出発
それからうちは家から弓矢を持ってきて、お姉さんに稽古をつけてもらった。基本的に生き残るための動きは徹底的に叩き込まれた。
「遅い。それをドラゴンに乗った状態でもできるようにしておけよ。」
「うぇ〜。」
「あと、姿勢。それでは素早く反応できない。」
お姉さんは本当に強かった。何度も何度も木剣で打たれ、身体中にその痕がたくさん赤く残り、じんじんと痛みが走っていた。
「お前40回は死んでるぞ。」
「仕方ないじゃん。初めてなんだから。」
「その状態で突っ込もうとするバカがいたとはな。いや、元からか?それに、金龍の乗り手なら10回でできてるはずだ。」
「そんなの人それぞれじゃん。」
「死ぬ可能性があるものに人それぞれだなんて言ってられるか。騎士団でそんなことを言ってみろ、甘えと能無しのレッテルを貼られるだけだ。」
「じゃあ、金龍の乗り手の人たちはどんな人たちなの?」
「戦いの中で独自の戦法をどんどん編み出す、いい意味でも悪い意味でも型にハマらない。彼らと相手をすると、同じ人でも別人のような動きをしてくる。」
独自の戦法……うちにもなにかできることはあるのかな。
「ねぇ。」
「静かにしろ。」
そう言うと空に目線を向けた。うちも見ると、厭世部隊が空を飛び回っていた。ギリギリ木の葉で隠れていたため、見つかる心配は無かった。
しばらく経っても奴らがいなくなる気配は無い。むしろ増えてる?
「はぁ、時間切れだな。」
そう小声で言うと、歩き出した。
「え、ちょっと?」
「音でバレる。まぁ、せいぜい死なないように頑張れよ。」
「ま、待ってよ。」
「協力しないって言っただろ。死にたいのなら勝手に死んでろ。」
再び歩き出すと、グレイヴが前に立ち塞がった。
「なんのつもりだ。」
グレイヴが唸り声を出す。
「そんな声を出しても俺には伝わらないぞ。」
グレイヴが何度も引き留めようとしてくれたが、お姉さんが突然黒い煙とともに消えてしまった。
「え、どこに?」
はぁ、俺の魔法能力だ。レガーレを使えばあいつも姿を消すことが出来る。
「そう。えっと、ありがとうグレイヴ。一人で頑張ってみるよ。」
いいのか?
「うん。うちの都合で振り回すのはなんか悪いし。でしょ?グランツ、行こう。」
グランツに乗ると、グレイヴに会釈して飛び立った。
本当にいいの?探しに行こうよ。
いい。何度やってもきっと避けられる。無理強いはしたくないし。
それからうちは家で荷物を整えた。家族にどう説明しようか……普通に説明しても多分止められるだろうし。手紙を残して出ていくのでもいいけど、多分馬に乗って世界中探し回る気がする。特にパパはそれくらい行動力あるし。
馬小屋に行き、余っている鞍をグランツに着けてみようとするがサイズが合わなかった。大型馬用の鞍も試してみたが、やはりグランツには小さいようだ。
「アデラ?何をしているんだ?」
「うぇ、あ!?パパ!」
グランツ、ちょ、隠れてて。
「いや〜?別に。」
「なんで大型用のを?マンデルは平均型だったはずだが。」
「いいじゃん。見るくらい。」
「はぁ。そんなとこにいないで、さっさと母さんの手伝いをしに行きなさい。」
「……わ、分かってる。でも、その……話があるんだけど。」
「なんだ。俺だって暇じゃないんだぞ。」
「旅がしたいんだけど……いいかな。」
「何度言ったら分かるんだ。エイダンが連れ去られたばっかりだろう。」
「うちが助ける!」
「エイダンはもう助からない。ここにいれば安全だ。それに、俺たちはお前まで失いたくないんだよ。」
「ここが安全?ワイバーンに壊滅されそうになったのに!?うちが殺さなかったらここ全部燃やされてたわ!?うちは、みんなができないようなことができた。ならお兄ちゃんだって助けられる!うちは絶対に諦めないから!」
うちは反対側の出口に向かおうとしたが、パパが腕を掴んで止めた。
「待ちなさい!仮にお前が凄い才能の持ち主であっても、危険なことには変わらない!奴らはワイバーンとは訳が違うんだぞ!それに、奴らに連れ去られた時点で死んだも同然なんだ!」
「危険が100パーセントなら、俺がいれば30パーセントだな。」
聞き覚えのある声。いつの間にかお姉さんがパパの真後ろにふらっと現れた。
「な、なんだお前は?」
「……元、ドラゴン騎士団、ドラゴンライダーだ。」
「お姉さん!」
「ドラゴン騎士団……な、なんで……もう滅んだものだと……。」
「パパ、知ってるの?」
「知ってるも何も、パパの父母世代だ。それにしてもなぜ、娘に協力を?どうやって?」
「頼まれただけだ。それに、こいつはドラゴンに選ばれた。」
「なんだって?」
そう言いながらうちを見た。
「あ、あはは。」
「一人で行こうとするものだから、危なっかしくてしょうがない。仕方ないから俺も行く。」
「パパ、いい?」
「だ、だが……はぁ。ドラゴン騎士団のお方がいてくださるのなら、安心か?……アデラ、失礼のないように。」
「も、もちろん。」
「こんな娘ですが、よろしくお願いします。そして、兄を、エイダンをよろしくお願いします。」
「やれやれ。」
お姉さんが外に出ていった。うちも後を追う。
「いつでも帰ってきていいんだぞ。」
「わかってる!」
村の外に出ると、お姉さんが太いロープを渡してきた。
「これで自分とドラゴンを縛れ。何も無いよりかはマシだ。」
「わかった。ねぇ、どうして急に?」
「……お前が未熟だからだ。さて、ここから西、ディラン渓谷を渡ってすぐ近くにディラン街がある。そこには丈夫で質のいい革が売ってる。今からそこに向かう。」
「何をしに行くの?」
「鞍だ。」
「りょ、了解。」
うちはグランツに乗ると、言われた通りに縛る。お姉さんもグレイヴに乗った。グレイヴが身につけている鞍は少し特殊だった。革でできた鞍の上に金属でできた椅子のようなものが乗せられているのだ。多分、跨るためだろう。
「あ、自己紹介してなかった。うち、アデラ。あなたの名前は?」
「……ステラだ。」
やっぱり城の中で見た書類に書かれていた名前と同じだ。グレイヴという名前も。じゃあお姉さんは、司令官。
グレイヴが翼を広げた。うちも村を見回して空へ飛び立った。あっという間に地上が小さくなった。太陽はまるで近くにいるうちらを退けるかのようにギラギラと照らしていた。
アデラ、大丈夫?
え、えぇ。グレイヴって大きいなぁって。だって、あなたが限界まで翼を広げても片翼分の大きさなんだもの。
本当に?
何が?
本当にそれだけなのかなって。無理しないでね。
……要らない心配なんかしなくていいから。
やっと旅に出るという願いが叶った。でもなんだか、堪らなく恐ろしく思えた。ただでさえ、グランツに乗るのもまだ慣れてないのに。
前方を飛ぶグレイヴが翼を閉じて一気に急降下した。グランツもそれを真似る。渓谷だ。谷底スレスレでグレイヴが翼を広げて前進する。
いて!
ちょっとあんた大丈夫?
う、うん。広げるの遅れてちょっと地面に足がぶつかっただけ。
はぁ。気をつけなさいよ。
しばらく飛び続けても、渓谷はずっと続いていた。グランツの飛行速度から計算して、多分300kmとか、そのくらいはある。そしてやっとグレイヴが上昇した。少し旋回して地上に降り立つ。と同時にお姉さんもグレイヴから降りた。あんな高いところから飛び降りるなんて、よく足を挫かないわね。
「なぜ着いてくる。」
「え?ダメなの?」
「あまり目立つことはしたくない。」
「目立たないようにするから。」
「ったく。」
お姉さんはフードを深々と被ると、街に入る。街の中はたくさんの人々が行き交っていた。お姉さんは真っ直ぐ革屋に入っていった。
「フェトラの革を1番大きいサイズで。」
フェトラってワイアーム種の?見ると、フェトラの革が1番値段が高かった。
「なんだって?無理だよ。やっと手に入った代物なんだ。あんたみたいな貧乏臭い奴にゃ売りたくないね。帰った帰った。」
「銀貨20枚だろ。俺が買う。」
「諦めの悪い奴だな。ん?へぇ、小娘連れてんのか。そいつを売ろうって魂胆か?いいね、それなら売ってやってもいいぜ?」
「……はぁ、これだから面倒なんだ。」
そうお姉さんは小さく呟いた。すると、袋からコイン1枚を机の上に強く置いた。
「これで足りるな。」
「……え、は?き、金貨!?」
「つりは要らん。」
そう言うと、フェトラの革を持って店を出て行った。
「ねぇ、あれで良かったの?」
「本当はあまり金貨は出したくなかったんだ。」
すると、目の前に5、6人くらいの柄の悪い男が立ち塞がった。
「聞いたぜ。金貨持ってるんだってな?」
「こういうことになるから。」
「痛い目に逢いたくなきゃ、持ち金全部置いていきな。」
「戦うの?」
「いいや。」
そう言うと、今度は別の袋に手を入れると、中身を思いっきり投げ捨てた。
「金だ!こいつは全部俺のもんだ!」
「行くぞ。」
「え、ちょっと!」
そう言うと、お姉さんはうちの手を引っ張って走り出した。なんだか、胸がドキドキする。そして街を出た。
「あれって。」
「全部銀貨だ。今の時代、銅貨でさえ貴重だ。あいつらにとっちゃ銀貨でも充分だろう。」
「大丈夫なの?その、お金。」
「あぁ。自分にお金を使うことなんかほとんど無いからな。まだ100年前に稼いだお金は残ってる。」
「ふーん。ところで革屋の店員、なんで売ってくれなかったの?」
「貨幣の偽造があるからな。銀貨20枚でも、渡されたものは錫貨だったってことが有り得るんだ。」
「あの金貨は?」
「本物だ。金貨だけは偽造出来ない。金貨に彫られている模様は決まった職人しか彫れないんだ。」
「もう金貨なんて造られてないのかと思った。」
「……王国が滅んだからな。城は職人の本拠地だった。あと、人手不足だな。」
ドラゴンの元に戻ると、お姉さんはグレイヴから少し大きめの鞄を引っ張り出し、中を漁った。そして箱を取り出すと、革を真っ直ぐに伸ばしてグランツの大きさを手で測りながら何か書き込み始めた。
「鞍、造れるの?」
「騎士団の中では義務教育だ。自分の鞍が破損したり、新しくするために一々頼んでたんじゃ、シャ……鍛治職人の身が持たない。」
お姉さんは淡々と作業をしていたが、かなり大変そうだった。それもそうだろう。フェトラは最も硬いワイアームだ。別名、鎧蛇とも呼ばれている。『鎧蛇の鱗は盾に、皮は防具に』という言葉がある程なのだ。
完成する頃には、お姉さんは汗だくになっていた。
「はぁ、こいつは慣れないな。出来た。着けてみろ。」
着け方の指示を受けながら、グランツに着けてみる。
「ちょっと動かないで!」
あはは!くすぐったくて。
そしてやっと着けると、ピッタリだった。
「凄い。ステラ姉、ありがとう!」
見ると、ステラ姉は水筒で水をがぶ飲みしていた。
「……おい、ステラ姉って……。」
「あ、えっと……えへへ。」
「はぁ。」
「それで、これからどうするの?」
「……はぁ?」
「え?何?」
「言い出しっぺが何も考えてないのか!?」
「えっと……ごめんなさい。」
「ちょっと待ってろ。少し考える……いや、とりあえずドラゴンに乗りこなす特訓をする。武器は……すまないが弓矢の特訓方法はあまり知らない。これに関しては自分が得意とする方法でやってくれ。」
「了解。」
「とりあえず、鞍の乗り心地に慣れておけ。あと、飛行中は急激な方向転換だってする時もある。俺に着いてこい。」




