」
たとえ村人が束になってもジュラフォードに敵うはずもないが、本人はそれを口にしたりするようなことはなかった。
*
「さて、と…… これで一先ず安心よ」
案内された休養所では、村人の女がリリアフィルを寝床へと寝かせていた。
着衣を緩め、自然と呼吸がしやすい体勢にし、回復術の魔法を試みる。
しかし、依然として深い眠りについたように目を覚まさないリリアフィルに、ユバが手を握る。
「ユバがコモリするから……! 安心して!」
健気に寄り添うユバに、村人の女は「優しいね」と微笑みを浮かべた。
間もなくして、休養所には、男に連れられた村長が姿を現した。
「村長、こちらが村に迷い込んだ旅人だそうで」
村長はピクリとも眉を動かすことなく静かにジュラフォードを見つめる。
「やめておけ。そんな小細工は俺には通用しない」
「なっ……!」
その一言に村長はまるで心臓を鷲掴みにされるかのような感覚に陥った。
背に隠した手には、飛び道具のナイフが握られていた。
「殺意は消していたはずだ…… なぜ分かった?」
村長は驚きを滲ませつつ問うと、ジュラフォードは落ち着いたままの様子で返す。
「経験の差だ…… それも、天と地ほどのな」
そう言うと、村長はナイフを仕舞い、只者でないと即座に理解した。
「この際あなたが何者かはこだわらない。だが、その実力を買って是非とも頼みたいことがある……!」
村長はジュラフォードの元へ寄ると、深々と頭を下げて村の現状を話した。
村の伝統である奉納祭が執り行えないこと、それに付随する神隠し事件。
加えてその神隠しの原因究明が思うように進んでいない状況を伝えた。
そんな中で唯一の目星と思われるサキュバスについて、現在分かっているのは〝黒いドレス〟という断片的な情報。
それを伝えたところで、ジュラフォードの表情に変化が見られた。
「その黒いドレス…… 霧の中で見たが、魔法で作り出した幻影だった」
「えっ!? あなたも見たんですか?!」
「あぁ。その情報が確かなら、間違いないだろう」
だが、ジュラフォードはサキュバスとおぼしき〝黒いドレス〟の正体よりも、引っ掛かる点は他にあった。
「それより、魔女とやらは何者だ? こいつが幻術にかけられていた時に譫言のように口走っていたが……」
ベウニルを指差しながらジュラフォードが言うと、村長はそっと答えた。
「通称、三つ星の魔女……。かつてこの村におられた魔法使いだ。みなは魔女と呼んで敬意を込めていた」
──
遡ることおよそ三十年前。このデオリア村にはベウニル以前にも流浪人の魔法使いが流れ着いていた。
その魔法使いの名は〝メルマドゥナ〟
どこから来たのか、なぜこの村へ辿り着いたのか、誰もがそれを最後まで知ることはなかった。
村に居着いてからと言うもの、時おり現れる魔獣を得意の魔法で危なげなく討伐し、いつしか村人は彼女を称えた。
しかし、メルマドゥナはある日を境に、村のはずれに魔法で岩戸を作り出し、そこに篭るようになった。
それからというもの、村人の何人かが洞窟に近付こうとするも、結界を張り巡らせており近付くことも叶わないままだった。
──
「……ということだ。我々はこれまで魔女に救われていたのだと、今回の件で改めて実感させられたよ」
幻術にかかったベウニルがジュラフォードと魔女を混同した理由こそ分からないままだが、判明したこともある。
そこでジュラフォードは、改めて状況を整理した。
「あの森の中に連れ去られた子供とサキュバスがいるとして問題は……」
ふと、静かに目蓋を閉じるリリアフィルを見つめながら続けた。
「俺には魔法も使えなければ綺羅ノ眼のような力もない。このままではあの幻術を無力化できない」
「実体さえ掴めればいいんですけどね……」
「直接型の催眠そのものは俺に効かないとは言え、空間型のあの霧は別だ」
悲しげな表情を浮かべるユバがジュラフォードに視線を寄せる。
何か言いたげな表情からは、口にせずともリリアフィルの容体を心配する気持ちが滲み出ていた。
まるでその心を代弁するかのように、ジュラフォードは村長に問い質した。
「この子を、リリアフィルを治せないのか? 俺は魔法はからきしだ。どうなんだ?!」
ジュラフォードに気圧され、冷や汗を流す村長は答えが出ず、しどろもどろとなっていた。
しかし、間に入った休養所を管理する、術師の女が冷静に状況を説明する。
「それならさっきからずっとやってるわ。だけど、全然ダメで……」
「なんだと……!?」
「普通に体を悪くしてるって感じじゃないね。少し特殊というか…… そもそも呼吸はしてるし心拍も安定してるし寝てるようにしか……」
「なんだ、寝ているだけなのか?」
事情を知らない村長が術師の女に訊くと、女はため息交じりに返した。
「はぁ、違うわ。それなら何も問題ないわよ。寝てるようだけど、単に寝てるわけでもなさそうなのよ。だからホント原因不明」
そのやり取りを最後に、場の空気が重たくなるにつれ次第に誰もが口を閉ざした。
各々が考えを巡らせる。方や奉納祭や子供たちはどうするのか?方や魔女の正体とサキュバスの行方、そしてリリアフィルを治す方法──
様々な思惑が交差するなか、村長が重い空気を断ち切るように、声をあげた。
「……あ、あぁ。その、どっちにせよこのままここでボーっとしておく訳にもいかんだろう」
ジュラフォードの顔色を伺いつつも、深刻ぶった面持ちで話を続けた。
「我々は子供を取り戻し奉納祭を執り行いたい。そして貴方がたはお連れさんの原因不明の病をどうにかしたい……」
現状の互いのスタンスを整理しつつ、交渉のテーブルへと話を進める。
「……こういうのはどうだろうか?」
そういうと、村長はある提案をジュラフォードへ投げ掛けた。




