2話
「何が……起こっているの?」
鏡に映る自分をいくら見ても変わらない。
私はしばらく鏡の前に立ち尽くしていたのだけれど、枕元に手紙が一通置かれていることに気がついた。
いつ置かれたのだろうか……。私をここへ送った後、おそらく魔道具か何かで転送されてきたのかもしれないなと予想を立てる。
一体何が書かれているのだろうかとそれを手に取る。
封を開ける手が震えた。
これはきっと、私にとってはこれからの人生を大きく左様する手紙であろう。
「大丈夫。大丈夫よ……これまでだって、色々あったけれど……私は生きている。うん、あんな変な呪いを
受けて、死ななかっただけ……マシ……」
手紙を開き、急いで目を通していく。
簡潔に言えば、食料が一日三回食事が運ばれること、基本的に魔道具がこの屋敷には設置しているので生きるには困らないであろうこと。
呪いについては調査中だけれど、解呪方法が分かるまでは北の離宮にて療養するようにと書かれていた。
その手紙をじっと見つめながら、私は息と着く。
「……はぁ。ちゃんと受け入れいないと……」
そう呟いた後、私はベッドの上にごろりと寝転がる。
「……食料が届くだけありがたいわ……魔道具があるって書いてある……侍女はこないわよね……呪いがとけ
るのか……出来るかはわからないものね……」
呪いとはいったが、未知のものだ。そうしたものが、必ずしも解けるとは限らない。
私は、ごろりと寝っ転がった後、近くにあった布へと視線を移す。
「あぁ……あれに包まれて運ばれてきたのね……あ……そうだ」
起き上がると布の中を探る。
あの時、倒れた時、私は自分の方へと転がって来た瓶を掴んだはずだ。
どこかに紛れ込んでいないだろうかと思いごそごそと布の中を探すと、固いものを見つけ引き出す。
「よかった。あった」
私は小瓶を手に取ると、早々にどうにかして保存しなければと思い、部屋の中の引き出しを開けてい
く。
戸棚の中も調べていくと、保存用の魔道具があることに気がついた。
「よかった!」
私は魔道具を使い小瓶に保存魔法をかけると、ほっと息をつく。
小瓶の中にはわずかに液体が残っている。これは、私にかけられた呪いが何で作られているのかの手がかりだ。
国王陛下のあの対応、そしてこの手紙からして自分はもう役に立たないと切り捨てられたのだろう。
この隔離は、呪いを背負って一人で余生をすごせということなのだろう。
「はぁ……あはは……やっぱり、私は……結局一人かぁ……いや、最初から一人だもの。何も変わらないわ」
ずっと、頑張り続けていたらいつか報われるかもしれないと心のどこかで期待していた。
愛してもらえるのではないか。
せめて政略結婚の駒として役に立ちたかった。
「……はぁ……」
私には何もないのだということが突きつけられる。
ソファに深く腰掛け、ゆっくりとため息をこぼす。
頑張っても、無駄なことがある。
報われないことも、当たり前にある.
そんなことはとうの昔に分かっていたというのに、一人であがいて、バカみたいである。
両手で顔を覆い、押し寄せてくる絶望に負けないようにと体に力を入れるけれど、音もなく涙が溢れてきた。
ただただ、涙が瞳からとめどなく溢れてくる。
声すら出ず、ただ流れ落ちていく涙を感じながら体が、心が、ゆっくりと絶望と言う名の現実を受け入れていく。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
気がつけば窓の外からは夕日が差し込んできていた。
窓を開けテラスへと出ると、空が橙色と紫色とに分かれている。
吹き抜けていく風は少し冷たくそれを頬に感じながら、私は涙をぬぐった。
「綺麗な空……わぁ……時間って、あっという間ね」
くよくよと泣いたところで現実は変わらず、そして私は生きている。
たくさん泣いて、少しばかりすっきりとしていた。
現実はいくら泣いても変わらないけれど、お腹に手を当てれば空腹を感じる。
私は生きているし空は美しくて世界は進んでいく。
大きく深呼吸をすると、私は自分の両頬を勢いよく叩いた。
「いたい……」
パチンと盛大な音を立てた分、痛みも走る。それが自分は生きているんだぞっていう感じがして気合が入る。
背筋を伸ばして私はこれからのことを考えた。
「まずはこの屋敷の状況を確認して、それから考えよう」
私は小さくなった体で薄暗くなり始めた屋敷の中を捜索し始める。
壁に掛けられていた管内地図を取り外し、それを見ながら屋敷を歩き回る。廊下には、これまでここで過ごしてきたであろう王族の方々の肖像が飾られていた。
「あ、この人が……この北の離宮の最初の主なのね」
肖像画の下には、エレニカ・フォーサイスと名前が書いてあった。
ここに肖像画が飾られている人々は、どんな気持ちで、ここで暮らしていたのだろう。
ただ安心したことは離宮内には手紙に書いていた通り魔道具が設置されており、灯や火や水などの心配をしなくてもよさそうなことであった。
私は離宮の灯を魔道具でつけると、屋敷内が一気に明るくなる。
それだけでも、心細かった気持ちをほっとさせた。
灯が付くと、屋敷中を歩き回るのも探検のようで楽しい気持ちになってくる。
今までこうして一人で好きに歩き回ったことなどない。
好きに進んでもいい、時間も関係ない、すると何故か心が浮き立つ。
「何ていうのかしら、この感情……そうね、あぁそうだ。開放感! これがきっと、開放感っていうものだわ」
独り言を誰に気にするわけでもなく喋れると言うのも、心地が良かった。
今までの生活は、色々と型にはめ込まれ、操り人形のような心地だった。けれどここには誰もいないからこそ制限もない。
「ふふ……私の周りから誰もいなくなって……たった一人きりだと言うのにね……そう……たった……一人きり……? あ」
私は顔をあげると、そうだと気づいた。
王族から見放されたということは、私はもう、これまではめられてきた型にとらわれる必要がないということだ。
それはつまり、今までしたくても出来なかったことをしても、誰にも怒られないということ。
「……魔法植物の研究を本格的にしてみようかしら……でも、魔法植物が、ないか」
私物で集めていた魔法植物をここに運んでもらうことはきっと叶わないだろう。
せめて、植物の研究はどうだろう。
そんなことを考えながら私は管内の地図を見ると、温室があることに気がついた。
「……温室だ」
外は暗くなっているけれど、窓から外を覗くと確かに温室があり、全棟に魔道具を使い灯を付けたことによってそこも明るく輝いている。
私は足早に外へと出ると、温室に向かって歩き出す。
暗くなった外は冷たい風が吹き抜けていく。
温室の扉は重たくて、小さな体だと中々に開けずらい。
力を入れてどうにか押すと少しばかり開き、そこから体を滑り込ませた。
「わぁっ!」
灯の付けられた温室の中は、とても美しかった。
そして、驚くべきことになんと、たくさんの魔法植物がそこには生き生きと育っている。
魔道具のおかげで植物達への水の供給はしっかりとされているようだ。
こんな奇跡があるのだろうか。
魔法植物が好きで、これまで集めるのも大変だったというのに、こんなにもたくさんの魔法植物がここにはある。
元々この離宮は病などを患った王族専用のものだ。だからこそ、侍女や執事がいなくても環境が整うように整備されている。
なんと幸運なことだろう。
「これなら……魔法植物の研究もし放題だわ。そうよ。どうせ呪われて役立たずなんだもの……どうせ後は……ここで余生を過ごすだけでしょうし……そうね……自分のしてみたかったことに……挑戦してみようかしら」
ずっと、魔法植物に興味を抱いていた。
今ならば誰にも邪魔されずに思う存分出来るのだ。
呪いの正体も分からず、隔離され、余生を過ごすだけならば何をしてもかまわないであろう。
どうせ自分は紛い物。しかも呪われている。
こうなってしまえば、開き直った方が楽だろう。
死ぬまでの間、好きに生きさせてもらおう。
そう素直に思えた。
「ふふふ。楽しみすぎるわ」
絶望的だった心が、これからの生活に心が弾み始める。
だけれどその時、私のお腹は盛大に大きな音を立てた。
―――――ぐぅぅぅぅ。
「限界だわ……何か、食べなきゃ……」
私は食事が届けられていると言う北門の所に行くと、そこには、小さな勝手口があり、その前に籠が置かれていた。ただし、よくよく見てみると門の上の方に滑車が付けられており、そこから籠が下ろされていることが分かる。
扉に触れてみても、外側から鍵がかけられているのだろう。押してみてもびくともしなかった。
縄から籠をはずし、開けてみると、中にはサンドイッチや果物、それにスープなどが入っていた。
ただ、籠を落とした衝撃でスープが多少零れている。
料理などしたことのない私は、食事が届けられるだけありがたいことだと思いながら、その籠をもって部屋へと戻る。
そして、部屋の机に並べて食べ始める。
お腹がすいていたので、パクパクと口へと運んでいた途中で、飲み物がないことに気がつく。
いつもは侍女が用意してくれたから、自分で用意しなければならないということを失念していた。
私は棚へと行くと、椅子を移動させて高い棚から水の出るポット型の魔道具を取り出すと、机へと運ぶ。
それからもう一度コップを取りに行き、そこへと水を流し込んだ。
「ふぅ……」
一口水を飲むだけで何故か達成感があった。
「美味しい」
サンドイッチをぺろりと食べ終えた後、私は果物をしゃくしゃくと食べながら息をつく。
「……さて、これからのことを色々と考えなきゃだわ」
昨日までの日常はもう消え去り、これからは自分で日常を作っていくのだ。
ワクワクとした感情が自分の中に湧き上がるのを感じた。
ただ、その感情とは裏腹に、瞼が重たくなり始める。
「あれ……なんで……もしかして……子どもの体だから?」
私はどうにかベッドまで歩いていくと、ベッドによじ登る。
「ダメだ……眠い……」
気がつくと私は瞼が閉じていた。
泥のように眠るとはこのことなのだろうと体感できる眠り。
そして、ハッと気づけば、すでに外が明るくなり始めるころだったのである。
まるっと朝まで眠っていたと言うことだ。
「……大変だわ。これ、まず、この体に慣れなきゃ……」
ただ、朝の目覚めがすっきりとしており、今までにないほどに目が冴えている。
大人の体と子どもの体とでは活動時間が異なるのだ。
私はこれは大変だなと思いながら、身支度を整えるために、風呂場へと向かった。
お風呂場にも魔道具が備え付けられているので、お風呂も自動で沸かすことができる。これならば侍女が居なくてもちゃんと生活していけると思ったのだけれど、実の所風呂に一人で入ったこともなかったので、どれが石鹸でどれが香油なのか、何をどれに使うのかが分からず、一つ一つ試すしかなかった。
そしてお風呂を上がるころにはだいぶ疲れていた。
しかも、タオルも洋服も準備をするのを忘れていた。
一人での生活というのは、自分が想像していたよりも大変で、自分がどれだけ多くの人に生かされていたのかにも気づく。
「私……頑張らなきゃ。一つ一つ、出来るようになっていこう」
濡れたまま、棚までタオルを取りに行き体を拭く。それから洋服の保管室へと向かうとそこから子供用の服を取り出し着替えた。
北の離宮で過ごしたのは大人ばかりではない。
流行り病に伏した子どもも中にはいたと聞く。
だからこそ用意されていた服なのだと思う。
「よし、頑張ろう」
生きるために、私は前を向いてまずは、着替えをすませて、朝食を取りに向ったのであった。
そしてそれからは離宮での生活に私は少しずつ慣れていった。
それと同時に、離宮の魔道具の使い方にも慣れて行ったのだけれど、その中で不思議な魔道具を見つけることもあった。
まだまだ面白い魔道具はありそうだなとわくわくとした気持ちになった。
そんな離宮で生活し始めてから三か月ほどたった頃、朝食の籠の中に一通の手紙が入っていることに私は気づいた。
三か月経てば、だいぶここでの生活にも慣れる。
もう自分の身の回りのことが出来るようになったし、魔法植物を研究する環境も整いつつある。
だからこそ、その手紙に一体何が書かれているのだろうかと不安に思った。
もうこのまま一生自分のことなど放っておいてくれたらいいのにとすら思ってしまう。
私は朝食の入った籠を手に持ったまま歩き、部屋へと着くと、机の上に食事と飲み物を手際よく準備していく。
手紙を読んでしまえば食欲が失せる気がして、私は食事から先にいただくことにした。
朝食は大抵サンドイッチが運ばれてくる。なので、それを先にぺろりと食べ終える。
最初の頃は残すこともあったけれど、健康的な生活によって小さな体にサンドイッチもぺろりと入っていくのだ。
食べ終え、飲み物を飲み干すと私は気合を入れて手紙の封を切った。
何が書かれているのだろう。そんな不安があるけれど、読まないわけにはいかないと、恐る恐るそれに目を通していき、驚きのあまり立ち上がって声をあげた。
「うっそ……わ、わっわわわわわ私に、こここここ、婚約者!? しかも、公爵家当主レオン・カーライル……様!?」
嘘だ。
カーライル公爵家と言えば、フォーサイス王国の四つ柱の公爵家の一つであり、数年前に起こった隣国との諍いに先陣を切って出撃し僅か一月でその諍いを終結へと導いた英雄の家である。
そしてその英雄こそが、レオン様である。
「ど……どうして、そんな素晴らしい方の婚約者が……私なの!?」
誰もいない離宮に私の叫び声が響き渡ったのであった。
男前レオン! 次回いよいよ登場!
シャーロット可愛い(●´ω`●)
読んでくださる皆様に感謝です!!!