18話
薄暗い研究室とも温室ともいえるような、部屋の中には、様々な魔法植物が植えられている。青白い魔法石の光を当てられて、恍惚と成長するその姿は不気味でもあった。
そんな中で、研究を続けている男は眼鏡をかけ、そして作り上げた小瓶の中の呪いに蓋をすると、大きくため息をつき、眼鏡を取った。
そして机の上に乗せていた飲み物を一気に飲み干すと、椅子に背もたれる。
「はぁぁぁぁぁぁ。くそ。材料が足りない……まだ、追加分が届かないのか……」
その時、階段を降りてくる足音が響き、扉がゆっくりと開かれる。
「やぁ、待たせてしまったね」
「遅いぞ。ルパート」
「グレイ。そんなに怒るなよ」
気軽い言葉で名前を呼ぶけれど、グレイはルパートがローレン王国の第一王子であることを知っている。
けれど、それについてグレイにとってはどうでもいいことだ。
グレイの目的はただ一つ。母の敬愛していたリリー王女を手に入れることだけだ。
その目的のためにグレイはルパートと手を組んだに過ぎない。
「魔法植物届けに来た俺に感謝の言葉もないの?」
「ありがとうございます。ありがたく受け取ります」
「ははは。素直だなぁ……はぁ、君は俺の癒しだよ」
「……呪いを作る道具が癒しなんて、可哀そうな人だな」
軽口をたたくグレイを、冷ややかな瞳でルパートは睨みつけると、弧を描くようなぞっとする笑みを浮かべた。
「自分でもそう思うさ」
背筋が寒くなるのを感じながら、グレイは手渡された材料を机の上へと広げていく。
魔法植物が呪いに適した材料になると、今はまだ知られていない。
知るきっかけとなったのはグレイの母が城からの仕事を失い返ってきた時のことだった。
カバンの中に、その日仕事で使った本や資料が混ざっており、魔法植物に関する王城の本を持って帰ってきてしまったのである。
自分がそれを読んだことをきっかけに魔法植物に精通し、呪いを生成できるようになるとは思ってもみ
なかった。
『お母様、これは?』
『……王城に……返しに行かなければなりませんね……はぁ……なんでこんなことに、あんな紛い物の姫君な
んて、相手にするのではなかった……こほ……こほこほ』
『お母様、大丈夫ですか? 咳が……』
『大丈夫よ。疲れているだけだから……』
『無理されないでください』
『……あぁ。リリー王女殿下……リリー王女殿下様のお傍に居たかったのに……』
子爵家夫人であるグレイの母は、縁あって王城の王女殿下の教育係として勤めていた。そして美しく聡明なリリー王女殿下にグレイの母は心酔していたのだ。
そしてグレイもまた、母に教育を施され、リリー王女殿下に心酔していった。
グレイの母は、ことあるごとに、グレイに教えた。
『リリー皇女殿下はお優しく、使えるに値する方です。貴方もいずれ、使えるのですよ』
『はい。お母様』
『では、この人形を、リリー皇女殿下に見立ててお世話をしてみましょうね』
「はい。お母様」
過去のことを思い出し、グレイは隣の椅子に乗せていた人形に向かって微笑む。
「お母様、もうすぐ夢が叶いますからね」
その言葉に、ルパートは呟く。
「本当は叶っていたはずなのにね。あーあー。君があんなミスさえしなければね」
「……あれは! だって、突然シャーロット王女が出てくるなんて思ってもみなかったんだ」
「まぁ、それはそうか。だがあの時、あの姫は……何故分かったんだろうな」
「……母が昔言っていた。紛い物の姫君は魔法植物が好きなんだと。だから、没収した本を間違えて家に持って帰って来てしまったんだって。もしかしたら、今でも魔法植物に詳しくて、何か異変を感じたのかもしれないな」
その言葉に、ルパートは苦笑を浮かべる。
「因果なものだな……その本を読んで、君が魔法植物を知り、それを悪用するだなんて誰が想像しただろうか」
「はっ。魔法植物の先駆者と言ってほしいな。食べ物にもならず、役にも立たない謎の魔力を有した植物。それが呪いに適しているなんて誰も想像しなかっただろうよ! 俺は天才なんだ」
「そうだな。君は天才だ。こちらに呪いをかけるのも任させてくれたらもっと良かったんだがな。上手くいっていたなら、フォーサイス王国側の責任にしてリリー王女に呪いをかけられたのに。俺は呪われていてもかまわない、リリー王女を妻に迎えるとフォーサイス王国側に恩を売り、自国にリリー王女を連れて帰り、側妃にできた。正妃にしない理由付けにもうってつけだったのにな……まぁ、側妃にした後には、お前に内々に引き渡す予定ではあったがな」
「リリー王女を呪うのは絶対に自分の手でしたかったのだ」
「あぁ。ただ、もう今回のようには準備は出来ない。仕方がないから、国にリリー王女を連れて帰ってから、好きにするといい。本当は正妃として迎えたくなかったし、フォーサイス王国に恩を売りたかったが、まぁ仕方がないか。あ、あと、こちらにも追加分で呪いを用意してくれ」
「……おいおい。何に使うんだ?」
「ふふふ。そりゃあ、聖域の侵略さ」
「怖い怖い」
二人は笑い合う。
「聖域を手に入れようかと考えている。協力してくれるだろう?」
「リリー王女をくれるなら」
「もちろん。君に王女は捧げよう」
その思惑は恐ろしいと言うのに、まるで子供の遊びのような雰囲気がその場には流れていた。
二人が出会ったのは数年前。それからはまるで悪友のようにつながっている。
だが、そのことを知る者は、誰一人としていない。







