32話
それを見て、リリーお姉様は顔を真っ青にしながら言った。
「マイヤー先生は……ご病気で亡くなったと、聞いたわ」
「いやだなぁ。ここにいるじゃないですか」
「だ、だって……そこに、いるのは……人形じゃない」
次の瞬間、グレイが牢の鉄格子を腕で、勢いよく叩いた。
「リリー王女殿下……変なことを言う悪い子はお仕置きしますよ。ふふふ。まぁでも、まずは小さくならないといけないですね。せっかくなので、幼少教育から始めましょう」
「え?」
リリーお姉様が身じろぎ、後ろへと下がると、グレイがポケットから小瓶を取り出した。
「さぁ、やり直しましょうね」
「いや、やめて! こないで!」
「大丈夫ですよ。ほら、シャーロット王女のように小さくなるだけですからね」
お姉様に夢中で、私のことなど気にしていない様子のグレイ。私はむしろ今がチャンスだと思い、車い
すに乗せられていた人形を掴むと、近くの机の上に置いてあったペンを手に持ち、それを人形に向かって突き立てた。
「う、動かないで下さい!」
その瞬間、グレイの顔色が変わる。
「か、母様!」
「動かないで下さい! 動いたら、刺します!」
明らかに狼狽えた様子のグレイに、私はぐいっとペンを人形に押し付けて見せる。
「ま、まて、落ち着け」
「鍵をこちらへ!」
「わ、分かった」
グレイは鍵をこちらへと投げてくる。私はグレイに言った。
「私の入っていた牢へ入って下さい。早く!」
グレイは眉間にしわを寄せ、苛立ちを露にしながら私の入っていた牢へと入る。
「部屋の一番奥まで下がって!」
グレイは大人しく私の言うとおりにする。私は鍵を拾うと、グレイの入った牢の鍵を急いで閉めた。
ほっとしそうになるのをぐっと堪え、私はお姉様の牢の鍵を開けた。
「お姉様、逃げましょう」
すると、グレイが牢の中から叫んだ。
「逃げられるものか!」
私はその言葉を無視すると、お姉様に言った。
「急ぎましょう」
けれど、お姉様が中々牢の中から出てこない。
「急がないと。行きましょう」
「で、でも……逃げられるわけがないわ。あの人も言っていたけれど、見つかったら……」
顔が青白く、体が震えている。
私も、怖くないわけではない。
けれど、ここで何もせずに待っていたところで、助けが来るという保証はない。
「お姉様。私を見てください」
「シャーロット……ねぇ、ここで、助けを待ちましょう?」
ここで大人しく助けを待つ。たしかにそれも手ではあるだろう。いつかきっとレオン様やジョンが助けに来てくれる。
そう信じている。けれどだからといって逃げられるチャンスがあるのに何もしないなんてことは出来ない。
人間、結局自分から行動しなければ何も変わらない。
私は幽閉されて、それから自分のことを何でも自分でするようになった。
動かなければ何も変わらず、動けば変わることを知った。
「お姉様、行きましょう?」
「無理よ……足が、足が震えて、全然動かないの」
「お姉様……」
「怖いんだもの! 私、私は、ここにいる」
身を固くするお姉様の姿に、私はうなずいた。
「お姉様。分かりました。じゃあ、どこかに隠れていてください。私が助けを呼んできます」
「え?」
「大丈夫です。きっと私が助けを呼んできます」
「シャーロット……」
私が笑顔をお姉様に向けると、言った。
「出来るだけ見つからない場所に隠れていてくださいね」
「……分かったわ」
お姉様がうなずくのを見て、私は立ちあがると、人形とペンをお姉様に手渡す。
「もしもの時は、この人形を人質に動いてくださいね」
「えぇ……その、気を付けて」
一瞬、その人形の気味悪さに手に持つことを躊躇したお姉様だったけれど、覚悟を決めた様子でしっかりと握る。
「では、いってきます」
私は階段を上がるとゆっくりと人の気配がしないか確かめながら進んでいく。
石造りの階段は湿っていて滑りやすくなっている。
湿気の籠った空気に、私は呼吸を浅くしながらゆっくりと進んでいくと扉が見えてきた。
恐る恐る扉に近づき、様子を伺いながら開けると、外には誰もいないようだ。
私は外に出ると、そこは書斎のようであった。本棚へ一瞬視線を向けた時、私は息を呑んだ。
「これ……全部魔法植物に関するものだ」
グレイの書斎なのだろうか。
もしそうならば、もし、こういう関係でなければ魔法植物について語り合うことができたかもしれないのになと、思ってしまう。
机の上を見てみれば、そこにはいくつかの魔法植物の種が置かれていた。他にも、小さな植木鉢に魔法植物が植えられている。
私は机の上にある種をさっと手に取るとゆっくりとその部屋を出た。
廊下が真っすぐにつながっており、私はこのままでは見つかるかもしれないと使用人用の扉を見つけ中へと入った。
そこは倉庫のような場所であり、シーツなどが片づけられている。
私はそこで一度呼吸を整えると、これからどう動くべきかを考える。
とにかく居場所をレオン様とジョンに伝えなくてはならないだろう。私はリュックサックから丘で採取した魔法植物を取り出す。
それから先ほど取って来た魔法植物の種を見る。
これだけあれば、どうにかなる。
リュックを取られちなくて本当に良かった。
私は、リュックの中から無効化薬を取り出す。
子どもの体だと、どうしても大人よりも体力もないし足も遅い。
「こんなところで、飲むことになるなんてね……」
私は一気にグイっと無効化薬を飲む。次第に体が熱くなり始め、体がきりきりと痛みだす。
「うぅぅぅ」
出来るだけ声を出さないように堪える。
しばらく耐えていると、ドクンと脈打つように痛みが走る。
洋服がきつくなり始め、私は洋服を脱ぎ捨てた。







