5話
森の民の集落は、聖域の森の奥にある。
聖域の森の中には不思議な魔法植物がたくさんあるが、そればかりではなく魔獣も住んでいるのだという。
森の中をジョンの背中に乗ってかけ、森の集落へとたどり着いた。
「この森には、魔獣もいるのですよね。お姉様、大丈夫ですか?」
ジョンから下りると心配になって尋ねた。
すると横からルッソさんが笑いながら言った。
「新米の時期はな、魔獣除けの魔法植物を身に着けるから大丈夫だぞ」
リリーお姉様が腰につけていた魔法植物を見せてくれる。鈴のような形をしているそれは、振ると可愛らしくリンリンと音がした。
「これが魔獣除けになるんですって。でも、狩りの時には、魔獣に気付かれてしまうから普段は森の民の皆は身に着けないの」
「え!? じゃあ、危なくないんですか?」
「森の民は森と共に生きる。危ないことはあるのが当然だ」
ルッソさんの言葉に、リリーお姉様もうなずく。
「私も少しずつ、森の民の皆に受け入れてもらえるように頑張っているのよ」
「狩りも上達し始めたしな」
「狩りも。お姉様すごいですね」
「えぇ。森の民って本当にすごいのよ。皆それぞれ力を合わせて生きている。そして強い」
「強い……」
「強さって色々な形があるのだなって知ったわ。さぁ、糸分けに行きましょう」
「糸分け?」
リリーお姉様とルッソさんは肩掛けのカバンの中から束になった糸を見せてくれた。
「さっき、森で糸を吐く虫から取って来たって言ったでしょう? ただその吐く糸は色がまちまちだから、色分けを担当してくれている家へ糸を届けるの。その後、色の分けられた糸をもらうのよ」
するとルッソさんが言った。
「お前も一緒に刺繍するか? この後、刺繍をする予定なんだ。酒のことはその後でいいか?」
刺繍。男性が刺繍もするのだろうか。
自分達の文化とは全く違うのだなとそう思った。
「ぜひさせてください! お酒のことは、後でで大丈夫です」
ルッソさんは私の頭を乱暴にくしゃくしゃと撫でる。
ジョンが私の方へと鼻を寄せると言った。
「主よ。我は妖精の様子を見てくる。いいか?」
「はい! ジョン、ありがとうございます」
「あぁ。ではまたな」
ジョンは森の中を走っていく。
私はルッソさんとリリーお姉様の後について歩いていくと、ルッソさんは人のうちに当たり前のように何も言わずに入っていくと、机の上に糸をどんと置いた。
「オバ。糸取って来たぞ」
こちらを振り向いたオバと呼ばれた女性は意図を確認すると、戸棚を指さして言った。
「ごくろうさん。リリーもお疲れ様。あら、聖獣様の主様。また小さくなったの?」
にこやかな笑顔でこちらにも話しかけてくれる。
私は何も言えずにうなずくと、頭を撫でられる。
「可愛らしいわねぇ。さぁじゃあ刺繍頑張りなさいね」
「あぁ。糸ありがとう。じゃあな」
「ありがとうございます」
色の分けられた糸を戸棚からお金も支払わずに取る二人。
物のやり取りも違うようだ。
オバに手を振って二人が歩きだしたので私も手を振ってからついていくと、私の姿に気が付いた森の民の人々が声をかけてくれる。
「あら、聖獣様の主様、いらっしゃい」
「また小さくなったの?」
「大変だな」
聖域の森での暮らしで不思議なことが多いからなのか、森の民の人々は私の姿の変容も気にしていない様子だ。
「さぁ、こっち。ここが刺繍をする小屋よ」
「へぇ」
中にはいると、様々な色の布と、刺繍が施された衣装などが飾られている。
それらはあまりに細かく、繊細であり、私はそれに見入って驚きの声をあげた。
「わあぁぁ。すごい。きれい」
「これは、さっき刺繍糸をくれたルピンさんの衣装、こっちがメルバ様の衣装よ。一人に一着、男性も女性もこの晴れ着を一生をかけて刺繍するのですって」
リリーお姉様からの説明にうなずきながら、私はルッソさんに視線を移して尋ねた。
「すごいですね。これっていつ着るんですか?」
「そういえば、聞いたことなかったわ。ルッソ。いつ着るの?」
「ん? 皆で着るのは、一年に一度の新しい新年を迎えた時だな。あとは、婚礼の時に着る」
「「え!?」」
私とリリーお姉様が驚いた声を上げると、ルッソさんは首を傾げた後、棚から一着の無地の森の民の羽織の衣装を取ると、それを私に手渡した。
「聖獣殿の主様ならば衣装を渡してもいいだろう。さぁ、これがシャーリーの衣装だ。これに刺繍をさしていくといい」
刺繍を指していく土台の羽織は、無地がすでに用意され保管されているようだ。大きさごとにかけられており、私は女性用のものを受け取った。
大人サイズのもので、子どもの時は羽織るとぶかぶかだ。
もし大人になって小さかったらその時に、縫い目をほどいて継ぎ足して調整するのだという。
「いいのですか?」
「もちろん。聖獣様は守り神だ。そんな守り神の主に文句を言うやつはいない。さぁ、刺繍をするぞ」
どしりとルッソさんは座ると、針と糸を準備し始めた。
リリーお姉様は自分の衣装を手に取ると座り、私もその横に座る。
刺繍は元々やったことがある。ただ、森の民の文様を刺繍するのは初めてだ。
文様の見本となる、模写された紙が保管されており、それを見ながら刺しゅうを施していくのだという。
「あ、これはルピタ魔法植物だわ」
私が刺繍の見本を指さして言うと、刺繍をしながらルッソさんが顔を上げて言った。
「魔法植物は森の民と共にある。だから刺繍の柄にもよく使われるんだよ」
「へぇ。すごい」
「前から思ってたが、シャーリーも俺達に軽口で話せよ。ルッソって呼び捨てでいいしな。俺もシャーリーって勝手に呼ぶし」
「え?」
「堂々としろよ。聖獣殿の主様」
「え……えっと、はい」
ルッソさんは刺繍へと視線を戻すと黙々と刺繍を始める。
静かな時間だった。
黙々と刺繍を指していると、そこに他の森の民の人々も数人は行って来た。
そして皆が黙々とひと針ひと針刺していく。そのうち、一人が歌い始めると、それに応えるように皆が歌い始める。
不思議な感じだ。
「皆、歌上手ね」
私がこっそりと呟くと、ルッソさんが言った。
「歌ってのは嫌な仕事を楽しくするしな」
「嫌なの?」
「……刺繍はなぁ、ちまちまするからなぁ。体を早く動かしたくなる」
するとリリーお姉様が驚く。
「さっきまであんなに走っていたのに?」
「たりねーんだよ」
会話が面倒くさくなったのか、ルッソさんも歌をまた歌い始め、私は心地のいい歌だなと思いながら、刺繍を指していったのであった。
しばらくして昼の鐘が鳴ると、皆が片づけを始めていく。私達も片づけを済ませ外へと出た。
するとレオン様がジョンと共にやってくるのが見えた。
「レオン様! 昨日は寝てしまってすみませんでした」
私が駆け寄りそう告げると、レオン様は首を横に振った後に、私のことをひょいと抱き上げた。
「そんなことはどうでもいい! ジョン殿から聞いたが、どうして……」
私の体を確かめるように、レオン様がしげしげと見つめてくる。
恥ずかしくて私が宙でばたばたと足をさせていると、ルッソさんが背伸びをしながらこちらへと歩いて来る。
リリーお姉様も息をつき、少し疲れた様子だ。
「あぁぁぁ。疲れた。お、レオン。来たのか」
「レオン様、こんにちは」
「あぁ。ルッソ殿、リリー様、こんにちは」
「レオン様、下ろしてくださいませ」
「あ、す、すまない! これは、不埒な真似ではないぞ!? その、し、心配して」
「不埒? あの、分かっておりますわ」
「そ、そうか」
「レオン様? なにかあったのですか?」
「い、いや……」
レオン様に下ろしてもらうと、ジョンが私の元へと来て言った。
「妖精を探したのだが、飛び回っているようで見つけられなくてな。途中レオンに会ったから連れて来たぞ」
「ありがとうジョン」
ジョンの頭を私が撫でていると、レオン様がしゃがんで私の姿を心配そうに見つめる。
「体に異変はないのか? 体調は? 大丈夫なのか?」
「えっと、はい。異常はないです。その……ちょっと前に戻った感じです。アカ・キイ・アオに次に会ったら元に戻してもらえるように話をしたいと思います」
「……よし。妖精を探しに行ってくる」
レオン様が今にも走っていきそうになったので、私はレオン様の手を掴むとそれを止めた。
「い、いえ、どこにいるかもわかりませんし」
「だが……心配なんだ」
「レオン様」
私とレオン様が視線を交し合っていると、それを見てルッソさんが笑い声をあげた。
「ははは。皆が見てる前でいちゃいちゃしているなよ。昼食べるが、お前達も食べるだろう? 早く行くぞ」
「シャーロット、行きましょう」
私はお姉様に手を引かれ、そしてレオン様はルッソさんに背中を押される。
突然来てお昼までいいのだろうか。
そう思いながらも皆が集まる食事の席に私とレオン様は腰を下ろしたのだった。
森の民のご飯わたしも食べてみたいです(●´ω`●)







