表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
oddmagia  作者: 湖流るこ
17/22

第十五話

負傷に関しての記述がございます。苦手な方はご注意ください。

 ごん、と扉が音を立てた。扉を叩いた音にしては、その音はやけに下側から響いている。さらにいえば、僅かに振動によって扉が揺れていた。

 ごん、ごんと音が続くとアーテもようやくその音に気が付いたのだろう。顔を上げると何事だと扉へと目を向けた。


「朝食を持ってきてやったぞ。扉を開けてくれないか」


 聞こえてきたのはクラトの声だった。そういえば部屋に居なかったなと思い出しながら、アーテはロノスを見やる。すぐ扉の近くに居る彼は深く溜息を落とし、それから扉を開けた。そこにはやはりと言うべきか、木製の盆を左右の掌にのせたクラトが居た。盆にはそれぞれ山盛りに朝食が乗せられている。


「手が塞がっているからと扉を蹴るな。行儀が悪い」

「何を言うか。旅人なんてものはな、行儀が悪いものさ」


 そうだろうとアーテに同意を求めようとしたクラトの右手に乗せられていた盆を奪い、ふたりの合間を遮るようにロノスが立ちはだかる。じとりとした目つきは扉を手で閉めろとでも言いたげだ。

 幼い頃から共に育つ中、彼から行儀の悪さを何度指摘されたのかは覚えていなかった。今さら、それも旅人として振る舞っている今にまでそんなものは必要ないだろうにとクラトの口から苦笑が漏れる。大方はアーテが真似をしたらどうすると案じてのことだろう。


「まったく。閉めればいいんだろう。閉めれば」


 致し方なしとわざとらしく肩を竦め、クラトは音が立たぬように扉を閉めた。もしもここで音を立てようものなら、彼から睨まれていたに違いない。

 朝食の内容を伺おうとするアーテの視線を連れて机へ盆を並べると、彼の瞳がみるみる内に輝いていく。海を渡る船の上で扱える食品は限られており、そのほとんどが堅いパンや豆ばかりだ。しかし、クラトが持ってきた朝食の皿にはそれだけでなく卵と鶏肉料理が飾られていた。


「通りで鶏の鳴き声が聞こえるわけだ」

「あ、俺もちょこっとだけ聞こえたかも。気の所為と思ってたけど海にも居るんだなぁ鶏。あいつらは泳げるんだ」


 腑に落ちたという顔をしたロノスの横でアーテは鶏に感心するが、そんな理由(わけ)はないだろうとクラトは靴先で床を突いた。ちらりと横目で保護者の様子を伺ったが、アーテへ説明をする為とあらば行儀が悪いという文句も飛んでこないらしい。


「夢を壊すようで悪いがな、少年。この下で鶏を飼っているんだよ」


 客室層の下は一般的に船員以外は立入禁止だ。その下は船員達の為にある空間であり、彼らの寝室や彼らが管理する貨物室、そして食用の鶏を育てる為の部屋などがある。海の上で生肉の鮮度を維持する為には一苦労では済まない。ならば、連れていけばいいという考えのもとらしい。尤も、卵も肉も一部の船員と一等室を借りた乗客にしか出されない高級食だ。


「だ、だって! 船の中に鶏が居るとは思わないだろ!」


 やけにゆっくりとした口調で諭すように話してみせたクラトが余程気に入らなかったのか、アーテは項垂れるように椅子へ腰掛けると机に両肘と顎を乗せた。尖った口先はこれでもかと言わんばかりに不満げだ。


「甲板に入口でもないのに格子状になっている場所があっただろう? あれは鶏たちへ日差しを届ける為のものだ」

「……そういえば、あった……けどさぁ!」

「ところで少年」


 対面の席に腰掛けながら、クラトは片手で頬杖をつく。それを睨むロノスとは対称的に彼の口元は笑っていた。


「あいつらは、と言うことは……お前、泳げないのか?」


 がばりとアーテが立ち上がり、椅子が後ろへと倒れる。わなわなと口を震わせる様子を見れば図星を突かれたことは一目瞭然だ。あまりに動揺した様子を見せるせいで、泳げもしないのに甲板で不用心な行動を取っていたのかという呆れさえ吹き飛んでしまった。


「鶏にでも習うか?」

「習わねぇよ!!」


 ふんと鼻息を飛ばしながら椅子を起こすアーテの様子が笑壺に入ったのか、クラトがくつくつと喉を鳴らす。そうして、すっかり聞き慣れたアーテで遊ぶなというロノスからの小言を聞き流した。



 ◇ ◇



 それからも船は順調に海路を進み続けた。悪天候に晒されることもなく、海に潜む魔獣も船に近づく様子を見せずにまもなく船旅は終わろうとしている。強いて言うのであれば、航海が始まってから二日目の日、持ち込んだ酒で盛大に酔った乗客が軽く乱闘騒ぎを起こしたことぐらいだろうか。おかげで他に騒ぎを起こす者が居ないか廊下に付きっきりの船員が配備されたが、件の乗客を一室へ閉じ込めるなどといった処置をされなかっただけ船員は寛大と言える。

 甲板からは船乗りたちの掛け声が聞こえてきており、着実にダノーロが近づいていることが伝わってきていた。

 客室内にいくらか広げていた荷も既にまとめ、あとは無事に着港するのを待つばかりとなった頃、クラトがロノスの名を呼んだ。


「周囲に人は居るか?」

「いや、甲板に居る船員以外は貨物室に居る。客も自分たちの部屋から出る様子はない」


 ふたりの様子にアーテが首を傾げた。見てみればいいじゃないかとばかりに扉を開けようとしたアーテの首根を掴み、引き戻したのはクラトだ。丁寧に椅子へ座らされたアーテは案の定、納得のいかない顔をしていた。その鼻先をクラトが指で軽く弾く。


「少年はいまから座学だ」

「はぁ? いまから?」

「そうだ。……大事な話だ」


 そう言ったクラトの視線は扉へ背を預けたロノスへ向けられる。はっとしたようにアーテは背を伸ばし、息を呑む。彼にも関わる話とあれば聞かざるを得なかった。


「ガラッサ公国にはシィト教会所属の魔術師(オッドアイ)が居る。それも、免罪体質者のな」

「……つまり元は誰かの瞳を奪った奴……て、ことだよな」


 顔を曇らせ、揺れる瞳を横へ流したアーテの視線を攫うべく、クラトは彼の前に人差し指を立てた。視線が動いたことを確認してからもう一本指を追加する。


「所属している魔術師(オッドアイ)はふたり。得意とする属性までは知らんが、少なくともお前よりは魔術を扱えるだろう」

「……魔獣討伐の専門みたいなもんなんだろ? そりゃあ付け焼き刃の俺よりも魔術は使えるんだろうさ」

「だが魔力は確実にお前の方が大きい」


 アーテの瞳が瞬く。そんなことがあるのだろうかと。

 目尻を撫でても己の瞳を覗くことは出来ないが、この瞳に宿る属性を使いこなせていないことは知っていた。単調な戦い方しか出来ず、回復の方が得意なのではないかとさえ思ったほどだ。


「回復魔術なら、いくらか出来るけどさ……」

「お前の回復魔術に関してはロノスから聞いた」


 アリアの山で行商人の傷を癒やしたこと、アドアとの戦いで一度は喪った左手を元に戻してみせたこと。その話を聞いたのだろう。


「そもそも魔術師(オッドアイ)に関する情報は少ない。だが、回復魔術は多くの魔力を消費することは事実だ。魔術師(オッドアイ)であろうとそう容易く傷を癒せるものではない」

「でも、魔力切れを起こしかけたぞ。魔術を使う度にすっげぇ疲れるし」

「起こしかけた、だろう。尽きてはいない。疲労は単にお前の配分不足だ」


 つまりは、魔術師(オッドアイ)であろうと回復魔術を行うには膨大の魔力が必要とされるということだ。その上で、傷の程度によって消費される魔力は大きく左右される。魔力が足りなければ当然魔術は行使することが出来ない。なにも起こらないままに終わるだけだ。


「切り離された部位を元に戻すなど、どれだけ魔力が必要だったか」

「それは、ロノスの瞳が特別ってことじゃないのか? だって、回復魔術は左目の属性でやってるぞ」


 思わずアーテはロノスへと視線を投げかけるが、彼はいつからそうしていたのか瞳を伏せたまま首を動かさない。ややあって、そのまま口だけを開いた。


「仮にそうであったとして、それを扱える魔力がアーテには有るということだ」


 そうだろうとクラトへ投げかければ、彼は頷く。いくら所持する属性であろうと消費される魔力の量そのものが大きく減量されることはない。魔術の扱いに慣れてこそ、はじめて魔力消費を抑えることが出来るのだ。

 魔術師(オッドアイ)となってまだ日が浅い内のアーテがすぐに魔力切れを起こすのは魔力を使う度、常に全力に近い放出を行っているに過ぎない。それでも、魔力切れを起こしかけたに留まっている。


「……俺の魔力が大きいんだとして、その魔術師(オッドアイ)と関係があるのか?」

「アーテ、俺と森で会った時のことを覚えているか」


 問い返されるとは思っておらず、しかしこの場で訊かれたのであれば関わり合いのあることなのだろうとアーテは記憶を振り返る。

 セルネのおつかいを受け、リオスと共に食料の調達へ向かった先でクラトと出会った。胡散臭い男だと感じたことを覚えていた。そう、胡散臭い魔術師(オッドアイ)だと。


「そうだ。お前なんであのとき瞳の色を隠していなかったんだ?」

「やはりそう見えていたか」

「は?」


 どういうことだと眉を歪ませたアーテにクラトが口元を釣り上げる。

 そう見えていた、という事は他の見え方があったということだ。


「お前の剣を奪った以外、俺は魔術をひとつしか使っていない」

「だから、木の実を落としたやつだろ?」


 違うとクラトは首を左右に振る。

 あの時、アーテとリオスの間を駆け抜け木の実を落としたのは魔術ではなかったのだ。クラトはそっと彼らに歩み寄り、気付かれぬ内に剣で薙ぎ払い剣を収めた。それを、アーテは風の魔術だと誤認した。


「俺が使っていたのは色を誤魔化す為の幻影魔術だけだ。それも、大した魔力を込めずにな」

「どういうことだよ。まさか、魔力量で幻影魔術は見破れるってことか?」

「そうだ。幻影魔術は魔力を込めるほど強固なものとなる。だがな、込められた魔力よりも大きな魔力を持った者が居た場合、見破ることや解呪することも出来る」


 見開くアーテの両目に魔力を感じたクラトはすかさずそれを掌で覆う。


「解呪も魔術の一種だ。今は魔力を消費するな」

「かい、じゅ……」


 鸚鵡返しに呟きながらアーテはクラトの手を引きずり下ろす。

 つまり、森で出会ったクラトはアーテを試したのだろう。解呪が行えるのか、どの程度であれば打ち破れるのかを。その為に、あえて幻影魔術に込める魔力を制限した。目論見通り、アーテは今さっきのように無意識の中で解呪まで行った。


「幻影魔術は魔力を込めるほど解呪が難しく、魔力そのものすら隠せられる」

「……ラトが言いたいのは、俺ならガラッサの魔術師(オッドアイ)からは見破られないってことか?」

「そうだ。もしも見破られたのならば、ロノスの左目も知られる」

「——ッ!」


 息を呑んだアーテの前に、クラトはふたたび人差し指を立てた。その指は増やされることなく、ただ一本だけでアーテの視線を釘付けにしている。

 教会所属の魔術師(オッドアイ)が配属されているということは、彼らが拠点とする場所があるということだ。半魔を忌み嫌う者たちが多く存在する場所。彼らに半魔の存在が知られればどうなるかなど、想像するまでも無かった。


「ガラッサ公国に居る限り、幻影魔術以外に魔術を使うことを禁ずる」


 有無を言わさない緑色の眼光がアーテを貫く。頷くこと以外は許さないと語る瞳だ。例えこの先で誰が怪我をしようと、回復魔術すら使うなということだ。アーテ自身とロノスへかける幻影魔術だけに魔力を使えと彼は強いている。


「……分かった。それ以外に使わなければ、少なくとも俺とロノスは幻影魔術を破られないんだな?」


 その問いは、お前はどうなんだと訊いていた。魔術師(オッドアイ)の存在は希少だ。半魔の存在は勿論、魔術師(オッドアイ)であること自体を隠すべきだ。旅をする一行の内のひとりが魔術師(オッドアイ)だと知られてしまえば素性を尋ねられても可笑しくはない。相手が教会所属の魔術師(オッドアイ)であれば尚更だ。


「安心しろ。お前が解呪されない限り、俺にも通用しない」


 ふ、と笑いながらクラトは指先をアーテの額へと移動させる。立てていた指を折り曲げて一度親指に引っ掛けると、親指を跳ね除けながらアーテの額を弾いた。


「でっ! なにすん——」

「初めて会った時から、俺はお前の目の色を知っていたぞ」


 赤くなった額を両手で抑えながらアーテが立ち上がる頃には、既にクラトは背を向けていた。寝台の脇にまとめられた荷を背負い、扉へ向かって歩き出すと、計ったかのように着港を知らせる笛の音が甲板から響き渡る。


「なに、ガラッサ公国内に魔術師(オッドアイ)が居るというだけで、必ず遭遇するというわけでもあるまい」


 そこまで気負うなよと、そう言ってクラトは話を切り上げた。

 着港したのであれば、時期に廊下は人で溢れかえるだろう。これ以上、魔術師(オッドアイ)にまつわる話を続けるべきではない。


「なんか勝ち逃げされた気分だ」


 ぶすりと顔を膨らませ、アーテは振り返るつもりもないだろう背中を睨みつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ