11話
私はその背を見送った後、森の空気の重さに周囲を見回す。
「いつもの森じゃないみたい」
「本当だな。シャーロット、リリー嬢を探そう」
「はい」
「抱き上げてもいいか? 危険が迫った時に、守りやすいように」
私はその言葉にうなずく。
両手を伸ばすと、レオン様が私の脇に手を入れて抱き上げる。
「ありがとうございます」
「いや、では行こう。危ないと思ったら、退避する」
「はい」
お姉様は無事だろうか。
もしかしたら、魔女に捕まったのではないか。そのようなことが頭を過っていく。
「お姉様、どうか、どうか無事でいて」
私は祈るようにそう呟いた。
そんな私のことを励ますようにレオン様が言った。
「大人数で探しているのだ。すぐに見つかる」
「そう、ですね」
森の民の人々は、お姉様のことを仲間として受け入れ、そして一生懸命に探してくれている。
私とレオン様も、周囲に警戒しながらもお姉様を探す。
その時、目の前にまたあの青い炎の薔薇の花を私は見つけた。
「レオン様、あっちにも咲いています。あ、あっちにも」
転々と咲いているそれは、まるでこちらへおいでと手招いているようだ。
「レオン様、向こうにも咲いています」
「あぁ……行ってみよう」
レオン様は私を抱き上げたまま、花を辿るように進んでいく。
そして次の青い花はどこかに咲いていないかと周囲を見回した時であった。
視線の先に、大輪の青い炎の花が咲き乱れ、その中央に、リリーお姉様が倒れているのだ。
「あ……お姉様!」
レオン様は周囲に知らせるために指笛を吹いた。
乾いたその音が響き渡ったと思うと、ルッソがこちらめがけて駆けてくるのが見えた。
「見つけたのか!? リリーは!?」
相当心配していたのだろう。
前のめりなその言葉と姿に、私は指を指して知らせた。
「ほら! あっちに! 行きましょう!」
「あぁ!」
私はレオン様に抱き上げられたまま、ルッソと共にお姉様の倒れている場所まで駆けつけた。
お姉様に外傷はなく、眠っているようであった。
「リリーお姉様! 目を覚ましてください!」
「リリー。こら! 起きろ」
その時、私はかすかに聞こえてくる鳥の鳴き声に顔をあげた。
周囲を見回すが、背筋が寒くなる程の無音である。
それなのに、どこからか楽しく歌うように鳥の鳴き声がかすかに聞こえるのだ。
ルッソさんは意識のないお姉様を肩に担ぎ上げると、声を上げた。
「とにかく、集落へ帰るぞ! 皆! いいな」
「「「「「おう!」」」」」
周囲を警戒しながら、皆がそううなずく。
私とレオン様もうなずきながらも、異様な雰囲気に身構えている。
どこかぞっとする、鳥肌が立つ恐怖。
けれど、そんな恐怖をぐっと堪えて私はレオン様に告げた。
「レオン様! この青い炎の薔薇を採取させてください」
お姉様がこの薔薇の中央に倒れていたということが気になる。もしかしたら、この青い炎の薔薇が関係しているのかもしれない。
採取して、調べておいた方がいい。
そんな感覚がしたのだ。
「シャーロット、しかし」
「お願いします!」
レオン様はため息をつくと、私を地面へと降ろしてくれる。
「急ぐぞ」
「はい! ありがとうございます」
ルッソがこちらを振り返る。
「先に行くぞ!」
私はすぐに返事を返す。
「えぇ! また後で!」
私はポシェットの中から手袋と袋、スコップを取り出すと根元から掘り起こしていく。
炎の部分は燃えるのだろうかと近くに落ちていた枝で触ってみるが、燃え移るようなことはなかった。
毒があるかもしれないので手袋をはめてからそれを袋の中へと入れていく。
「レオン様、採取完了です」
「良かった。では、行くぞ」
私はまたレオン様に抱きかかえられると、森の中を進んでいく。
私の視線は先ほどまでお姉様が倒れていた場所へと向いていたのだけれど、次の瞬間、青い炎の薔薇が消え失せた。
「え?」
見間違いだろうか。
目をこすり、もう一度見つめるがもう遠くなって見えない。
「異様な気配がする。シャーロット、急ぐぞ」
「はい」
今、戻って確かめることは難しいだろう。
それに私自身もその場から早く離れたいという思いがあった。
背筋が寒くて寒くて仕方がないのだ。
私とレオン様は森の民の集落へとたどり着くと、リリーお姉様の所へと向かった。
リリーお姉様はメルバ様の家で寝かせられており、家の周りにはリリーお姉様を心配する森の民の皆が集まっていた。
眠っているリリーお姉様の額に何かをすりつぶした液体を使って文様を描くメルバ様。
それからリリーお姉様の額に手を当てながら何か呪文のようなものを呟き始める。
一体何をしているのだろうか。
次の瞬間、カッと目を見開くと傍に控えていたルッソにメルバ様が告げた。
「松明を燃やし、集落を照らせ。安全が確保されるまで、集落から出てはならぬ。外にいる物を皆呼び戻せ」
「わかりました!」
「シャーロット。私はルッソを手伝ってくる。いいか?」
「はい。もちろんです」
ルッソは立ち上がり、皆に指示を出していく。レオン様はその後ろをついていき、ルッソの手伝いへと回った。
私はそれを見送ると、メルバ様の横に座る。
「あの……今のは、一体……なにをしたのですか?」
すると、メルバ様は難しい表情を浮かべた後に口を開く。
「青い炎の薔薇が咲いたとルッソから聞いた。魔女が目覚めたのだろう。森の民の伝承にも、その名は残っている」
メルバ様は視線を、家の天井へと向ける。
そこには、布に刺繍された絵がいくつも飾られている。
「これは森の歴史。ほら、あれを見よ」
「あれは……」
青い炎の薔薇と鳥かご。その周囲には、倒れる人々が刺繍されていた。
「先ほどリリーに描いた文様と呪文は、祖先から引き継いできたもの。ほら、みてごらん」
リリーお姉様の腕を、メルバ様が持ち上げると、顔に描かれた文様の液体と同じ色の青い薔薇の模様が腕に広がっていた。
「あの液体は、トォール魔法植物の葉とルピタ魔法植物の根を混ぜ合わせて作ったものだ。体の中に入り込んだ魔女の呪いを浮き彫りにする。先人の残した知恵だ」
メルバ様はリリーお姉様を心配そうに見つめた後、こちらへと視線を移す。
「シャーリー。そなたは家にお帰り。そしてしばらくの間、ここへは来てはいけない」
「え? そんな。私も手伝います」
「ありがとう。やさしい子だ。だがね、あの絵をごらん。ここから、たくさんの人間が死ぬかもしれない」
その言葉に私は目を見開き、そして天井の絵をもう一度見上げた。
あの絵のようなことが、今、まさに起きようとしているということ?
私はメルバ様へと視線を真っすぐに返すと、口を開く。
「たしかに、怖いです。でも、でも私も、皆さんの友達ですから! 逃げません!」
森の民の皆は、心優しい人達ばかりだ。
私にとっては大きな家族みたいなそんな存在。
だから、絶対に逃げたくはない。
「はぁ。シャーリー、あなたって子は」
メルバ様は少し嬉しそうに微笑むと、私の髪の毛をくしゃくしゃになで回した。
「だが、危なくなったらすぐに逃げるのだよ」
「はい」
私はうなずき、その後姿勢を正すとメルバ様に尋ねた。
「あの、メルバ様の知っているかぎり、魔女について教えてもらえますか?」
「もちろん。だが知ってどうするんだい?」
「魔女の呪いに魔法植物が反応するということは、もしかしたら調合次第では、体の中に入った魔女の呪いを打ち消すことも出来るかもしれません。その為には、まずは情報収集が大事です」
メルバ様は私の言葉にうなずくと言った。
「なるほど。では、私が知る限り出来るだけ細かく伝えよう」
「ありがとうございます」
私に今できることは、まずは情報収集だ。
お姉様が目覚めたら一度屋敷に帰って、魔女について調べよう。
何かが分かるかもしれない。
そう思っていたのだけれど、メルバ様から話を聞き終わった後も、お姉様が目を覚まさない。
外は次第に暗くなり、森の民の集落の周りには松明が付けられた。
「お姉様……」
お姉様の手をぎゅっと握る。
すると、今まで反応のなかったお姉様が私の手を微かに握り返した。
お姉様の瞼が微かに動き、それからゆっくりと開き、そして瞬いた。
「あら……ここ……は……」
「お姉様!? お目覚めですか!?」
「シャーロット?」
私は嬉しくて、瞳に涙一杯にためながら、お姉様の手をぎゅっと握る。
先ほどまで冷たかったお姉様の手に、体温が戻ってきている。
「よか……った。目が覚めて、良かったです」
お姉様は体を起き上がらせると、痛むのか額を抑えた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。大丈夫。そう……そうだわ。メルバ様を呼んで!」
お姉様がそう言った時、丁度メルバ様とルッソが家へと入って来た。
メルバ様はお姉様が起きているのを見て、よかったというように優し気な瞳を向けた。
ルッソはというと、リリーお姉様に駆け寄ると同時に、その肩を掴み、怒鳴り声をあげた。
「何故一人で森へ入った! お前! 何やってんだ!」
突然怒鳴られたリリーお姉様は目を丸くしているが、そんなお姉様の前で、ルッソは瞳に涙をためると、肩に手を置いたままうつむく。
「未熟者が……心配したんだぞ」
自分の置かれている状況にお姉様は戸惑いながら視線を泳がせる。
「ご、ごめんなさい。泣かないで……」
「泣いてねぇ」
「え?」
「泣いてねぇ!」
ルッソは手で涙をぬぐうと口をへの字に曲げてお姉様を睨みつける。
その時、レオン様も家の中へと入ってきて、状況を見回した後に小さく呟いた。
「その、なんだ……ルッソ、泣いたのか?」
「泣いてねぇ! とにかく、リリー。まずは何があったのか説明しろ。お前が行方不明になって皆で捜索して、見つけたら、お前は森の中で青い花に囲まれて倒れていたんだ」
簡潔に状況をルッソが説明すると、お姉様はその言葉にハッとしたように口を開く。
「私は森の民の集落の近くで木の実拾いをしていたんです。そしたら、鳥の歌声が聞こえて、気が付いたら青い花の咲いている場所に立っていたんです。何があったのか分からなくて戸惑っていると、そこにロ
ーレン王国の第一王子であるルパート様が現れたのです……」
その言葉に私たちは驚く。
「ルパート様が? 何故……」
レオン様が口を開いた。
「公爵家にて得ている情報がある。ルパート殿は幽閉されていたそうだが、一週間ほど前に脱走、行方不明になったそうだ。私の方でも足取りは追っていたのだが詳しい情報が得られなくてな……まさか、この森に逃げて来ていたのか?」
私はその言葉に驚いていると、お姉様が言葉を続けた。
「ルパート様の肩には青い小さな鳥がとまっていました。ルパート様に、自分が酷い目に合っているのはお前のせいだと罵られ、そして、復讐をすると告げられました。そして、気が付いたら、美しい鳥の鳴き声と共に、意識がなくなっていたんです。目が覚めたらシャーロットがいて驚きました」
お姉様は自分の手に力を入れて拳を作ると、顔を上げて言った。
「ご心配をおかけしたようで、すみませんでした」
そんなお姉様のことをルッソは片腕で抱きしめると、その背中を勢い良く叩いた。
「謝るな。お前は仲間だ。本当に……無事でよかった」
お姉様はルッソの言葉に、緊張の糸が切れたのか、ぽろりと涙を流す。
「う……うぅ。帰って来れて、良かった……殺されるかと……思って……」
涙腺の崩壊したお姉様をルッソは力強く抱きしめる。
しばらくの間、お姉様が落ち着くまで待ち、それから話題はルパート様と、その肩にとまっていた青い鳥に移る。
メルバ様が言った。
「おそらく、その青い鳥が魔女の仮の姿なのだろう……リリー、良くお聞き。お前は青い薔薇の魔女に、呪いをかけられている。お前の体に浮かび上がった文様が、その証だ」
リリーお姉様は自分の腕に浮かび上がる紋様を見つめ、うなずいた。
「最後に、ルパート様の笑い声が聞こえたんです。魔女が完全に復活したら、お前に死が訪れるだろうと、そう……言っていました」
私はその言葉に、息を呑む。
「……そんな」
メルバ様が、リリーお姉様の背を優しく撫でる。
「大丈夫。口伝で伝わって来たものによれば、魔女は完全に復活するためには大量の魔力がいるという。だがそんな大量の魔力などすぐに得られるものではない。聖獣様や妖精様達と協力し、我々も魔女をまた封印できるように戦う」
ルッソもうなずきながら言った。
「そうだ。だから安心しろ」
リリーお姉様はこくりとうなずき、私はレオン様と視線を交わす。
レオン様は難しそうな表情を浮かべながら言った。
「とにかく、私とシャーロットは情報収集のために、夜が明けたら一度帰ろう」
「はい。魔女の呪いについても、私も調べてみたいです」
「あぁ。だがとにかく今は、リリー嬢が目覚めてよかった」
「本当に、良かったです」
お姉様が目覚めたことはすぐに皆にも知らされた。
皆は喜び、人々は次々にお姉様の元を訪れては、無事でよかったと口にした。
そして夜。私はお姉様の布団の横に寝かせてもらう。
レオン様はルッソに連れられて行ってしまった。







