4話
時は少し前へと遡る。
離宮の一室にて、シャーロットに部屋から出て行ってもらったあとのことだ。
先程の和やかな雰囲気から一変、その空気は冷ややかなものへと変わっていた。
その空気を換えたのは、ルードヴィヒとロベルトだ。
先ほどまでの笑みは消え失せ、鋭い視線と、こちらを警戒するような視線。
あまりの変容にレオンは笑いを浮かべそうになるのをぐっと堪えた。
すごい変わりようだなと、そう素直に思った。
「未婚の娘の住む屋敷に、夜、訪れていいと思っているのか」
尋ねたいことはたくさんあるであろうに、開口一番の言葉は、妹の身を心配する兄のそれ。
レオンは笑みを浮かべて答えた。
「それについては申し訳ないと思っております。ただ、聖域の森から帰って来たところだったので、二人きりであったというわけではありません」
それにロベルトが足を組み替えながらこちらを睨みつける。
「本当に?」
二人にレオンはうなずいて見せながら、真っすぐに答える。
「私はまだ、シャーロット王女殿下に不埒な行為など一切しておりません」
「「まだ」」
食いつく言葉はそこか。
レオンは息をつくと、真面目な表情で伝える。
「お二人共、シャーロット王女殿下を心配するのは分かりますが、本題の相談へと移ってもかまいませんか?」
二人は不満げな様子であるが、渋々と言う様子でうなずく。
「あぁ。結婚を早めたいというものだな」
「シャーロットは可愛いからな、気持ちはわかります」
レオンはうなずくが、早めたい理由は、シャーロットが可愛いからという単純なものではない。
「聖域の森へとつながる扉がこの離宮にあるということにも問題ですが、そこでシャーロット王女殿下が聖獣と契約し、妖精に好かれたということのほうが大きな問題でしょう」
「……そうだな」
ルードヴィヒとは裏腹に、ロベルトは笑顔で言った。
「けど、王族でそのような者が生まれるというのは喜ばしいことではないですか」
安易なその言葉に、ルードヴィヒとレオンは厳しい表情を浮かべる。
「そんなに容易なものではない」
「はい。喜ばしいというよりも、問題の方が大きいかと」
二人のその様子にロベルトは首を傾げた。
「どうしてです? 聖獣が国を守ってくれるかもしれないですし、妖精がいれば豊作の可能性も高まりそうじゃないですか」
ルードヴィヒは額に手を当てながら、ゆっくりと息をつく。
「シャーロットが幸福ならば、おそらく聖獣も妖精も味方でいるだろう。だが、もしシャーロットに不幸が訪れたら? 王国の危機にまで発展することだ」
「その通りです。そして現国王陛下であれば、シャーロット王女の得た力を軍事的にも利用しようとする恐れがあります」
「はぁ。その通りだな……父上がどう動くかが、予想が出来ない」
ルードヴィヒとレオンの言葉に、ロベルトは肩をすくめる。
「二人共、本当に頭が固いですね。知られなければいいことでしょう。だからレオン殿も結婚を早めたいと言ったのでしょう。シャーロットの身を守るために」
レオンはうなずく。
「えぇ。このまま知られないようにするのが得策かと私も考えております。ただ……ローレン王国側に私とシャーロットの姿を見られています。現時点にては正体は知られていないでしょうが、敵対したグレイという男とルパート王子がこちらのことについて話をしていれば、ローレン王国側がシャーロットを狙ってくるという可能性もあります」
「それは低いだろう。聖獣と妖精の恐ろしさを感じた以上、下手に手を出して王国を危機にさらすと、あの聡明なローレン王国の王が行動するとは思えない、問題はどちらかと言えば、我が父の方だろう」
ルードヴィヒの言葉にレオンはなるほどと納得するようにうなずく。
「私の方ですでにシャーロット王女との婚姻を円滑に進められるように、国王陛下には結納金と共に支度金も含めて支払い、またそれについても書面でやりとりもしております。そこまでは円滑に行っているのですが、王族の結婚は、十七歳の年を超えねば認められません。ですから、それまでの間、シャーロット王女殿下について国王陛下に知られないようにしなければなりません。お二人にはその協力をしてほしいのです」
抜け目のないレオンは、すでに下準備は整えていた。
ルードヴィヒとロベルトはじっとその姿を見つめる。
「わかった。あとおおよそ一年か」
「一年後にシャーロットが嫁入り……けど、結婚したところで離宮をだしてもらえるのかは父上次第でしょうねぇ。結婚の形だけとして離宮にシャーロットを閉じこめておきそうですが……」
ロベルトの言葉に、レオンもうなずく。
「私もそのことを懸念しております。ですので、国王陛下を納得させられるように、公爵領に現在シャーロット王女を幽閉するする建前で、屋敷を建設中です」
「「なっ!?」」
二人は驚いた表情で固まる。
レオンは首を傾げた。
「何か問題でも? あ、幽閉するのは建前です。ちゃんと公爵家にてシャーロット王女殿下を妻として迎えますし、丁重にお迎えいたします」
ルードヴィヒは眉間にしわを寄せた。
「レオン殿……そなた、まさか……シャーロットのことが好きなのか」
ロベルトはレオンの返事をかたずをのんで待つ。
レオンは何を尋ねられているのか理解できないというようにうなずく。
「はい。あれほど愛らしい方を好きにならないわけがありません」
あまりにさらりと告げられた言葉に、ロベルトが立ちあがると声を荒げた。
「結婚前に、不埒な行為をしたら許しませんよ!」
「え……?」
その言葉にレオンは首を傾げる。
「あの、もちろん、そのようなことはしませんが……?」
「「え?」」
ルードヴィヒとロベルトは驚く。
レオンは、二人に自分の素直な気持ちを伝える。
「もちろん、好きです。ですがそれは、その、大切にしたいというような好きです」
ルードヴィヒと、ロベルトは、レオンに聞こえないように後ろを向くとこそこそと喋る。
「……どういうことだ」
「兄上、僕にはわかりません」
「私もだ。この男、シャーロットを手に入れるためにすでに外堀をこんなにも固めているんだぞ」
「父上への結納金も、あの言い方だとおそらく相場以上に支払っている感じですし」
「あぁ。そうだろう。それに、領地にシャーロットの家を建てているくらいだぞ」
「結婚前なのに……ですよ」
「あぁ。好きって、恋愛の好きだろう?」
「そうだと思います。ですが本人的には、家族のような好きだと思っているようなそんな感じがしますよね」
「あぁ……」
二人はちらりとレオンを見る。
レオンは黙って二人のやりとりを静かに紅茶を飲んで待っている。
もう一度二人はこそこそと喋る。
「自分の気持ちに、まさか気づいていないのか」
「そう、かもしれません。恋愛の好きじゃないとこんなにまでしないでしょう? 普通」
「あぁ……だが、普通というものが、レオン・カーライルという男に当てはまるかどうかは……定かではない」
「……確かに。王国の英雄ですからね」
「まぁ、自覚がないのは……いいか」
「そう、ですね」
二人はとりあえず納得をすると、姿勢を正してレオンへと向き直る。
コホンと息をついて二人は口を開いた。
「すまなかったな。では、これからも婚約者として適切な距離感で頼むぞ」
「婚姻前に絶対に不埒なことはしてはいけないぞ」
レオンは真面目な顔でうなずく。
「もちろんです」
その様子に、二人はうなずきかえす。
そこで、二人は自身の異変に気付く。
手が震え始め、背筋が異様に寒い。
確かに最初にレオンに対面した時から、違和感はあった。だが話題が話題だっただけに気のせいだと思っていたが、この気分の悪さは気のせいではないと気づいた。
レオンは、二人の顔色が悪くなってきたことに首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「いや、大丈夫だ」
「あぁ……」
そう言いつつも、二人の顔色は悪い。
そこでレオンはハッとする。
この様子は、自分の魔力に当てられている時の様子だ。だが、現在レオンは魔力を枯渇させている。まだ体の中の魔力は半分も回復していない。
シャーロットと一緒にいる時、シャーロットが自分の魔力に当てられた様子はなかった。
それなのに、どうして。
「申し訳ありません。お二人の体調が悪いのは私の魔力のせいかもしれません」
「あぁ。そうか……とにかく一度話が出来て良かった。また何かあれば連絡を取り合おう」
「絶対にシャーロットと適切な関係でいてくださいね」
「もちろんです」
二人はよろよろと立ち上がる。
「すまないが、シャーロットに、また来ると伝えてくれ」
「本当は、もう一度会いたいのですが……う……」
口元を抑えるロベルトだが、ぐっと堪える。
「わかりました」
二人の言葉にレオンはうなずき、そのまま見送ることとなった。
門の外には王家の馬車が用意されており、二人はふらふらとしながらその馬車に乗り込む。
申し訳なさをレオンは感じていると、窓から二人が顔を出した。
「またくる」
「シャーロットと、くれぐれも適切な距離で頼みます」
そう告げられレオンは大きくうなずいて見せる。すると馬車は動き出し、レオンは頭を下げて二人を見送った。
そして馬車が見えなくなった後にシャーロットのいる温室へと向かったのであった。
兄二人が帰ってしまって、もしかしたらシャーロットは残念に思うかもしれない。
せっかく久しぶりに兄に会えたというのに……。
レオンはそれもまた申し訳なくなりながら、温室の扉を開けた。
「シャーロット、いるか?」
もしかしたらシャーロットも魔力に当てられてしまうかもしれない。そう思い、遠くからレオンは声をかけるが返事が返ってこない。
仕方がないかと中へと入ると、机に突っ伏してシャーロットが寝息を立てていた。
あまりにも気持ちよさそうな様子である。
傍へと寄っても、体調が悪くなるような様子はなさそうでレオンはほっとする。
「よかった……だが、どうしてだ?」
シャーロットや、森の民もそうだが、レオンが今以上に魔力を有していても気分が悪くなるという様子はこれまで見られなかった。
だからこそ、レオンも二人と対面している時も油断していたのだ。
だが、あの二人の様子を見て改めて自分の魔力は人に害を及ぼすのだなと自覚することとなった。
「まるで……化け物のようだな……」
独り言ちる。
この狂気じみた魔力によって家族以外の人間には近づけなかった。
だがそれでもこの力のおかげで、国を守ることができる。
戦場が恐ろしい場所だとレオンは知っている。だからこそ、化け物のような力であろうとも国の人々を救えるならば……魔力を使うことを厭わなかった。
死と隣り合わせの諸刃の剣であろうとも……それでよかった。
死を、受け入れいていた。
だが、シャーロットに出会って欲が出た。
彼女と共に、生きる未来を、レオンは思い描いてしまったのだ。
「……可愛らしい人だ……」
レオンはシャーロットをそっと抱き上げると、彼女の寝室へと運ぶ。
起こさないように、そっと運びながら、レオンはふと思う。
「子どもの時も軽かったが、大人になっても軽いな……たくさん、食べさせなければ」
こんなに細くては、何かあればすぐに倒れてしまいそうだ。そう思っていた時、ロベルトの言葉が頭をよぎる。
『不埒な真似』
今までは何も考えずに抱き上げることができたが、触れている箇所が気になる。
「だ……だめだな。無だ。無。考えるな」
女性らしい柔らかなその体は、レオンのごつごつとした肉体とはまるで違う。
優しく丁寧に触れなければ壊れてしまいそうだ。
レオンはそっとベッドにシャーロットを寝かせると、ほっと息をつき、その頭を優しく撫でる。
そして柔らかな髪を指で梳く。
「……おやすみ、シャーロット」
その場をすぐに離れようと思ったレオンの手を、シャーロットが寝ぼけて握る。
「……ふへ……へへ。レオンさまぁ……」
「シャーロット?」
「ふへぇ……えへへ……レオンさま」
へにゃりと笑うその柔らかな表情が、あまりにも無防備で可愛らしくて、手に顔をすりすりとしてくる仕草に、レオンは顔を真っ赤に染めた。
「しゃ、シャーロット……手を、放してくれ」
心臓がうるさいくらいに高鳴り始め、痛みが走る。
自分は何かの病気かもしれないとレオンはそう思う中、シャーロットが可愛くて仕方がないという感情が胸の中いっぱいに広がっていく。
「な、なんだ……これは……」
チュッ……。
「え?」
シャーロットが、レオンの手に唇を落とし、へにゃりと笑う。
「か……」
可愛すぎる。
それと同時に、先ほどの忠告の言葉が蘇り、ハッとしてシャーロットがつかんでいた手が離れた瞬間に、飛びのくようにレオンは距離を取った。
「婚姻前にそのようなこと、するわけがない。好きだが、好きだが、そういう不埒なことなど……」
そういいつつも、心臓の音がどくどくと脈打つ。
しかも眠っているシャーロットが愛おしくてしょうがないという感情が押し寄せてくる。
「う……」
レオンは急いで書置きをすると部屋を出た。
二人きりは、まずい気がした。
「……なんだこれは……はぁ。前に医者に診てもらったが、なんでもなかったのだがな」
レオンは心臓の高鳴りが収まると深呼吸をして歩き始めた。
「ダメだ。考えるな。シャーロットとはまだ婚前だ……まだ……」
足を止め、レオンは両手で顔を覆う。
「ダメだ。考えるな。考えるな。別のことを、考えよう」
自分に言い聞かせるように呟く。
「そうだ、魔力について、考えよう」
レオンは深呼吸をすると、また歩き始める。
シャーロットの可愛らしい寝顔を振り切るように、魔力について考える。
「……もしかしたら魔力に、シャーロットや森の民は耐性があるのかもしれない。それについても調べなければならないな……」
先ほどの胸の高鳴りのことを忘れるように、レオンはそのことについて考えながら帰路についたのであった。
ただ、シャーロットの唇の触れた手の甲には、未だにその感触が残っていた。
ニヤニヤしちゃう回でした(´∀`*)ウフフ
漫画を描いてくれているのはえすえいち先生なのですが、えすえいち先生の描くレオンと弟のアレックスのやり取りはニヤニヤ必須です。よんでほしぃぃぃぃ。







