35話
「ルパートすまんな」
「はぁ。いいけどお前、詰めが甘いんだよ」
「リリー王女殿下を得られて、少しテンションが上がってしまっていたんだよ」
「まぁいいが。さて、聖獣狩りと行こうか」
「あぁ。準備をして来たぞ」
そういうと、グレイは手に持っていた袋を騎士に渡し、それを皆に配るように伝える。
「ははは。これを飲めば、百人力だぞ。魔力増強剤だ」
その言葉に、私はハッと顔をあげた。
「そんな……」
生まれた時から、その人の中にある魔力の最大値というのは決まっている。だからこそ魔力を増強することは不可能に近いはずだ。
「それ、見せてもらえますか?」
私の言葉に、グレイはにやりと笑うとそれを私に一つ手渡してきた。
小さな黒い豆のようなものだった。私は匂いを嗅ぎ、それから目を丸くする。
「これ……これは」
グレイはにやりと笑うと声をあげた。
「飲むと、魔力が増強される。呑むのだ」
「「「「「はっ」」」」」
「だ、だめ!」
私が声をあげるが、騎士達はそれを無視して呑み込んだ。
それは魔力増強剤なんかじゃない。
バング魔法植物の実だ。普通の状態であれば、何ら問題はない。苦い木の実くらいなのだが、おそらくバング魔法植物にルピタ魔法植物から出る魔力を吸収させている。
つまり魔力を摂取しているのと変わらない。
自分の魔力ではない体に適応していない魔力を摂取すると言うのは危険な行為だ。
飲んだ当初はいいだろう。だが、終わった後の副作用もすごいはずだ。
そうこうしている間に、応援部隊の騎士達も次々と到着してくる。
そして彼らもそれを飲もうとするので止めようとするが、ルパート様に黙るように言われた。
私は、それをただただ見つめながら、ぐっと怒りを震わせるしか出来ない。
グレイを私は睨みつけると言った。
「もちろん、使用後に飲む薬も作っているのよね?」
その言葉に、グレイは肩をすくめた。
「急いで作ったから、そんなのは用意されていないさ」
「そんな……」
「それよりもさっきはよくもやってくれたね。お前のせいでリリー王女殿下のご様子も不安定だ! 後で仕置きしてやるからな」
その言葉に、ルパート様が言った。
「ん。ダメだよ。この子は気に入ったから、俺がもらう」
「は?」
「君が欲しいのはリリーだけだろう? いいね」
無言の圧力が駆けられ、グレイは眉間にしわを寄せながらも私を睨みつけた後に黙った。
「さてさて、いよいよやって来るかな~。けど本当にびっくりだな。紛い物の姫君がどうして聖域の森にいて、しかも君を取り戻しに聖獣が動くのか」
こちらの動揺を伺う視線を感じ、私はすっと背筋を伸ばす。
「私のためではなく、貴方が不可侵の森に侵入したからでは?」
「ははは。それならば、森を取り戻すために動くだろう。だがここはローレン王国だ。聖獣と森の民が森を出て、ここへ来る。取り戻すものがあるからだろう?」
そう言われ、私は視線を反らす。
助けに来てほしい。こんな恐ろしい所にはいたくない。
そう思う気持ちと、自分自身の力で何もできずただただ助けを待つ自分が情けなかった。
「でも残念だよな。君はね、相手にこういうんだ。自分は自分の意思でここにいることを選択するとね」
「……」
「ふふふ。いいじゃないか……くふふふふ。面白い」
終始楽しそうな様子が恐ろしい。
この人は、本気でそう思っているのだ。
その時、風が、止まった。
異様な空気に動きを止め、息をするのすらためらわれる。
鳥肌が立つような異様な雰囲気に、皆が警戒している中、霧が現れ、庭中を包み込む。
「なんだ……」
「これは……」
そして、霧が晴れ始めたかと思った瞬間、目の前には聖獣ジョンと、その横に、レオン様の姿が現れたのであった。