22話
「あぁぁぁ。やっと、体全てを手に入れた。もう途中から茶番に笑っちゃうところだったわ」
現実で起こった光景に、私は目を丸くした。
「お……お姉様は……」
魔女はケラケラと笑い声をあげた。
「ごきげんよう。私は蒼炎の魔女メリザンド。貴方のお姉様には、私の依り代になってもらたとぁ」
「え?」
「あら、フォーサイス王国が悪いのよ。私の元の体を亡すから。それからは仮の依り代で生きながらえていたの。苦しかったわ。でもこうやって新しい体が手に入って嬉しいわ」
「新しい、体?」
「それがフォーサイス王国の王女の体だなんて、素敵な運命ね」
にっこりと微笑む姿の奥に、リリーお姉様の微笑みが重なって見える。
「お、お姉様は?」
「ん? もうだいぶ前に消えたわよ。もう、記憶をのぞき見て、貴方のお姉様の真似するの大変だったわぁ」
「じゃあ……さっきまでの言葉は……」
「あはは。騙されるなんて、本当、純粋。さぁ、じゃあ魔力の仕上げをもらおうかしら」
そう言うと、メリザンドはレオン様の顎を指でついっと撫でる。
「あぁ。おいしそうな魔力。全てを吸いつくせば、私は完全に復活できるわ」
そう言って、メリザンドがレオン様の両頬へと手を伸ばす。
レオン様はツルにからめとられていた片腕を無理に動かすと、剣を引き抜きメリザンドの首筋ぎりぎりでそれを止める。
メリザンドはそれを見て笑い声をあげた。
「リリーの体がどうなってもいいの?」
「くっ」
レオン様の腕をツルが押さえつけ、そしてメリザンドが笑い声を上げた。
私はどうにかしなければとそう思っていると、メリザンドの体に流れる魔力が私にはゆらりと見えた。
不思議な感覚だ。今までぼやけていたもののピントが突然ピタリとあったような。
体の中の魔力は、何種類かある。一つはお姉様のごく少量の魔力、レオン様の強力な魔力、そして誰のものか分からない魔力。そして聖域の森の魔力だ。
お姉様の体に入り込むことで、この聖域の森の中心点である場所でしっかりと魔力を吸い上げていたのだろう。
つまり、ジョン達が相手にして防いでいたのは、魔女本人ではなかったということだ。
最初から計画されていたということ。
ただ不思議だったのが、様々な魔力が体の中にあり、何故魔女は平気なのだろうか。
普通魔力とは、違う性質の魔力とは反発するもの。
自分以外の魔力が体内に複数入るなど言語道断のはずだ。
何故それが可能なのだろうかとそう思った時、私には魔力が別の力で反発し合わないように触れ合わないようにしている青い筋に気が付いた。
あれは、魔女の力なのだろうか。
最初はそう思った。
けれど、よくよく目を凝らしていくと、それは魔女の背中の青い翼と繋がっているようだった。そしてそれらは魔女の力とは違うように感じた。
「さぁ、私と口づけしましょう。そして、貴方の魔力を全て、ちょうだい。触れ合うだけだと、吸収するのに時間がかかるのよね」
「くそっ」
レオン様の唇に、メリザンドが唇を重ねようとする。
その姿を見て、私は声を荒げた。
「ダメ! 私のレオン様に触らないで!」
それを聞き、メリザンドが笑い声を上げながらこちらへとやってくると、私の両頬をぷにぷにと触った。
「あらあらあら、やきもち~?」
「むぅぅ! ほっぺらつかまらないでくらはいー!」
「あはは。ぶっさいくねぇ。リリーの記憶で見たけど、貴方、本当に惨めねぇ。紛い物の姫とはよく言ったものだわ。これが、本物のわけがない」
「わたひは! 紛い物じゃ、ありまへん!」
ほっぺたをつねられながもそう言い返すと、ツルがぐるり伸びて私を逆さづりにする。
私はスカートを両手で押さえながら叫んだ。
「や、やめてください!」
「あははは。おもしろーい。ツルがゆれ、私の体も左右に揺れる。
「やめろ! シャーロットに! 何をする!」
「シャーリー!」
レオン様とルッソが叫ぶが、魔女は知らんぷりで私で遊ぶ。
その時、私は首にかけていたネックレスが、私の首元から滑り落ちた。
「あ……」
「何? いっちょ前にネックレスなん……て……」
―――――キーン。
耳鳴りのような音と共に、ネックレスが宙に浮き、止まる。
氷と青い鳥の文様が、広がり、私はそれを見て驚きながら呟く。
「ロムア様……からもらった、ネックレスが……」
次の瞬間、魔女は悲鳴を上げた。
「るぱぁぁぁぁぁと! すぐに来て!」
魔女の横に青い炎の薔薇が、燃え上るようにして咲き、その中からルパート様が現れる。
「な、なんだ! まだ、青い炎の薔薇の種をまき終わっていないぞ!」
「それどころじゃないのよ!」
魔女はそんなルパート様を縦にするように立ったその瞬間、雪が、降り始めた。
「え? なんだよ。なんでこんな中心部に俺を呼んだ! メリザンド!」
「ああああああああ」
魔女が震えている。私は逆さづりになりながら何が起こっているのだろうかと思った時だった。
魔力を感じた。
冷たい、氷のような魔力。
「ロムア様?」
冷たい魔力の渦が吹雪のように、吹き荒れる。
「小さな妖精さん、僕を呼んだかな?」
ひょいと体を持ち上げられ、足に絡んでいたツルは、ロムア様が触れた瞬間に凍り付き、そして砕け散った。
「どうして」
私が驚いて口にすると、ロムア様が私を抱き上げながら言った。
「僕は恩は返す主義なんだ」
ロムア様が指をパチンと鳴らした瞬間、レオン様とルッソに絡んでいたツルも氷つき砕け散った。
レオン様は立ち上がると、ロアム様から私を奪い取る。
「どうしてお前がここにいる」
「ははは。掴まっている君たちを救う救世主の出番だろ?」
じとっとした瞳でレオン様がロムア様を睨みつける。
ロムア様はまた笑い声をあげたあと、私へと視線を移すと言った。
「ネックレスを渡しただろう? あれは、君が危機の時に反応し、私を呼び寄せるものなんだ」
「え!?」
「我が家の家宝だよ。主に妻になる人に渡す者なんだけれどね」
ウィンクしながらそう言われ、私が驚いているとレオン様が私のことを抱きしめながら言った。
「残念だが、彼女は渡さないぞ」
「ははは。子ども相手に君は一体何を言っているのか。それよりもシャーリーにはここに読んでもらったことを感謝しなくちゃね」
ロムア様はそう言うと微笑みを浮かべた。
「魔力には相性というものがある。我がクラーク家の魔力と、蒼炎の魔女とは相性が良くってね。かつて我が家紋が蒼炎の魔女討伐を担った。だが残念ながら逃げられてね。さてさて、やっとその悲願を達成できそうだ」
「相性が悪いの言い間違いでしょう……ルパート逃げるわよ! なんで、なんでこんなに早く気づかれたの!」
「メリザンド! 一体何が」
「ははは。逃がすわけがないだろう。魔女よ……我が家紋の青い鳥を返してもらうぞ」
ロムア様はそう言うと、両手を広げる。
巨大な氷の結晶が現れ、魔女はそれを見て悲鳴を上げる。
「嫌よ! あぁ悍ましい! 私の呪いの力を全て弾くクラーク公爵家は私の天敵よ! 神様も意地悪よねぇ」
「無敵な者などいない。必ず、天敵とはいるものだよ。さて、かつて我が家紋から盗んだ物をかえしてくれると嬉しいんだがな」
一体何が起こっているのだろうか。
私が戸惑っていたのだけれど、魔女の翼の青い翼がまるで帰りたいと言うように、ロムア様の方へと魔力の糸が伸びているのが見えた。
ただし、魔女の力がそれを許さない。
まるで魔女に捕らわれているようだった。
するとメリザンドはルパート様に尋ねた。
「私の可愛い呪いはどのくらい撒き終わったの!?」
「ほとんどを。ただ、まだフォーサイス王国側までは撒き切っていないぞ」
「それなら十分よ」
メリザンドはにやりと笑うと、大きく翼を広げた。
「レオン様の魔力を奪えなかったのは残念だけれどルパートのおかげでどうにかなりそうだわ! 憎きクラーク公爵家の者も、亡ぼしてやる!」
調子を取り戻したメリザンドは、そう言うと両手を広げた。
「ふふふふ。やれるものならばやってみなさい!」
メリザンドの言葉に反応するように、至る所から青い炎の薔薇が生え、そして囂々とその蕾を燃やす。
青い炎によって森の温度がどんどんと上がっていくような、そんな熱風が感じられた。
「あははは! 私の可愛い呪いを森全域に撒いてもらったの! あははは! この森の魔力は全て私が吸い上げてあげるわ!」
「はぁ。大変だった。王子の私が、こんなことをする羽目になるとはな」
「あら、そんなこと言わないで。作戦成功まで、後少しよ」
次の瞬間、地面が轟音を立てて揺れる。
私達はよろめき、メリザンドの周囲に青い炎の薔薇が轟轟と音を立てて立ち上った。
それと同時に、森の木々が、力を吸い取られ枯れていく。
魔獣の声が響き渡り、地面を打ち鳴らす足音が聞こえ始めた。
「やめて! こんなこと、なんでするのですか!」
私が声を荒げて叫ぶと、魔女が首を傾げた。
「え? なんで? そりゃあ、フォーサイス王国を乗っ取ろうとしたのを邪魔されて、魔力奪われて、しかも森に封印されたのよ? そりゃあ、仕返しするでしょう」
さも当たり前のようにそう言われ、私は驚く。
レオン様が言った。
「シャーロット。魔女とは私達と同じ価値観ではない生き物だ」
「ルパート様! あなた、今自分が何をしようとしているか、分かっているのですか? この森の力を奪うということは、ジョンや妖精だって敵に回すのですよ! ローレン王国が、どうなってもいいのですか!?」
妖精と聖獣の怒りを買って、ローレン王国の植物が全て枯れてもいいのだろうか。
すると、ルパート様は笑顔で言った。
「私を王と認めない国を生かして、どうなると? あぁそうだ。シャーロット。今なら、一緒に来るか? 魔女は味方にするととても素敵な存在だぞ」
その言葉に私は首を横に振る。
魔女の中にある魔力。その一つがルパート様のものだったのだと私は気づく。
そして、ルパート様にはもう、魔力が残っていない……。
「あったはずのものが無くなったら、どうなるか、わからないのですか」
私がそう言うとルパート様は青白い顔で首を傾げる。
「え? それは……」
すると魔女が余計なことを言うなというように、話題を反らした。
「青い炎の薔薇。美しいでしょう? 私が生み出した呪い。意思を奪い、私の命令を聞き、暴れまわる。うふふふふ」
メリザンドは楽しそうにそう言うと、声高らかに言った。
「今回は森全域に青い炎の薔薇を広げたから、全ての魔力を吸い上げられるわ! 私は賢い! うふふふ。さぁ、ルパート! 逃げるわよ」
「え? こいつらを、やっつけないのか!?」
「あら、ばかねぇ。そりゃあ倒せたらいいけれど、クラークの人間がいるから、だめぇ。相性が悪い相手とは戦わないのが一番よ」
メリザンドはそう言うと、ルパートを抱きかかえて空へと飛び上がろうとする。
そんな二人を、レオン様とロムア様が攻撃を仕掛けていった。
レオン様は剣を抜くと切りかかるが、青い炎の薔薇がレオン様の剣を炎で包む。
ロムア様は氷の結晶をまるでナイフのように投げつけるが、メリザンドはそれをよけて言った。
「あはは! じゃあねぇ~!」
「残念だな。苦しむ姿を見たかったのに」
「大丈夫よ。復讐って時間をかけた方が楽しいわよ」
このままでは、リリーお姉様は一体どうなるのだろうか。
「ダメ! だえめえぇぇぇぇ!」
私はそう叫び声をあげた。







