故郷
朝になり朝食をとった。寝る前にあんな話しを聞いてしまったせいで、うちとステラ姉の間に気まずい空気が流れていた。
「2人とも、どうかしたか?」
「別に。」
「な、なんでもない。」
「喧嘩でもしたか?」
「いや、考え事をしていたからあまり眠れなかっただけだ。」
「アデラ殿もか?」
「え、えぇ!そうなの。テルスの居そうなところはどこかな〜とか。」
「ふーん。」
レトーラは疑うような目でうちらを見た。
結局、出発するまでステラ姉とは一言も会話しなかった。
「いつでも帰って来いよ!」
「あぁ。助かる。」
「ありがとう、レトーラ。」
そして、出発してから数時間が経った。どこかに行くわけでもなく、テキトーに空を飛んでいる。
「ステラ姉。」
「なんだ。」
「えっと、あんまり掘り起こしたくないけど、もしかしてテルスのことも既に知ってたの?」
「あぁ。あいつは幹部のリーダーだ。100年間捕まってたのに、会話をすることも姿を見ることもほとんど無かったな。10回も満たないんじゃないか?」
いつもと変わらない調子で話すものだから、少し驚いた。
「へ、へぇ〜。おかしな奴なのね。」
「あぁ。だが、強い憎しみを感じた。」
「ステラ姉を憎んでるってこと?」
「いや、私に対するものではなかった。」
「ふーん。ねぇ、港町に行ってみたいんだけど……いいかな。」
「行くところもないしな。そこに何かあるのか?」
「うぅん。行ってみたいだけ。」
「そうか。」
そして、南西に向かって方向転換をし、しばらく飛び続けた。すると、ステラ姉が陸の方を見ていた。目線の先には村があった。
「あの村に何かあるの?」
「ケナル村と言ってな。あそこは私の故郷だ。」
「へ〜。寄ってみようよ。」
「そんな大した村じゃないぞ。」
「いいの。うちが気になるし。」
「やれやれ。」
ケナル村外れの森に向かって急降下をし、旋回をしながら降り立った。
「懐かしいな。さすがに100年も経つと、森が違って見える。」
しばらく歩くと、少し開けたところに出た。
「植物が増えて大分狭くはなってるが、あまり変わらないな。」
「ここは?」
「昔使っていた特訓場所だ。近くに私の家があったはずだ。さすがに残ってないと思うが。」
少し歩くと、森を出た。そしてすぐそこに、ツタが絡まりボロボロになった大きな家があった。遠くの方にケナル村が見えた。
「まだ残ってるとはな。まぁ、村からじゃ見えないから仕方ないか。」
ステラ姉は扉を押すが開かず、今度は何度かタックルをして開けた。
「凄いホコリだな。」
「広い……大家族だったの?」
「いや、お父さんとお母さんと私だけだ。実質二人だけだったがな。」
中は暗く、どの家具もホコリを被っていた。少しの衝撃でホコリが舞い、砂が天井からサラサラと落ちてきた。
「……はぁ、できるなら、もう一度お父さんに会いたい。もうほとんど顔も声も覚えてないが。」
「お母さんは?」
「3歳になって病死したから、記憶に無いな。」
「そうなの……あ、ねぇ、村に行って他のライダーを見てないか聞いてみない?」
「……そうだな。」
村に着くと、村長に挨拶をした。跡を継いだ後なのか、青年が村長を務めていた。
「突然の訪問、申し訳ない。」
「いえいえ旅人さん、ごゆっくりどうぞ。」
「聞きたいことがあるのだが、今大丈夫か?」
「えぇ。なんでしょう?」
「最近、ドラゴンを見てないか?」
「ドラゴン?何を仰られて?」
「ドラゴンを知らないの!?」
「えぇ。聞いたこともありません。あ、でも、村民のペルーさんが大きな生き物が空を飛んでいるのを見たと聞いた気がします。」
「なるほど……ありがとう。」
村長に会釈すると、ペルーという人を探した。
「ドラゴンを知らないなんて。」
「100年も経てば世代は変わるしな。」
「でも、空想小説とかならドラゴンはしょっちゅう出てくるわ。うちでも知ってたもの。」
「読まないやつもいるしな〜。」
何人か村民に聞き込みをし、やっとペルーという人物に会えた。
「突然すまない。大きな生き物を見たと聞いたが。」
「あぁ見たさ。ワイバーンみたいな生き物が空を飛んでたんだよ。でも、少し目を離したら、最初から何もいませんでしたって言わんばかりに消えちまった。」
「姿を消せる……?」
「でも、ワイバーンの中には周囲の景色に合わせて鱗の色を変えられる種もいるわ。」
「いや、ワイバーンじゃなかった。前足があったんだ。」
「本当か!?」
「何を言ってるのよあなた。あれは紛れもなくワイバーンだった。わたしだって見たんですもの。」
家の中から奥さんらしき人が出てきた。
「おれは目が良い。確かに小さな前足があった。」
「小さな前足?」
「あぁ、しかもなんか歪んでた。」
「お腹側の模様でしょ。」
ステラ姉は何かを必死に思い出そうとするかのように、目をつぶっていた。
「色……何色だった?」
「うーん、逆光で黒っぽかったが……茶色かな〜。多分、茶色。腹側は、木部みたいに薄い茶色をしていたな……多分。」
ステラ姉は少し考え込むと、言った。
「……時間を取らせてしまってすまない。ありがとう。」
「いいってことよ。」
「最近物騒だから、旅をしているなら気をつけなさいよ。」
「あぁ。ありがとう。」
村から一旦離れ、ドラゴン達と合流するために森の中を歩いていた。その間、ステラ姉はずっと考え事をしていた。
「ねぇ、そのドラゴンらしき生き物が、ドラゴンそのものの可能性はある?うちも色んな竜種を思い出してみたんだけど、どれもその特徴に当てはまらなくて。ハングレイクみたいに、翼の名残りがある種なのかな〜とも思ってたけど、そんなワイバーンはいなかったはずだし……って大丈夫?」
「……やはり、ロースかもしれない。」
「……なんて?」
「だが、ロースは姿を消す能力は持っていなかったはず。いや、さすがに既に魔法能力が発現した可能性もあるか。」
ずっと小声でぶつぶつと独り言を喋っていた。
「……ん?ねぇ?あそこの木、変じゃない?」
あの木から奇妙な空気感を感じた。
「もし仮にロースだとして、サンドラは何をしにここへ?どうやって生き延びた?今まで一体どこに?」
「ねぇってば、ちょっと?聞いてる?」
「サンドラはかなり頭がキレるはず。こんな大っぴらなところで飛ぶか?」
「ねぇ!ステラ姉!」
「……ん?どうかしたか?」
うちはすぐそこの大樹に指を指した。ステラ姉も大樹を見ると、すぐ異変に気づいた。
「あれ、ミミールだよ。」
不気味に木の幹が小さく割れると、そこから瞳が覗いた。吸い込まれそうな緑色の結膜に、縦に切れるオレンジ色の瞳孔がこちらを見ていた。樹皮の凹凸を作り出していた棘や鱗が逆立ち、木の葉を作り出していた幾つものヒレがぶわっと広がると、唸り声を漏らしながらうちらの様子を見ていた。
ミミールはリントヴルム種で、地域によって全く異なる姿形をしており、周囲の環境に合わせて擬態する。
外敵が近づいても、基本大人しくじっとしているミミールが唸り声をあげるのは理由があるはずだ。目を凝らして周囲をよく観察する。すると、枝に無数の茶色い木の実が付いていた。そういうことか。
「ステラ姉、あれ全部卵だよ。」
「なんだって?」
「お兄ちゃんが言ってた、卵を守るミミールは危険だって。」
「何をしてくるんだ?」
「酸を飛ばしてくる。」
そう言った矢先、ミミールが口を大きく開けて長い牙を見せると、そこからオレンジ色の液体を飛ばしてきた。間一髪で避けると、酸がかかった植物がジュージューと音を立てながら溶けだした。うちらは走って逃げ出した。ミミールが少し追いかけてきたが、すぐに卵の元へ帰って行くと、また木に擬態し始めた。
しばらく歩き、やっとドラゴン達の元へ戻ってくることが出来た。がむしゃらに逃げたせいで、道が分からなくなっていたのだ。
「やれやれ、生物を修学しておくべきだったな。アデラに助けられたよ。ありがとうな。」
「修学?学校みたいね。」
「村ぐらしなのに学校は知ってるのな。」
「本で読んだ。」
「ドラゴン騎士団は見習い生の内はほとんど学校みたいなもんだな。」
「へ〜。今度ドラゴン騎士団の暮らしを教えてよ。」
「その前に魔法を教えるのが先だ。さてと、港町に行くぞ。ここからなら近い。」
「ステラ姉、ありがとう。色々と。」
「何を今更改まって。」
ドラゴンに乗りながら言う。うちもグランツに乗り、更に南西へと向かった。




