12話
森の中がいつもよりも静かで、私が寝付けないでいると、お姉様が呟いた。
「シャーロット。もう、眠った?」
「……いいえ。起きてます」
背を向けていたお姉様がこちらに寝返りを打つ。
こんな風にお姉様と横になったことは初めてだ。
少しドキドキとしていると、お姉様が布団の中から手を出し、私の手をそっと握った。
「さっき、手を握っていてくれてありがとう」
「い、いえ……お姉様、どう、なさったのです?」
お姉様は真っすぐにこちらを見ながら、手が微かに震えていた。
「私、ここに来なければよかった……」
「え?」
「森の民の皆に……こんなに迷惑をかけて……ルパート様は復讐だって言っていたわ。私が、私さえここにいなかったら、森の民の皆に迷惑かけないで済んだのに……」
「お姉様……」
「森の民の皆、優しくて、皆が帰って来てよかったって言ってくれた。でも……私さえいなければ……」
お姉様の瞳から涙が零れ落ちる。
それを見つめ、私は首を横に振った。
「いいえ。いいえ、それは違います」
「私は、役立たずだし、貴方みたいに魔法植物で薬も作れない……ただの厄介者なのに……さらに迷惑をかけてしまって……」
涙がとめどなく溢れていくお姉様を見つめながら、私はその手を力強く握り返す。
「そんなこと、森の民の皆は全然思ってないと思います」
「……慰めてくれて、ありがとう」
「本当です。皆、お姉様のことを大事に思ってくれていました。お姉様を探している時、皆、お姉様のことを信じていました。仲間だと、家族だと、もうお姉様は受け入れられているのだと思います」
「仲間……家族」
不安そうなお姉様に、私は深呼吸をすると尋ねた。
「私は……実は、人に迷惑をかけるのが怖いです。もしかして……お姉様もですか?」
「え?……えぇ。そうね。誰にも、迷惑をかけたくは……本当は、ないわ……」
涙をぬぐうように目をこすりながらそう呟くお姉様。
私達は、王族に生まれ、王族として堂々とせよと習い生きてきた。
けれど、人と人との輪の中で生きていくことは、人に迷惑をかけずに生きていくことなんて無理だと、そうこの森の民の集落に来てから思った。
「私はお姉様からかけられる迷惑は嫌じゃないです」
「嫌じゃ……ない?」
「むしろ、頼ってもらえたら、すごく、嬉しいです」
「嬉しい?」
「はい」
私はお姉様を真っすぐに見つめながら告げた。
「お姉様の呪い、解呪することが出来ないか、私、調べてみます。お姉様を私は、助けたい」
そう告げると、お姉様の瞳からまたぽたりと涙が零れ落ちる。
「シャーロット、ありがとう」
「いいえ」
私はお姉様の手をぎゅっと握り、そしてその夜は二人で手を繋いで眠った。
姉妹で眠ることも、手を繋いで眠ることも初めてだった。
紛い物の姫君と呼ばれた私が、正当なる王族のお姉様と眠っている現実が不思議だったけれど、とても、とても穏やかな眠りに落ちることが出来た。
翌朝、私達は支度を済ませると一度屋敷へと帰ることにした。
採取した青い炎の薔薇は鉢植えに植え替えて私はカバンに入れて持っている。
「お姉様、行って参ります」
「えぇ。ありがとう」
お姉様と握手を交し合い、私はお姉様の呪いを解くべく気合を入れて歩き出した。
ただ、歩き出してものの数分でひょいとレオン様に抱きかかえられる。
「れ、レオン様?」
「いや、森の中だしな……あと、シャーロットの歩幅だと帰宅するのが夕方になってしまうから」
「あ……すみません」
しょぼんとすると、レオン様が慌てて言った。
「いや、せめてはいないぞ? シャーロットを抱きかかえられるのは役得であるし」
「役得?」
するとハッとしたようにレオン様が言った。
「不埒な気持ちは一切ないぞ!」
最近、レオン様が不埒という言葉をよく口にするなと思い私はうなずく。
「わかっております」
「そ、そうか……だがそれはそれで……」
「え?」
「いや、なんでもない。私は、何を言っているのか……」
レオン様は頭を振ってそう言うと、私を抱きかかえたまま森の中を走り始める。
重たいだろうに申し訳ないなとそう私は思った。
そして無事に屋敷へと帰った私とレオン様は、温室のソファへと腰掛けると、静かに息をつく。
「……こんなことになるなんて、思ってなかったです」
「そうだな。魔女のことは、もはや伝説のようなものだったしな……」
「はい」
「私は、公爵家に保管されている魔女についての資料を集めてくる」
「ありがとうございます。私も、図書室で調べてみます」
「わかった」
レオン様はそう言い立ち上がると私の頭を優しく撫でた。
「とにかくリリー嬢が見つかって良かったな」
「はい」
「では、また明日。今日はゆっくりするといい。体調管理も大事だぞ」
「そうですね。はい」
「では、また明日」
それから私はレオン様を門の前まで見送る。
扉が閉じると、急に世界にたった一人だけ取り残されたような、そんな気持がしてくる。
私は外には、出られないのだ。
外には出ることの出来ない扉を見つめ、私はため息をつく。
「……たまに、自分が閉じ込められているってことを、忘れちゃうわね」
そう。私は離宮に隔離されているのだ。
小さくため息をついた後、私は一度青い炎の薔薇を温室へと持って行った。
ただ、他の植物と一緒に置いておくのは、どのような影響があるか分からないので、隔離できるケースの中へと置くことにした。
青い炎の薔薇は、ぞっとするような美しさが感じられた。
「青い炎の薔薇の魔女について、調べなくちゃ。その前に、腹ごしらえね」
何事も体が第一。
私はいつもの場所に食事をとりに向かうと、籠に入れられた食事がすでに用意されていた。
私はそれを手に持ち、中庭のベンチに腰掛けた。
「これを食べたら、調べましょう」
籠を開けると、サンドイッチとスープに飲み物、それに紅茶の茶葉のいれものが入っていた。
「これは?」
手に取るとメモ書きが付けられている。
「まぁ。お兄様からだわ」
『シャーリーへ。美味しい茶葉が手に入ったんだ。飲んでくれ。ルードヴィヒ』
私はそのメモを胸にぎゅっと抱きしめる。
「ふふふ。お兄様達とも、これから、仲良くなれたらいいな……」
またリリーお姉様の様態についてもお兄様達に相談しなければな。
そう思いながらも、早く昼食を食べて調べるぞと、私は意気込んだのであった。
食事を食べ終えた後、私は図書室へと向かった。
離宮の図書室とは思えないほどの本が貯蔵してあり、一生をかけても全ては読むことが出来なさそうだ。
四大公爵家と、あと魔女について私は調べようと本棚を探していく。
それから目ぼしい本を次々にとっては机の上へと乗せていった。
「さぁ、頑張りましょう」
ノートとペンも用意してある。
気になるところは全てメモしていこう。
そう思いながら私は本を開いたのであった。
柱時計の鐘の音で、私はハッと顔をあげた。
「もう、こんな時間?」
気が付けば昼の時間はとうに過ぎていた。
机の上に積み重なっている本を半分ほど読み終えたところで、私は一度休憩をするかと席を立った。
それから大きく背伸びをすると、本を眺めながら小さく息をつく。
「はぁ。まだまだ読むものがたくさん……でも、魔女についてはあまり載っていないのね」
分かったことと言えば、青い炎の薔薇の魔女が昔現れ、四大公爵家の一つが魔女を聖域の森へと追いやったということだけ。
「……調べるのは大変そうね。一度温室の薔薇を確かめてから昼食食べて、もう一回調べましょう」
私は図書室の魔道具に、机の上の本はまだ片づけないでと伝えてから温室へと向かったのであった。
重い扉を開けて温室へと入った瞬間、私はひやりとした風を感じた。
「え?」
温室の温度は常に一定に保たれているはずなのにどうして?
急いで中へ入ると、温室の中に雪がちらついているのだ。
「これは……何?」
いつもは温かな温室が寒く感じられ、私は慌てて他の植えられている魔法植物を確認する。
すると、緊急の保護魔法具が作動しており、大丈夫なようではある。
私はほっとしながらも一体どこからこの冷たい雪がやってきているのだろうかと奥へと進んでいく。
すると、奥に置いて置いた青い炎の薔薇の周囲が氷におおわれて固まっている。
「これは……薔薇は!?」
ケースの中の薔薇は、魔道具に守られている。
良かったと思いながら、私は吹雪いてくる冷たさを追いかけるように奥へと進むと、聖域の森へとつながる扉が、開いていた。
「何故……? それに、あら?」
扉の色や文様が、変わっている。
雪のように真っ白な扉には、氷の文様が浮かび上がっている。
そしてそこから雪が吹雪いてきているのだ。
ただ、これは普通の雪ではない。
そこで私は気づく。
「これ、魔力だわ。レオン様の魔力ともジョンの魔力とも違うけれど……」
このままだと、吹き込んできた魔力によって魔法植物達が凍ってしまうかもしれない。
私は扉を閉めようとしたのだけれど、触れた瞬間に、手に氷が張り、慌てて離した。
手を振ると氷が砕けて床へと落ちる。
指先が赤くなり痛い。
「直接触れない、なら!」
私は近くに会ったひざ掛けをもち、それを間に挟んで扉を閉めようとしたのだけれど、ひざ掛けは一瞬で凍り付き、扉はびくとも動かなかった。
「だめだわ……閉まらない……このままじゃ……」
どんどんと冷ややかな魔力の渦が扉から吹き込んでくる。
私は覚悟を決めると、衣装室へと移動してブーツを履き、上着とマフラー、それに手袋を着こむ。
ポシェットの中にはレオン様用に作った魔力抑制剤が入っている。
「よし……行こう。行くしかない」
温室は私にとって大事な場所だ。
このままでは全てが凍り付いてしまう。
「私が温室を守らなくちゃ!」
気合を入れると、私は扉をくぐり、魔力の渦の中へと飛び込んだのであった。
――――――バタン。
先ほどまでは動く気配すらしなかった扉が閉まる。
運命に導かれたシャーロットはそれに気づきもしなかったのであった。







