19話
体が、焼けるように暑い。
喉が渇いた。
苦しい……。
熱が出たのかもしれない。こういう時には、大人しくベッドに寝ておくしかない。水を取りに行く気力もないので、喉の渇きを無視しようと思った時だった。
「どうした? 喉が、乾いたのか?」
声が聞こえて、私は驚き身を固くする。
この声は、レオン様? 視線を彷徨わせれば、外は暗く夜が訪れたことが分かる。
「レオン……様? どう、して……」
「熱が出たのだ。水を一口飲むか?」
「は、はい」
レオン様が体を抱き起してくれて、水を飲ませてくれる。
「ありがとう……ございます」
ジョンの背中に乗ってからの記憶がない。朦朧とする中、レオン様がゆっくりと体を寝かせてくれたのが分かる。
それから、額の上に、冷たいタオルを乗せてくれた。
「傍に居るから、何かあれば声をかけてくれ」
「え? ……あの、気にせず、お帰り下さい」
一人でも大丈夫だと思いそう告げると、レオン様が、少し悲しそうに目を伏せる。
「……嫌だろうか……」
「そう、でなくて……これまでも、寝込んでもいつも一人だったので、大丈夫です」
私の言葉に、レオン様が驚いたように目を丸くし、それから口をつぐむ。
さらに悲しそうな瞳の色に、私はどうしたのだろうかと小首をかしげる。
「レオン様?」
「……いいから、眠りなさい」
「……はい」
いいのだろうかと思いながらも、瞼が重たくて、開けていられない。
ただ、人が傍に居るだけでこんなにも、不安が軽くなるのだなとそう思った。
「おやすみ」
「おやすみ……なさい」
ふわふわと温かで優しい心地だ。それにちょっとだけ、泣きたくなった。
「ありがとう……ございます」
眠ったシャーリーを見つめながら、レオンは小さく息をつく。
涙が目元から流れ落ちていき、それを指ですくうと小さく身をよじった。
「……一人に……しないで」
小さな声で呟かれたその言葉に、レオンは返事を返す。
「大丈夫だ。傍に居るよ」
おそらく、シャーリーは気づいていないだろうけれど、今、シャーリーは大人の姿であった。
ジョンの背中の上で眠り始めた瞬間、体が大人の姿へと変貌したのである。
レオンはその時のことを思い出す。
ジョンは走りながらレオンに向かって言った。
「主は、呪われているようだな。先ほど無効化する薬を作ったことで、おそらくそれに当てられて呪いが薄れたのだろう」
「……やはり、シャーリーがシャーロット王女だったのだな。これは、呪いが解けたのだろうか?」
「いや、一時的に薄れただけだろう。呪いを解くためにはそれにピタリとあった無効化薬がなければ、解けるものではない」
「……そうか」
そう呟くとジョンはうなずく。
「そういえば……気にしていなかったが、そなたと主はどういう関係なのだ?」
聖獣とはあまり人間には興味がない。故にきにしていなかったのだろうなと思いつつ答える。
「婚約者だ」
「……ほう。そうだったのか」
「ただ、なり立てなので……少しずつ仲良くなれたらと思っているんだ」
「……そなた、見かけによらず、可愛いことを考えておるな」
「そうか?」
「あぁ。体の中の魔力を枯渇させているのにも意味があるのか?」
その言葉にレオンは驚く。
「そんなことも分かるのか」
「聖獣をなめるなよ」
「すまん。私は魔力過多症なのだ」
「そうだったのか。我の場合はしばらく魔力暴走を起こして発散すれば、常日頃は不便はないが、人間は違うようだな」
「あぁ。人間だと、魔力を極力枯渇させなければ同じ人間同士でも怖がられる」
「難儀だなぁ」
「あぁ。故に、枯渇させておかねば、怖がらせてしまう。家に帰る前に、森で少し増えてきた魔力を発動させてもいいだろうか?」
「あぁ。もちろんだ」
ジョンは話の分かる聖獣である。
そんなことを思い出しながら、シャーリーの額に乗せていたタオルを一度取り、桶の水で一度冷やして
絞ってからまた額に乗せる。
するとシャーリーが心地よさそうに微笑んだ。
「……可愛らしいな」
そう呟く自分の口を片手でふさぎながら、レオンは息をつく。
婚約者が出来て浮かれているのか、感情が表によく出てくる。
今までは戦場に身を置くことが多く、こんなにも穏やかな感情を自分が抱くことができるとは思ってもみなかった。
「今度、俺から君のことについて、尋ねてもいいだろうか」
シャーリーがシャーロット王女ではないかと調べて、ほぼ確信してはいたが、本人が話してくれない以上尋ねることもできず、黙っていた。
だが、こうして目にしてみれば、シャーリーをシャーロットとして接したいと言う思いがむくむくと沸きあがってくる。
大事にしたいのだ。
おそらくだが、シャーリーは周囲から大切にされてこなかったのだろう。
王女という立場にあるというのに、側妃の娘で後続の色を持ち得なかったからだろうか。
優しく笑顔の可愛らしい彼女が、これまでどのように生きてきたのか、それを想像するだけで胸が痛くなった。
そして、だからこそ、大事に、大切にしたいという気持ちが強くなる。
「まずは、頼ってもらえるように頑張らなければな……」
「うぅ~……ん……リリーお姉様……ごめんなさい……ごめんなさい。一人にしないで……ごめ……」
悪夢にうなされ始めたのか、そう寝言を繰り返すシャーリーの手を、レオンは優しく握る。
「大丈夫だ。それは、夢だ。大丈夫。傍に居る。一人じゃないぞ」
「……寂しい……」
「傍に居る」
「……本当……?」
寝言で会話をしていることに苦笑を浮かべながら、レオンはシャーリーの頭を優しく撫でた。
「あぁ。ずっと、傍に居る」
「えへへ……」
可愛らしい、たんぽぽの花のような微笑みだった。
こちらまで幸せにしてくれるようで、レオンは自分の胸をぐっと抑えた。
「ん? ……」
よくわからないが、レオンの胸はドキドキと高鳴っていた。
「なんだこれは。病気か? 魔力? いや……違うな」
顔が熱くなってき始めて、これはなんだろうかとレオンは首を傾げる。
「レオン……様……」
どんな夢を見ているのだろうか。
自分のことも夢に出してくれるのか。そうレオンは思い、なんだか更に顔が熱くなる。
「なんだ、これは?」
その日の晩、シャーリーの看病をしながらレオンはもんもんと自分の中に芽生えた感情の意味が理解できずに首をひねり続ける。
それが、初恋、だということにレオンが気づくまで、そう長い時間はかからないことだろう。







