第9話 綺羅ノ眼
「ジュラフォードと言ったな…… うっ!! 頭がっ……!」
「おい、大丈夫か?」
痛みに苦しむ様子で頭を押さえるベウニル。
「はぁ…… メル……マ…… いや、魔女……!」
「おい、どうしたんだ?」
錯乱しているベウニルにジュラフォードが声をかけるも、状態はさらに悪化するばかりだった。
「ジュラフォード……! 魔女ォ……!!」
ベウニルの発したその言葉を前に、リリアフィルとジュラフォードの二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「見ての通り、ジュラフォード様は殿方ですよ? って…… あれ? どうしたんですか?」
ドクン……!
ベウニルの呼吸が大きく乱れると、すぐさま更なる異変が起こった。
「そうだ…… 魔女、ジュラフォード、殺す…… 殺さなければならない…… 敵…… 抹殺……」
「ベ、ベウニルさん……?」
リリアフィルがベウニルの顔を覗き込む。様子がおかしいのは、言動だけでなくその顔色もだった。
瞳孔は異様なまでに大きくなり、目は大きく見開いていた。
どこか青ざめたような顔色には、まるで生気を感じさせなかった。
それどころか、譫言のように「魔女」、「ジュラフォード」、「殺す」と、延々繰り返していた。
「ちょっと! しっかりしてください!」
両肩を揺すりながらリリアフィルがベウニルに問い掛けるが、その体は揺すられるがままだった。
力なく揺れる姿はまるで人形のようで、その口は止まることなく、譫言を繰り返していた。
「ジュラフォード…… 敵ィィ……!!」
ガブッ!
ジュラフォードは不意に首筋に痛みを覚えた。
なんと、背中に乗っかっていたユバまでもが正気を失っていた。
ベウニルと同じように、血色の無い顔色と飛び出たような目。それから繰り返される譫言。
噛み付いたユバを引き離すと、右腕で宙づりにし「目を覚ませ!」と喝を入れた。
しかし、ユバはその場でジタバタし、抵抗するだけで、正気を取り戻す気配は微塵もない。
「ねえ、ジュラフォード様…… 一体どうしちゃったんですか急に……」
「俺の推測だが、恐らくこれは〝幻術魔法〟だ……っ!」
言うが早いか、ジュラフォードは躊躇いもなくユバをベウニルに向かって放り投げた。
ぶつかった衝撃で体勢を崩したベウニルは背中を地面に打ち付け、勢いよく衝突したユバも転がるようにして倒れた。
「酷い! なんてことするんですか!」
「ユバはそんなヤワじゃない心配するな。それよりも二人を正気に戻す方法を……」
「もうっ! そうじゃなくて! いくら強くっても女の子をそんな乱暴に扱わないでください!」
「……あぁ、悪かったよ」
リリアフィルは頬をぷくっと膨らませたしかめっ面を見せ叱責する。
ジュラフォードは反省の言葉は口にしつつも、正気を失った二人への視線は外れていなかった。
「いいか、あいつらはいま幻術で錯乱状態にある…… 俺たちまで心を乱すなよ」
その冷静なままの横顔を見つめるリリアフィルには、先ほどと打って変わってある種の畏敬の念すら芽生えていた。
それと同時に、リリアフィルはふとした疑問が過った。
「そういえば、なんで私たちは無事なんでしょう……」
「幻術への耐性は精神力がモノをいう。もっとも、お前の場合はそれ以前に聖装が幻術を寄せ付けない」
「な、なるほど!」
明快な理屈に合点がいったのか、リリアフィルは握り拳を片方の手のひらで叩いた。
「だが、問題はあいつらを正気に戻す方法なんだが……」
こめかみに指をトントンと当てて、考え込む様子で頭を捻るジュラフォード。
「あぁっ! 起き上がりました! どうしよ! こっちに向かってますよ!?」
「分かってる! 落ち着け!」
狂気に満ちたユバとベウニルは静かににじり寄る。
依然として身動きを取らないジュラフォードに対し、リリアフィルはジワジワと焦りが募り始めた。
「ちょっと! ジュラフォード様までどうしちゃったんですか!? ねぇ! 聞いてます!?」
「幻術…… 霧…… そうか……!」
天啓を得たかのように閃いたその時、在りし日の盟友・フェレインとの会話を思い出していた。
─
『確かに幻術魔法ってのは厄介だが、何も万能じゃあねえ。直接型なら痛みで上書きすりゃいいし、空間型なら魔法の範囲内から抜け出しゃあいい。意外と単純だろ?』
─
かつて魔法を法外に使うならず者を相手にした時のこと。
幻術魔法に苦戦を強いられたジュラフォードにフェレインが伝授した攻略法だった。
効果は大きいが直接的な接触が必要な直接型。効果は小さいが範囲内に居る対象全てに効果を及ぼす空間型。
大きく分けて二つある幻術魔法のタイプのなか、この森に立ち込める魔法で生み出された霧こそが、空間型の証左であるとジュラフォードは見破った。
「俺としたことが…… そんな事もすぐに気づけなかったとはな……」
「どうしたんですか?! なにかいい方法でも?」
「リリアフィル、何があっても俺から離れずついて来い。いいな?」
「えぇっ!? は、はい……!」
ジュラフォードの堂々とした勇ましい言葉に、リリアフィルは少しばかり顔を赤らめ、呼吸が乱れるかのように鼓動が速まる。
対するジュラフォードはやはり冷静なまま。ジッとしていた先ほどから変わって迫りくるユバとベウニルに向かって駆ける。
この霧から抜け出せば幻術魔法が解けると分かったいま、ジュラフォードの目的はただひとつ。
術に罹った二人の元へと向かうジュラフォードと、その背を追うリリアフィル。
「おいリリアフィル! 付いて来てるか!!?」
「は、はいっ……!!」
「っしゃああ!! いくぞ!! ちっとばかり痛ぇが我慢しろよ!!」
ジュラフォードは両腕を大きく広げ、迫り来るユバとベウニルをガシッと捕らえた。
「ジュラフォードォ……!」
「殺すゥ……!」
左右の腕に捕らえたユバとベウニルの譫言を掻き消すようにジュラフォードが霧の中で吠え叫ぶ。
「チクしょぉぉ!!! 出口が分からねぇ!!!」
うっかりしていたばかりに、肝心の出口のことをすっかり失念していた。
視界が悪い霧の中では、道しるべになるようなものも視認できない。
闇雲にもただ前へと突き進むジュラフォード。
その両腕は、抵抗する二人がつけた傷による出血で赤く滲んでいた。
それでも弱音の一つも吐かないジュラフォード。リリアフィルはどうにか助けになれないかと考えた。
「私が、私がなんとかしなきゃ…… この眼なら……! お願い……!」
すると途端に、リリアフィルの持つ綺羅ノ眼が強烈に輝きだした。
その瞬間、リリアフィルはこの視界不良の中でも、極めて鮮明に、それも手に取るように辺りの地形を捉えることが出来た。
それどころか、先ほどまで見えていた霧が突如として晴れていた。
「ジュラフォード様っ! 霧が! 霧が晴れましたよ!」
「なにっ!? これのどこがだ! 何も見えんままだ!!」
霧が晴れて見えているのは、リリアフィルだけだった。
「こっちです! 私について来てください!」
リリアフィルが促すと、ジュラフォードは速度を落とし後方に回った。
「そうか……! 綺羅ノ眼だな! さすがは聖女の力だ……!」
感心しているのも束の間。的確なルートを辿ると、ジュラフォードの目にも徐々に霧は薄れていき、鮮やかに染まる夕焼けが包み込む。
「あれは!」
幻術の効果圏内を抜けると、視線の先には人がまばらな村の景色が顔を覗かせていた。
「おい、ユバ、それとベウニルとやら!」
「う…… うっぅ……」
「あ…… 御師様……ぁ」
微かな声で答えるものの、二人はどうにか無事に正気を取り戻していた。
「リリアフィル、お前のおかげだ。ありがとう」
「よかった…… わたし……」
ドサッ……
安堵していた、その時だった。
フェードアウトするように声を切らすと、鈍い音を立てながらリリアフィルはその場で倒れ込んだ。
「おいッ!! どうした!? しっかりしろ!」
突然倒れたリリアフィルは、瞳を閉ざし眠りについたように動かなくなっていた──




