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oddmagia  作者: 湖流るこ
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第二話 後編

※残酷な描写あり。

「彼の……彼の瞳を、妻に譲っていただけませんか」


 行商人の歩みはふらふらとした覚束ない足取りでありながら、明確にこちらへと向って来ていた。瞳は(よど)み、狂気が伺える。尋常ではないその様子に、ロノスは溜息をひとつだけ吐いて、腰に携えていた剣を右手で抜いた。

 それでも、行商人は止まらない。確実に距離が縮まっていく。


「杞憂であって欲しかったんだが。——お前、半魔を匿っているな」

「ははっ。いつから気付いてました?」


 行商人の問いに、ロノスは答えない。答えたところで、彼の目的は変わらないのだろう。ならば、余計な会話はするだけ無駄だと判断したのだ。

 それに、間延びさせた時間で()()()()()()()()アーテが目覚めても都合が悪い。

 彼が眠っている内に済ませてしまいたかった。

 


 行商人を始めに疑ったのは、山小屋に到着した時だ。

 常人ならば気付かないであろう、微かな血の匂いがした。単に、怪我人が休んでいる可能性もあったが、行商人からそのような話は聞いていない。聞かされていないだけで、実際に居るのであれば、別にそれでもよかった。

 しかし、行商人がアーテとロノスを部屋に案内した後、食事を取りに向かい、帰ってきた時。それは確信に変わった。行商人から血の匂いがしたのだ。間違いなく、彼を見つけた際に嗅いだものと同じ匂いだった。

 それは、直前までは無かった服が乱れた隙間から漂っていた。アーテが治療を行い、すべての傷を塞いだにも関わらず、そんな所から血の匂いがする。

 おそらくは、妻とやらに吸血行為をさせていたのだろう。魔獣化の症状には個人差がある。しかし、多くで共通しているのが吸血衝動だ。その辛さは、ロノスも身を以て知っていた。

 けれど、同情をするつもりはなかった。


「アーテに害を成すつもりなら、俺はお前を斬るし、半魔も殺す」


 ぴたりと、行商人の動きが止まる。


「妻が、メネーがなにをしたというんですか! 魔獣に襲われて、片目を失くして、それでも彼女はまだ生きているんですよ!」

「……半魔を人間に戻す方法など存在しない」


 ロノスの言葉に、行商人が笑い出す。


「ふ、ふふふ。なにを言っているんですかぁ。あるじゃないですか、人間に戻す方法」


 唯一、半魔を魔獣化から逃すことが出来る方法。ロノスとアーテが選ばない方法。

 それは、失った瞳を誰かのもので補い魔術師(オッドアイ)となることだ。


「あなたの瞳でもいいんですよ、頂けるのなら!」


 行商人の姿が大きく揺れる。右手でナイフを構え、身体ごと前へと突き出すように踏み込んで、ロノスへ突進する。

 しかし、体勢すら変えずに、いつのまにか走らされた剣の銀色に容易く流されてしまう。それでも行商人は左手で、潜ませていたもうひとつのナイフをロノスへと振りかざす。至近距離だ。当たると、彼は信じていた。

 けれど、次の瞬間に行商人は左腕に激痛を覚えた。左腕は、ロノスの片手によって関節とは逆向きに行商人の身体へと押し付けられていた。ぐき、と鈍い音が響く。

 それに次いで、からんとナイフが地面に落ちる音がふたつした。

 行商人の口が大きく開いたのを見計らい、ロノスがその口を手で塞ぎながら、左腕が垂れた彼の身体を壁へと押し付ける。


「悪いが騒がないでくれ。ひとが死ぬところを、あいつに見せたくない」


 抑揚のない、冷たい声だった。


「あぁ……そうだな、いくつか質問に答えてもらえると助かる」


 行商人の顔が歪む。苦痛と困惑だ。なにを問われると言うのか。彼には見当がつかなかった。身体を押さえつける力は一片たりとも揺るがず、身動きが取れない。口元を塞ぐ手も一切緩められておらず、これで一体どう答えろというのか。

 その不服が筒抜けだったのだろう。首だけで答えろと、すぐ傍で囁かれる。



 ——問い、護衛は魔獣に襲われて死んだのか。行商人は頷いた。

 ——問い、今まで誰かの瞳を奪ったのか。行商人は頷いた。

 ——問い、妻に()()()()が起きたのか。行商人は頷いた。

 ——問い。




「アーテの、魔術師(オッドアイ)の瞳なら拒絶反応が起きないとでも思ったのか」


 行商人が頷き、ロノスの瞳がすうっと細められた。

 半魔を救う方法として、他者の瞳を奪うことは間違いではない。

 間違いではないが、万能でもない。片目となったことで損なわれた魔術回路を修復できなければ無意味だ。魔力の相性が合わなければ、それは成されない。

 それを知っていたのか、思い知らされたのか。魔術師(オッドアイ)のアーテを見た男はさぞ歓喜したことだろう。魔術師(オッドアイ)ほどの瞳ならきっと大丈夫だと。そう思い込んだのだ。

 だから、アーテに興味を持った。小屋に招いて、彼を眠らせて奪おうとした。

 (はな)から自分を狙っていれば。一瞬、そんな考えがロノスの脳裏に過った。残された瞳を失い、自分が完全な魔獣となれば、アーテは諦めてくれたのだろうか。

 もし、そうなったのであれば。

 彼は行商人を許しはしないだろう。おそらく、行商人の命を奪う。

 そして、それでも決して自分を諦めないのだろう。

 彼の頑固さはよく知っていた。馬鹿げた考えだったと、心のなかで自嘲する。


「最後にもうひとつ。お前、瞳を奪った者を妻に喰わせたか?」


 それと同時だっただろうか。廊下の奥から、血の匂いが近づいていることに気が付く。ロノスの視線が自然にそちらへと向いた。

 そこには、背から六枚、鳥に似た翼を生やした女が居た。脚はもはや鳥のそれで、歩行もままならないようだ。顔が見えないほど長い髪を垂らし、指よりも大きく伸びた爪で床を掻きながら這いずっている。


(——これは)


 もう、手遅れだろう。ロノスは直感した。呻く女の身体は血を流しながら軋み、今も尚、肥大化を続けている。

 廊下の窓に差し込んだ月明かりが揺れる翼を照らし、羽が宙を舞う。髪の隙間に、ぎらついた片目が見えた。

 妻の名を呼ぶ行商人の拘束を解くと、彼は一目散に女の元へと駆け寄った。

 手を伸ばして、彼女の頬に触れた。名前を何度も呼びながら、駄目だと、もうすぐなのだと片腕だけで彼女に縋り付く。

 その声が女に届いているのかは分からない。女はただ呻くだけだ。

 行商人が顔を上げる。


「……くださいよ! あなたのものでもいい! 寄越せ!」


 行商人がロノスへと飛び掛かるよりも前に、ロノスが剣を振るうよりも前に。

 蛇が、行商人の身体を貫いた。彼の口から溢れた血が、蛇の頭を濡らしていく。

 ずるりと音を立てて、真っ赤な蛇は元ある場所へと戻っていった。

 蛇は、女の尾骶骨から生えていた。

 蛇を、翼を揺らめかせながら、ひとのものとは思えない声で、女は慟哭(どうこく)する。

 倒れ伏した夫をものともせず、そのまま脚を踏み鳴らしてロノスへと飛んでいく。


「……せめて、俺だけを恨んでくれ」


 そう呟いて、ロノスは剣を握った。



 ◇ ◇



 胸騒ぎで目が覚めた。

 周囲は暗いままで、夜が明けていないことを知る。だというのに隣の寝台はもぬけの殻だ。それどころか、使った形跡すらない。

 最後に姿を見た、彼が座っていた椅子へと目を向けてもそこには誰も居らず、アーテは息を呑んで起き上がる。途端、頭がぐわりと痛みを訴えた。身体がひどく重く、寝起き特有の気怠さが微塵も抜けていかない。


「な、んだよ。これ……ッ」


 声も殆ど掠れていて、音になっていたのかすら怪しい。

 もしくは、廊下から聞こえた雄叫びに掻き消されたのか。

 いまのは行商人の声だろうか。霞みかける意識で、彼がなんと叫んでいたのか考える。なにかを欲していたように感じた。なにをだろうか。誰に要求しているのだろう。そこまで考えて、アーテは目を見開いた。

 あなたのものでもいい。寄越せ。そう言っていた。

 アーテは弾かれるように寝台から飛び降りて、甲高い悲鳴に似た何かにも気付かずに、扉を開け放ち、見知った背中を探す。


「ロノス!」


 目に入ったのは、鳥のような魔獣だった。魔獣はロノスの剣で胸を貫かれており、既に絶命していた。

 魔獣の巨体が力を失ったように傾き、ロノスがそれを受け止めて、ゆっくりと床へと横たわらせる。その隣に動かない行商人を見つけた。彼の胸にはぽっかりと穴が空いており、穴の向こう側に血濡れた床が見える。


「……部屋に戻れ、ア——」


 アーテは何の遠慮もなくロノスの腕を掴むと引き寄せ、彼の顔を覗く。視線が絡み合って、それから床へと座り込んだ。


「……行商人の妻が、半魔から魔獣に堕ちた。それだけだ」


 それだけのものか。アーテがそう口にしようにも、震えがそれを許さない。

 唇を噛んで震えを殺し、瞳を譲るつもりだったのかと、ロノスへ問おうとして、やめた。彼は、そうはしなかったのだ。目の前で倒れている夫婦が、その証だ。

 代わりに、どうしてこんなことになっているのかを訊ねた。返ってきた答えは、ひどく簡素なものだった。


「さあな。たまたま廊下にでたら襲われた」


 きっと、行商人の声が聞こえたと言っても、彼はなにも話さないだろう。

 ロノスはそういう人間だと、アーテは知っていた。自分を子供扱いしているのか、厄介事から遠ざけようとする。知らなくて良いのだと、余計なことを知らせない。

 その優しさが拒絶のように感じることもあった。いつの日か、自分自身が拒絶されてしまわないか、心配で堪らなくなる。


「怪我はしてないんだよな。お前、回復魔術もろくに効かないんだぞ」

「あぁ、していない」


 魔術回路が破綻しているせいか半魔の自己治癒力は低く、回復魔術も常人のようには機能しない。

 頷いて見せたロノスに、ようやくアーテは息をつく。

 それよりも、と座り込んだままのアーテをよそに、ロノスが離れていく。女と行商人の亡骸を担ぎ上げると、小屋の出口へと歩き出した。


「お墓、つくるのか?」


 アーテの言葉に、ロノスが立ち止まった。


「血の匂いが魔獣を呼ぶ可能性がある」


 それだけ言い残し、ロノスは外に出た。

 小屋の傍らに咲いていた花を二輪だけ摘むと、そっと手を離す。冷たい風に攫われて、花は谷底へと消えていった。



 ◇ ◇



 このところ、ろくな朝を迎えていない。それが、朝を迎えたアーテの感想だった。

 ひどく気が重い。食欲もない。顔がそう語ってしまっていたのか、ロノスが朝食を用意することはなかった。

 日が昇るなり、ふたりは小屋を後にして下山を始めた。

 相変わらず、彼はアーテよりも前を歩いている。なにも語らないロノスに、アーテが声を掛けた。


「身体、ほんとうに何ともないんだよな」

「くどいぞ、お前」


 む、とアーテの頬が膨らむ。そんな言い方はないだろうと詰め寄るも、躱されてしまう。半魔の成れ果てを目の当たりにしたのだ。彼の身を案じてなにが悪いというのだろうか。

 そのあとは、やれ自分だけ背負えばいいと思っているだの、子供扱いするななど言いたい放題だ。


 

 アーテの喧しい小言は麓にある街、スフィトリアに着くまで続いた。

 行商人の護衛が無くなってしまった以上、街はただ通り過ぎるだけとなった。

 旅に必要な備蓄は十分にある。滞在する必要もない。

 街を抜ける途中で、ある噂話を耳にした。

 なんでも、街に住んでいた護衛業を営む若者が、何人も行方を眩ましているそうだ。職業柄、道中で命を落とした者もいるのだろうがあまりにも立て続けに起きたらしく、皆、不安そうにしていた。

 ——そういえば、メネーさんも最近は姿を見ていないな。

 ——そうね、なにかあったのかしら。

 彼らの囁きでアーテの足取りが止まる。

 しかし、すぐにまた歩み出した。ロノスを通り過ぎ、彼の前へと出てから、もう一度立ち止まる。

 行商人とその妻が辿った道には行かない。行かせるものかと、アーテは強く決心する。もう何度目かは分からないが、どうにも目の前の男はこの心が伝わっていないように思えた。


「俺、絶対に諦めないからな」


 だから、まっすぐにロノスを見つめたまま、そう言ってやった。アーテの視線はまるで逸らすなと訴えているようで、ロノスは彼から視線を外さぬまま目を伏せると、一度だけ頷いた。


「あぁ、わかってる」

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