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oddmagia  作者: 湖流るこ
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第四話

※ゆるめに短くですが、身体の一部を欠損する描写があります。

「ねえ、その瞳。アドアにちょうだいよ!」


 自らをアドアと名乗った子供は無邪気な声で笑っている。

 剣で弾き返されても、その衝撃をいなすようにアドアがさらに後方へ飛んでも、揺れるフードの中身はただの暗闇だった。目深に被っているだけではない。

 おそらく、魔術で顔を隠しているのだろう。手元すら長めの袖と手袋に覆われている。


(肌を隠しているのか?)


 地面に降り立ったアドアへ剣を構え直し、ロノスは相手を見据えた。

 その隣にアーテが駆けつける。先を睨みつける彼の顔は、あきらかに冷静さを失った目をしていた。

 一瞬にして色の偽装が解かれた水と金の鈍い眼光が、夕焼けの中を走っていく。

 ふたつの色とすれ違うように、ふたつの影がアーテを横切った。思わず振り返ろうとするが、眼前の子供はそれを許さない。


「やだなぁ。無視しないでよ、青髪のお兄さん」


 黒い爪を走らせて、アーテを絡め取ろうとする。捕まってしまえば、アドアが手を捻っただけで捩じ切られてしまうだろう。

 背後でアドアによって仕掛けられた何かとロノスが戦っていることが音で察せられる。振り向く余裕など与えないと、爪が次々に襲い掛かる。

 ならば、これを早く排除しなければ。理由は不明だが、どうせ相手には自分が 魔術師(オッドアイ)であると知られているのだ。出し惜しみする理由もない。

 道端にあるいくつかの水溜り、数日前に道を濡らしたであろう雨の痕跡。そこから、空に戻っていくように水滴が宙を舞う。刹那の合間に天へと消え、鋭い刃となって再び降り注ぐ。

 切り刻まれるか、避ける為に少しでも気を遣ってくれればいい。そのまま剣で両断してやる。そんなアーテの目論見は、アドアの軽やかな足取りに躱されてしまった。まるで、踊っているかのようだ。ふたりの距離は空くこともなく、むしろ詰められていた。

 右、左。また右。踊る黒い爪が、青色の髪を裂いて頬を掠める。


「もしかして、まともに魔術も使えないの? もったいないね」

「くそ、うるせえ!」


 笑う口元を薙ぎ払おうと剣を振るうが、それすらも敵わない。再び雨の刃を降らせても同じことだろう。

 アドアは自らも 魔術師(オッドアイ)と宣言しているが、おそらく、あの爪は魔術による武器ではないと判断できる。まるで魔力を感じないからだ。はじめに見た、影へと飲まれるように消えた動き。そしてロノスの元へと走ったふたつの影。あちらには魔力を感じた。

 しかし、属性はなんだというのだろう。一緒のものなのか、違うものなのか。一緒だったとしても、 魔術師(オッドアイ)ならば、得意とする属性がもうひとつあるはずだ。

 相手の手の内が分からない。分からないが、どう考えても今は有効打を与える術を持ち合わせていない。

 魔術、剣術も付け焼き刃でしかないことはアーテが一番理解していた。アドアの踊りに法則性はない。アーテを見下しながらも、手を変えて攻撃を繰り出している。単調なのは自分の方だと痛感させられる。

 その思考が、動きを鈍らせてしまったのだろう。

 アーテの左手だけが、宙を舞った。



 ◇ ◇



 アドアの影から飛び出したのは、二匹の隻眼の狼——魔獣だった。足元と首元を狙うように、上下に別れ牙を向けると、ロノスへ飛び掛かる。どのように呼び出したのか、そんなことはどうでも良かった。

 ロノスは地面を蹴り上げて、壁へ飛びつく。牙をいなされた二匹が地に足をつけた瞬間に壁から離れ、その足元を掬うように剣を払った。

 片方には背を向けながら、より均衡を崩した一匹を狙って胴体を蹴り飛ばす。振り向く遠心を利用して背に迫っていた魔獣を斬り捨てれば、それは地面に沈んだまま動かなくなった。


(霧散しない。ならば魔獣は実体。影から呼びつける魔術に、影を操る魔術で素顔も隠しているのか)


 蹴り飛ばされた魔獣が体勢を整えるよりも先に、一振りで薙ぎ伏せる。魔獣は既に息絶えた一匹と同じように倒れ伏した。地面に広がる血も、匂いも、まやかしの類には思えなかった。喉の渇きがそれを証明している。

 しかし、喉を潤す暇などない。すぐにでもアーテの元へ行かなければ。

 そうしなければならなかったのに。


「——ッ」


 ロノスは思わず息を呑んだ。ありえない光景がそこにあったからだ。

 アーテの左手が、宙を舞っていた。

 地面に落ちることなく、浮いた左手の切り口から赤い糸が伸びていく。いくつもの糸が、先が失われていた左手首に繋がっていった。

 糸は徐々に短くなり、空けられていた手首と左手の距離が埋まっていく。まるで、斬り落とされた事実など無かったかのように、すべてが元通りだ。流れ出た血の痕跡すら残されていない。

 その光景を異様と捉えたのはロノスだけではなかった。アドアですら、アーテを前に動きが止まっている。

 果たして、あれは回復魔術と呼べるのだろうか。傷を塞ぐという行為を凌駕していた。傷の存在を無かったことにしている。そう表す方が正しいだろう。

 当人であるアーテは苦痛と困惑の入り混じった表情を浮かべて、膝をついていた。

 剣などいつ落としたかも分からずに、右手で左手首を押さえている。彼自身も、自分がなにをしたか分かっていない様子だった。痛みだけが残っているのか、額から吹き出た汗が顔に伝っていく。

 アーテの青髪が、その前を立ち塞いでいたアドアのフードが揺れる。ふたりの合間を裂くように、ロノスの剣が曲線を描いた。霞んで残像として消える銀色に己の赤色を混ぜながら、アドアは後ろへと飛び退いた。フードは外れ、晒された褐色の肌にはひとつの頬傷が出来ていた。


「は、はは! ふ、ふふふ、あはは!」


 癖のある黒い髪を掻き上げて、可笑しそうに笑う。手が離れたことによって、ふわりと黒髪が額に降りる。黒髪をも飲み込みそうなほどの漆黒の双眸が、そこにはあった。右目に至っては瞳孔が見えないほど深い色を宿している。あれが、属性違いの色だというのだろうか。


「いいな、いいなぁ! さすが金色。壊しても壊れてくれないなんて最高だよ!」


 まるで玩具を目の前にはしゃぐ子供の顔だった。黒い瞳もとぐろを巻く暗闇の中で輝いてすら見える。

 アドアが一歩踏み出せば、未だ立ち上がることの出来ないアーテを己の背の後ろへと隠すようにロノスが立ちはだかる。

 瞳をよこせと(のたま)い、金色に執着を見せたアドアだ。なにをしてくるか分かったものではない。アーテをくれてやるつもりなど、ロノスには毛頭なかった。無論、金色を狙うのであれば、自分も対象であろうことも理解していた。

 だからといって、自分を捧げて満足するとは限らない。それに、アーテがそれをどう思うか。



 ロノスにとって、アーテは自分に巻き込まれた幼子だ。

 彼を助ける為とはいえ、彼が故郷に居られなくなる理由をつくらせてしまった原因は自分にある。自分を助ける為に旅までして、こうして危険な目に遭わせている。平和な暮らしをしていたアーテだ。誰かによって(もたら)された害でひとが死ぬところを直視したのは、おそらく行商人の夫婦が初めてだっただろう。


(殺生を避けて戦う余裕はない、か)


 ロノスにはアーテと旅をする上で、心に誓ったことがあった。

 彼を害するものは何であれ許さないこと。彼の前で無闇にひとの命を奪う真似はしないこと。彼が自分を諦めるまで、その旅に付き添うこと。

 


 アドアが腕を振りかざす。袖口から、爪とは別の何かが突出した。針か、と視認したロノスはそれらを剣で薙ぎ払う。

 微かに漂う特徴的な匂いに、アドアが香水をつけていた理由を知る。毒の存在を隠す為のものだったのだろう。

 それでいて、針と爪は同じ匂いを(まと)っていない。その情報を得られただけで、ロノスは満足した。毒の在処さえ見抜いていれば、その動きを捕らえるのは容易なことだった。体格差のあるロノスを捕らえるべく、地面を蹴り上げる反動で屈ませた体勢を伸ばし、瞳を狙う。まったく予想通りだった。

 死者から抜き取った瞳に魔力は残らない。瞳を欲するのであれば、相手を殺さずに瞳を奪う必要がある。

 相手を殺さぬように戦う者と、相手を殺す為に戦う者では制約に差が生じるものだ。その差は力量や経験で埋めることも出来るだろう。

 けれど、アドアはロノスに遅れを取った。その事実が、アドアの身体を斬りつける。遠慮のない一撃をそのまま食らえば、致命傷となり得る。

 戦い慣れた様子の通り、アドアは一度引く姿勢を見せた。ローブが裂け、ひらりと捲れあがる。そこに、先程ロノスによって薙ぎ払われた毒針が突き刺さった。

 ほんの一瞬の誘引が、小柄であること以外分からないほど体型を隠す大きなローブが、アドアの動きを阻害する。僅かに見えた腹を、魔獣にそうしたときと同じように蹴り上げると、アドアの口から血が吐き出された。


「く、そが……!」


 血と共に吐き出された言葉に耳を傾ける必要もない。そのまま剣を振り下ろそうとして、ロノスはアーテを抱えて飛び退いた。

 そこへ、斧が突き刺さる。

 アドアに投げた素振りはない。ならば、と上を見上げると見知らぬ影が見えた。

 同じように白いローブで身を隠している者が居た。違いは、アドアよりも背が高いことだろうか。


「アドア、撤退しよう。それ以上はダメだよ」

「はあ? 何言ってんのさ。金色だよ? 見逃すわけないでしょ」


 己を制止する声に反発するが、突如、アドアの身体が傾く。

 クソが、と悪態とともに舌打ちすると、アドアは地面を蹴り上げてその場から脱し、長身の隣へと降り立つ。

 背の高いローブの人物が何事かをアドアに囁いているようだった。隠すことなく、アドアの顔が顰められる。

 何度目かの舌打ちをこぼすとロノスとアーテを見下ろした。


「またね。今度はそれ——もらうから」


 それだけ言い残すと、ローブのふたりは影に溶け込むように姿を消した。

 毒と香水の匂いごと消えたことを確認すると、ロノスはようやく剣を鞘に納め、アーテへと振り返った。


「——アーテ、左手はどうなった」

「……分からない。でも、ふつうに、うごく」


 斬り落とされた痕跡も消え、傷ひとつない左手を広げて、それから順番に指を握り込む。支障があるようには思えない動きだ。

  魔術師(オッドアイ)となり、初めて自分の瞳が水属性であろうことを知覚した。譲り受けた瞳から得た属性で回復を担っていることも知っている。

 しかし、それ以外は知らないままだ。 魔術師(オッドアイ)でないロノスが己の属性を把握していたのか、定かではない。彼自身、アーテの左手が元通り戻った様子に驚いていた。

 それでも、聞かずにはいられなかった。


「ロノスの属性って、なんだ?」

「……俺も詳しくは知らない」


 ただ、と彼は言葉を続ける。


「他の属性に反発することはない。そう聞いている」


 誰に。そう問う前に、立てるかと逆に問われてしまった。差し出された手を借りて立ち上がる。

 ロノスの空の眼窩を見て、己の魔力が切れていることにアーテは気付く。

 ローブの二人組のこともある。このまま街に居座るわけにはいかないだろう。

 いくらこの街が鉄を打つ音で賑わっているとはいえ、既に夜が迫った今、先程の戦闘の音を聞きつけた者が此処へ訪れても可笑しくはない。

 中心部に戻ることもなく、二人は街を抜け出し、迂回してから森へ向かった。



 ◇ ◇



 アリアの森と違い、夜も霧深ければ魔獣も多い場所だが、いまとなっては街に残るよりもまともといえる場所に思えた。

 幸いなことに、戦闘の際に投げ捨てた荷も損傷は見受けられなかった。長居をするつもりはないが、野営するには十分な蓄えもある。

 焚き火の明かりが、眉尻を下げたアーテの顔を照らす。

 あれから、ロノスはなにも語らない。嘘を言っていた様子もないことから、ほんとうに属性は知らないのだろう。

 しかし、アーテが気がかりにしたのはそこではなかった。

 ——他の属性に反発することはない。

 つまり、本来であれば、属性は互いに反発を起こす可能性があるというわけだ。

 行商人とその妻が苦しんでいた理由を知らずにいたアーテだったが、彼らが金色の瞳の特性を知らずとも、瞳を欲していた理由を今更となって思い知る。

 半魔を救うには誰かの瞳が必要で、しかし手に入れても属性が合わなければ意味がない。殆ど異形となっていたあの姿を思えば、魔獣化を促進する可能性すら脳裏に過ぎる。その危険性を無視できる瞳。

 だから、アドアも欲しがったというのだろうか。

 そうして、あることに気が付いた。


(あれ、それじゃあ——誰かの瞳さえあれば)


 良くない考えだと、瞬時にアーテは頭を振った。

 彼がそれを良しとするはずがない。


(だから話したのか。俺が気付いて、勝手にそうする前に)


 正直、目眩がした。悪寒さえ覚える。彼の為なら、それも厭わないと考えた自分が居たことに。

 以前、望むのならばいつでも村へ帰ってもいいと言われたことをアーテは思い出す。この金色の瞳を持っている以上、その価値を知る者に襲われることがあるだろう。それこそ今回のように。

 だからといって、金色の瞳を隠すことも容易ではない。

 アーテのように、水属性などほかの属性を持っていれば瞳の色をごまかすことはできるが、まったく別の色を灯すことは難しい。魔力の源は瞳にある。魔力の属性が滲み込んで、瞳に色がつくのだ。いくら他の属性の魔術を多少は扱えるとは言え、簡単だと思っていた瞳の色をごまかすという魔術はそれ以上にたいそうなものだったようだ。

 ロノスへかける幻影魔術にも同じことが言えた。残された右目に他の色を被せることは難しい。かといって、空の眼窩に別の色を灯すこともできない。

 どうやら、瞳は嘘をつけないらしい。


「なにを考えているかは知らないが、はやめに休め」


 気付かぬうちに百面相をしていたアーテに、咎めるようにロノスが声を掛けた。

 その言葉の先にはきっと、旅を辞めさせようとする言葉が続くのだろう。

 それだけ察して、アーテはいつものように口を尖らせた。


(絶対に、諦めるもんか。瞳を奪わなくたって、他に方法があるはずだ)



 霧に包まれ出した森で、夜は更けていく。

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