破綻
「その王冠……お前。」
あの王冠はついさっきまでうちらと話をしていた王が被っていたものだ。
「よくもまぁ俺たちを見下してくれたもんだ。」
弟が忌々しそうにそう言い、目で合図すると更に仲間が乗っかってきて、無理矢理平伏された。
重い……潰れる!
「あぁ、約束の品がまだだったな。」
「……え。」
速すぎて、何が起こったのか分からなかった。とても小さな刃が飛んできたと思ったら、ステラ姉の両手の小指を切り落としたのだ。
「ステラ姉!」
「……うっ……くそっ。」
「ふーん、女だったのか。この嘘つきめ。」
「長!落ち着いてください!やりすぎです!」
王に仕えていた1人が言うと、弟の部下が彼を取り囲んだ。
「今の王は誰だ?」
彼が少し考え込むと、震える声で静かに言った。
「……我らの信じる王は、あなたが殺しました。」
弟が彼を睨みつける。
「お前は優秀だと思ったのにな、残念だ。殺せ。」
冷酷にそう言い放つが、彼はその運命を受け入れるかのように、抵抗しなかった。変なやつ。最期までその忠誠心を貫くのはすごいと思うけど、嘘をついてでも生きながらえるべきなんじゃない?そうすれば、このクソでとんとんちきな弟をどうにか出来るかもしれないじゃない。それに、王はそれを望んでいるの?
うちは乗っかっている奴らに気取られないよう、人差し指を弟に指した。そして、頭の中で唱えた。
『ヴォヴァハ』
人差し指から、まるで宝石のように小さな水の弾が、鋭く弟に向かって飛び出した。それが見事弟の片目に直撃すると、あいつはその見た目とは裏腹に、甲高い悲鳴を上げた。
「無礼者!!だれだ!」
騒ぎになったのもつかの間、すぐ辺りがしんと静まり返る。他の者が、誰が王を殺そうとしたのかと、忙しなく辺りを見回していた。バレてない……チャンスかもしれない。
「ちっ。こいつは後で始末する。こいつ以外の、兄を慕ったヤツらは皆殺しだ。」
かろうじて弟の目は失明していなかったが、目は少し歪み、その周りの岩のような肌はひび割れていた。水と言えど、小さく圧縮された水弾は、矢と同じくらい鋭いのだ。
「まず始末するのはこいつだ。」
そう言い、ステラ姉に顔を向ける。ステラ姉は、手を痙攣させて、じっと耐えていた。顔が蒼白になっている。なにか考えなきゃ……でも何を?こんな状況でどうしろと?
「騎龍晶はアクセサリーにしてもいいな。どうせこいつが死ねばどこかにいるドラゴンも勝手に死ぬ。そいつの骨や鱗を纏うのも面白いかもしれん。」
「そんなの酷い!ステラ姉は何もしてないでしょ!?」
大袈裟に、自然に叫んだ。考え事をして何も反応をしないのは、かえって怪しまれるかもしれないと思ったからだ。
「荒れくれ者を連れてきたという責任がある。それに、部下の過ちは上司の責任だ。」
「なら充分罰は受けたでしょ!?指を差し出すっていう約束でしょ!?」
「その約束相手は死んだ。」
そう言って掲げたのは、王の首だった。思わず顔を背けた。吐き気がするのをグッと抑え込む。
「お前は見逃してやろうと思ったが、気が変わった。城から突き落としてやる。やれ。」
うちを抑えていた弟の一派が紐でうちを縛ろうとした。その時、うちは指が折れるばかりに、力いっぱい地面に指を突き刺した。ズキズキと関節部分が痛むのを我慢して、さっきと同じように唱える。『ヴォヴァハ!』
水の力が手に流れていくのを感じる。さっきよりも一層力を込めて唱えたおかげか、急速に地面に水の力が込められていく。そしてうちの周りだけ軽く地響きが起こったと思うと、大爆発が起こった。
「なんだ!?」
一気に大騒ぎとなり、高台から弟の部下がうちにクロスボウで狙いを定めた。これはうちが決めた旅。少しでも役に立つのよ!
落とした小さめの荷物と弓を拾い上げ、放たれたクロスボウの矢に向かって、とっさにうちも矢を同時に何本か放つと、全てのクロスボウの矢と弓矢がお互いに勢いよく衝突し、その衝撃でどちらも粉々になった。ほとんど無意識だったが、矢を放つまでの一瞬で、何発打ち込まれるのか、どの角度から飛んでくるのか、そしてその通りに矢を放つ準備が出来るのは、自分でも驚きだった。
しかし、どんなに才に恵まれていても、多勢に無勢だった。足に強い衝撃と痛みが走ったかと思えば、思わず倒れ込んでいた。背の低く身軽なデイサル人の強みだ。ふと高台を見ると、さっきまで打っていたクロスボウのさらに何倍ものデカさのクロスボウが、ステラ姉に標準を合わせていた。10人以上のデイサル人が動かしている。うちらみたいな人でさえ、5人は必要になりそうな程の大きさだった。
「ステラ姉!!」
うちの声にハッとして、こちらを見た。軽く辺りを把握し、背中から翼が一気に飛び出した。その衝撃であいつらは吹っ飛ばされ、しがみついていた奴は尻尾を巻き付けて投げ飛ばした。震える手を軽く振るうと、バンッ!と落雷が全てのクロスボウを粉砕した。そして、うちに向かって突進してきたかと思うと、軽々と拾い上げて、そのまま空へと飛び立った。
「クソ、手に力が……。」
「ステラ姉!ドラゴンを呼ぼうよ!」
「ダメだ……撃ち落とされる!」
「ドラゴンの硬い鱗なら!」
「奴らの扱う巨大なクロスボウはドラゴンの鱗を貫通する!それで昔何頭も殺された!」
「え……。」
すると、巨大な矢がスレスレで飛んできた。おそらくあの巨大なクロスボウだ。一瞬だけ見えた……矢尻が普通の矢と違う。鉄じゃない。ダイヤモンドよりも硬い物質……ウルツァイト。
うちは弓矢を扱う技術だけでなく、それを作る技術にも長けていた。色んな矢を試してみたい気持ちもあり、よく鉱石や金属等の本を読んだのだ。
後ろを向くと、あいつらは巨大なクロスボウに矢をセットし、それを放った。
「ステラ姉!」
突然、黒い影が横切ると、飛んできていた矢が無くなっていた。一瞬の出来事で、わけが分からなかった。見ると、グレイヴが矢を咥えていた。そしてそれを噛み折ると、ブレスを出そうと口元と鱗の隙間が輝き始めた。
「グレイヴよせ!」
グレイヴは口を閉じると、ステラ姉とうちを背中に乗せて、その場から離れた。
少し飛ぶと、途中からグランツが合流し、そのままグランツに乗った。
「助けにきてくれてありがとう。」
「鞄に包帯が残ってるはずだ、協力してくれると助かる。」
「当たり前じゃん!」
ステラ姉の鞄から包帯を取り出すと、ぎこちない手つきでなんとか治療した。
「にしても、これでは不便だな。ナイフも持てない。」
「な、なんでそんな呑気なのよ。指を失ったのよ?トカゲの尻尾みたいに再生するの?」
一瞬ライダーなら有り得るのではと思ったが、すぐにステラ姉が否定した。
「再生はしないが、まだ4本ある。グレイヴとおそろだな。」
そう言いながら軽く笑いながら手の平を見せてきた。
「さてと、唯一の道が途切れてしまったな。行けても、アデラとドラゴンしか戦えないんじゃ戦力不足だしな。」
「ステラ姉って最強なのよね?武器ってナイフだけなの?」
「……いや。唯一の武器は奪われた。」
「誰に?」
「厭世部隊のあいつらだ。」
「なら、潜入したらお兄ちゃんと同時に探さないとね。」
「やめておけ。お兄さんを救い出したら、もう終わりだ。」
「え、でも仲間を探すんじゃ?」
「こんな広大な大地でどうやって探せと?生きているかも分からないのに。それに、言っただろ。お兄さんを助け出すだけだと。それ以上のことはしないと。」
「でも……!」
「お兄さんを助ける以外に、何を求めてるんだ?」
「……うち、ステラ姉ともっと一緒にいたい。どれくらいかかるか分からないけど、あのダレスとかいう奴をぶっ潰したい。それで、王国を一から復興するの。」
ステラ姉は眼帯に軽くつついた。
「あのクズと対峙なんかしたら、確実に私は君に牙を剥くだろうな。それか、廃人になって死ぬか。」
「なんの事?」
「私の体は既に黒魔術の巣窟だ。ライダーとドラゴンは一心同体。ライダーが狂えば、ドラゴンも狂う。言っただろ、城で心が死ぬ可能性があると。」
「治せ……ないの?」
「無理だな。単純に暴走するか廃人になるならいいが、1番最悪なのが、奴らに従うようになることだ。そんな状態で私の愛武器が手元にあったら……君は1分ももたないだろうな。」
思わず固唾を飲み込んだ。元司令官であっただけでなく王子の先生でもあり、ダレスを除けば最強のライダー。今でも、巧みにドラゴンに乗りこなし、ナイフを扱うのに……。
「……ねぇ、一旦レイビン王国に戻らない?近いし、あの人たちなら傷をなんとかしてくれるかも。」
「そうだな。作戦も立てたいし。」
うちらはドラゴンに乗ると、レイビン王国に向かって飛び始めた。
「ねぇ、指大丈夫なの?」
「治療したから平気だ。ありがとう。」
うちは少し考えて、改めて言った。
「お礼を言うのは、こっちの方よ。お兄ちゃんのために色々してくれて……ろくに作戦も立てずに、ずっと……頼ってばかりで。ごめんなさい。」
「……世のために希望の星となれ。」
「え?」
「ドラゴン騎士団団歌の一節だ。私は王国を、王都を守る騎士団の1人だ。この地にある全ての街や村は王都の1部。私は、当たり前のことをしているだけだ。」
「それでも、うちはライダーになった。一般人ならできないことも、難しいことも、ライダーならできる。だから自分でやらなきゃ。」
「なったばかりだろう。アデラは十分凄いやつだよ。」
「……ありがとう。」
うちは改めて空から見る世界をまじまじとながめた。青色の空と、沈まりかけている太陽の黄色が入り交じる淡い緑色がとても幻想的だった。余裕がなくて、あまり見てなかったけど、世界ってこんなに広くて、綺麗なんだ。
ふと見ると、グランツがうちの方を見ていた。
よそ見してると危ないわよ?
大丈夫?
別に……うち、どうしたらいいのかな。今この時でも、何も思いつかないの。お兄ちゃんを助け出す方法を。
聞いてみたら?
え?誰に?
ステラに。どんな方法で助けるのか。
……。
「ステラ姉。」
「ん?」
「その、潜入した後、どうやってお兄ちゃんを助けるの?」
「かなりリスクがあるが変装か、もしくは一時的にグレイヴの魔法能力を君たちに渡すか、だな。」
「そんなことできるの!?」
「あぁ。本物とかなり劣るがな。」
「へぇ〜。」
「作戦が思いつかなくて悩んでるだろ。」
「え、えぇ。」
「気にするな。負い目に感じるなら、後で借りは返してもらう。」
「……うん。」
気づいたら目頭が熱くなっていた。




