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oddmagia  作者: 湖流るこ
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第十話

 水と風の属性を持つクラトによって小舟とは思えない速さで帆走した船は、日が暮れる前に小島へと辿り着いた。

 領土としてはレフカティカ王国に属するこの島の名は、カロ島というそうだ。

 美しい色彩を持つ鳥が生息しており、渓流や森の近くでは愛らしい(さえず)りが聞こえてくるらしい。

 しばしの船旅の中、クラトからその話を聞いたアーテは島に着けばその姿を見ることが出来ると思っていた為に、静かな浜辺で肩を落としていた。


「鳥、居ねえじゃん!」


 まもなく夕暮れを迎える浜辺で見渡せど鳥の姿は見えず、遠くから微かに(さえず)りだけが聞こえる——ということもなかった。

 それでも目を凝らせばどこかに居るだろうかと、未だ人気のない浜辺を見渡すアーテの肩にロノスが手を置いた。


「アーテ、もうじき日が沈む。野営の準備が先だ」

「ちぇ、わかってるよ」


 むくれた顔のまま、アーテはロノスとクラトの後を追う。浜辺から少し離れた先に見える丘を今日の野営地とするようだ。この島に着いたのならば小舟はもういらないと、船から降りると積まれていた荷を背負い、早々に丘を登りに行ったクラトによって既に場は用意されていた。


「遅かったな、少年」

「クラトの手際が良すぎるんだよ。旅慣れしすぎだろ。ほんとに王族か?」


 じとりとした目で睨みつけてもクラトはものともせず、得意げな、あるいは不敵な笑みを崩さない。盛り始めた焚き火へ枯れ枝を放り込み、海辺から持ってきたのか、始めからそこにあったのか。彼はどっしりと丸太へと腰掛けた。


「ボクはただの旅人だ。ラトと呼べと、船でも言っただろう」


 クラトが忘れたのかと咎めると、アーテは首を横に振った。

 アーテは時折口調が少し変わる彼の考えが、いまひとつ掴めずにいた。

 今この場に居る旅人の瞳の色は水色、金色、緑色といった具合だ。全員の片目に、あるいは眼窩に幻影魔術がかけられている。

 けれどあの時、初めて森でクラトに出会った時。彼は瞳の色を隠してはいなかった。色を隠しもせずに魔術を使ったのは、自分に接触する為だったのだろうか。リミクリー王国へ向かうのも、瞳狩りとガラノシア王国を警戒し、金色の瞳をもつ自分たちを守る為といえば聞こえはいい。

 しかし、あの時点では互いに知らぬ身のはずだ。


「なあ、ラト。お前——」


 アーテの声が止まる。

 それほど遠くない何処かから、獣の遠吠えが聞こえたのだ。


「ロノス、分かるか?」

「二匹。魔獣だな」


 クラトの問いかけに、ロノスはすぐに答えてみせた。

 ロノスの視線は浜辺でなく、草原の向こう、此処よりも少し高い丘の方へと向けられていた。夜の帳が下り始めた空に浮かぶ彼の金色が、僅かに細められる。


「……様子を見てくる」

「ああ、頼んだ」


 ふたりのやり取りは、あまりにもあっさりとしていた。呆けているうちに気付けばロノスの背は既に遠く、慌てて追いかけようとすればクラトに待てと呼び止められる。振り返ればクラトは首を左右に振っており、もう一度ロノスが走り去った方を見ると、遠くなっていた彼の背は見えなくなっていた。追うことを諦め、それでも立ち尽くしたままのアーテをクラトが手招きする。


「なにかあれば呼ぶだろうさ」

「そう、だろうけどさぁ……」


 不服さを隠さずに、不貞腐れたようにアーテはその場に座り込む。対象的にさして気にした様子も見せず、クラトはボトルの中の水を片手であおっていた。彼ひとりでも問題のない魔獣だと判断したのだろう。万が一とは考えないのだろうか。

 それとも、自分が気にしすぎなのか。座り込んでからすっかり背を丸くしてしまったアーテを少年、とクラトが呼ぶ。


「話しておきたいことがある」


 その声に顔を上げてみればクラトの顔にあの笑みはなく、切れ長の目がまっすぐにこちらを見ていた。視線が合う、というよりはまるで蛇に絡まれたようにアーテは緑色から目が離せなくなる。


「……話しておきたいことって、なんだよ」

「いい機会だからな。ロノスの——アゼ家について話しておきたい」


 ざわつきかけた胸を、緑の視線が冷やしていく。今は黙って聞いていろと、瞳が語っていた。ゆっくりと息を吸うアーテを横目に、クラトも息を吐き出した。


「あいつの家は特殊でな。幼い頃からボクの——俺たちの瞳であるべきと教えられて育ってきた」


 瞳は自分の所有物に(あら)ず。王家の所有物であり、代替え品である——アゼ家の人間が幼い頃から習うことだ。年の近い王族に幼少期から遣わされ、時に良い理解者として傍に控え、時に王の瞳としてそれを差し出す。

 仕えた主が瞳を失くしたのであれば、アゼ家の人間ならば疑うこともなく差し出してきた。これはリミクリー王国の歴史書にも記されていたことだ。過去には拒絶反応を起こし、そのまま双方が半魔となった記録も残されていた。表向きには病死という扱いで、実際には王族が手を下していた。

 ——その歴史に疑問を覚えた者が居た。


「曽祖父がな、関係を改めようと言いだしたらしい。だがアゼ家の教えは根深くてな。揃いも揃って石頭ときた」


 臣下であり、良き友である。それだけでいいと言ったのがクラトの曽祖父だった。

 彼は過去の王族たちが残していた記録——いや、日記といったほうが正しいだろうか。友を喪った数々の嘆きを読んで、変わらなくてはならないと心に決めた。

 しかし、アゼ家にとって王家の瞳であることは誇りだ。その意思を変えさせる為に困難を極めたことは言う迄も無い。

 関係性に変化が見え始めたのは、クラトの父が玉座に座ってからだったという。

 けれど、殆どのアゼ家の者が緑の瞳を持つ中で、金色の瞳を持つロノスが生まれた。アゼ家に金色を持つ者が生まれたのは、実に久しかった。

 故に、失いかけている誇りを取り戻すまたとない機会なのだと、ロノスの祖父母は彼の教育を名乗り出た。


「あいつにもふたり兄が居るんだが、まあアゼ家らしく他人……というよりは主ばかり優先する奴らだ。だが、あれはそれより酷いな」


 ふたりの兄が両親から受けた教育と、ロノスが祖父母から受けた教育が異なることはクラトから見ても一目瞭然で、ロノスの祖父が病で亡くなってからは激化したという。

 ロノスの兄がその教育を見かけた時もあったそうだが、祖母の剣幕に思わず立ち去ったというくらいだ。実際、それがどのような仕打ちだったのかはアゼ家の兄弟が語らない以上、クラトには分からなかった。


「……あいつが自分をちっとも優先しない奴だってのは、知ってる。けど、お前は生まれた時から魔術師(オッドアイ)だったわけじゃないんだろ。じゃあ、その目って」

「俺が片目を失った時、あいつは迷わず差し出そうとした。だから、拒んだんだ」


 言葉を失ったアーテに、クラトがようやく笑いかける。

 それを勘違いされてしまったら、今度こそロノスから完全に拒絶されてしまうだろうと、それだけは避けようとした。


「……あいつ自身に言われたんだが、お前に瞳を差し出したことにアゼ家は関係ないぞ。友人を死なせたくなかっただけだとさ」


 今思い出せば、当て付けなのかと問うた自分を殴りたくなる。そう口にしたと言えば、目の前の少年が叶えてくれるだろうか。

 クラトの口から漏れたのは、空気が抜けるだけの乾いた笑いだった。


「……俺だって、あいつには死んでほしくない。だから、お前の国へ行くんだ」


 アーテが拳を強く握る。彼の水色の瞳の中で、焚き火が轟々と燃え盛っていた。

 そう、だからこそ。クラトはアーテに願いを託そうとしていた。


「お前に頼みたい。……あいつをアゼ家の呪縛から解いてやってくれ」


 クラトの顔が僅かに歪められる。気のせいかと思うほど、それは一瞬だけ浮かんだ表情だった。


「——俺には、無理だった」



 ◇ ◇



 月夜の下、倒れ伏した魔獣から漂う甘い誘惑がロノスの鼻腔をくすぐった。嫌悪していた匂いが好ましい匂いに変わり、喉をそれが通る時、水よりも潤いを感じてしまう。最悪な気分だった。

 口元を濡らす赤色を拭い、ロノスは足元で絶命した二匹の魔獣を見下ろした。


(……アーテを引き止めてくれて助かった)


 魔獣を倒すことに苦労はなかった。もとより、魔獣との戦闘には慣れていた。驕るわけではないが、この程度ならひとりで問題ないと判断した。それはクラトも同じだったのだろう。

 だからこそ、こうして機会をくれた。クラトを前に吸血衝動を隠しきれるとは考えていなかったロノスだが、やはりアーテにだけは知られたくなかった。


(風向きは……)


 外傷は少ないとはいえ、このまま魔獣を放置すれば、微かに香る血の匂いでも周囲の魔獣を惹き付けることになるだろう。

 魔獣の死骸を土に埋めるだけでは、簡単に匂いを探られてしまう。野営の際、倒した魔獣を可能な限り拠点から離すという行動は、旅人にとって当たり前のことだった。暗くなった海へ向かうのは得策ではない。

 どのみち、そちら側にはふたりが居る。川もここからでは遠い。風向きを調べ、適した場所を探り当てると、ロノスはそこへ移動して魔獣の死骸を降ろした。


(余計なことを話してなければいいんだが)


 ああ見えて、というよりは見た目通りに、だろうか。おしゃべりが好きなあのふたりだ。今頃なにを話しているのやらと、気が重くなるのを一瞬だけ感じてロノスは踵を返した。



 いざふたりの元へ戻ってみれば、なにを話していたのか、ぎこちなさを体現するように絶妙な距離を取りながら座り込むアーテとクラトが居た。

 ロノスに気が付いたアーテは顔を明るくさせて立ち上がり、遅いという文句と共に眉も釣り上げた。


「怪我とかしてないか?」

「ああ、していない。大丈夫だ」


 疑っているわけではないが、小さな傷は隠されてしまいそうで、アーテはロノスの周囲をぐるりと回りながら彼の言葉に嘘がないことを確認する。

 どこにも変わった様子もなく、もう一度だけぐるりと確認してから正面に戻ると、アーテはようやくほっと息をついた。


「ロノスも戻ったことだし、今後の話をしてもいいだろうか」


 さて、と話を切り出したのはクラトで、リミクリー王国へどう向かうのかという話だった。

 まずは明日、ここから南東へ向かった先にある街、キャノラスへ向かって置いてきた旅道具を補充するらしい。聞けば、置いてきた荷の中にはセルネやリオスに宛てた手紙を忍ばせていたという。あのふたりがどれほど文字を読めるかはわからないが、伝わると信じて謝罪の言葉と置いていったものは好きに使うようにと書き綴ったらしい。

 いつの間にそんなものを用意していたのか、食えない男だと密かに感心するアーテだった。


「キャノラスの後、港のあるメラナスへ向かう。と言っても此処には距離があってな」


 手近な枝を拾い上げ、クラトは焚き火に照らされた地面へ三つの点を描き、その点を結ぶように線を引いた。一番目と二番目に描いた点の間と比べると、最後の点は少し離れていた。街同士の距離というのは、一番目と三番目に描いた点の間のことらしい。

 そこで、とクラトが真ん中の点を枝で指し示す。


「間にあるプティラスという村に寄ろうと思う。宿もあるしな……と大丈夫か、少年」

「名前をいっぺんに言うのやめてくれ、わからなくなる! あと少年ってのもやめろよ、むず痒いだろ!」


 項垂れながら左右に揺れていたアーテが、抱えていた頭をがばりと上げる。クラトと名前を呼んだ時は忘れたのかと訊いてきたくせに、彼こそ自分の名前を忘れているのではないだろうかと睨んでしまう。

 相変わらず睨みに怯むこともなく、クラトは肩と喉を震わせて笑っていた。


「……聞くだけよりも、見た方がこいつは覚えが速い」

「ああ、すまんすまん。これで構わないか?」


 ロノスの言葉を聞いて、クラトがそれぞれ点の上に街と村の名前を書いていく。その文字を眺めながら、ようやくアーテはよしと頷く。

 それから勢いよくクラトを指差した。


「いや名前! わざと呼んでないだろお前!」

「はっはっは。なんだったかな、少年の名は」


 もう一度聞かせてもらえないだろうかとクラトが言えば、彼を差していた指を自分へと向けてアーテは前へ一歩踏み出す。


「アーテ! アーテ・ターチス!! 忘れるなよな、もう!」



 ◇ ◇



 自分も番をすると名乗り出たアーテの順番がくることもなく、寝ずの番をロノスとクラトが交代に行い、夜が明けてから三人はキャノラスへと向かった。道中でアーテが文句を垂らし続けたのは最早お約束だろうか。

 キャノラスの街は至る所に青色の装飾が施されていた。

 それは大抵が鳥の形をしており、クラトが話していた鳥が街の人々からも好かれていることが伺えた。何処からか鳥の(さえず)りが聞こえたような。そんな気がして、街に入ってからのアーテは周囲を見渡してばかりだ。


「少年、転んでも知らないぞ」

「そこまで子供じゃない。転んだりしねぇって」


 そう言って、また周囲を見渡しながら歩いている。

 (はた)から見れば、物珍しさに興奮する子供そのものだ。街を行き交う人々から微笑ましく見られていることなど気付きもしない。仕方ないなと、そう言ってクラトは街の十字路に差し掛かったところで足を止めた。


「あっちに噴水広場がある。買い出しはボクに任せて——」

「ありがとな!」


 言うが速いか、指差した方へアーテが消えていく。残されたクラトはロノスと顔を見合わせ、肩を竦めさせた。


「……ついて行ってやれ。迷子になっても知らんぞ、あのガキ」

「……そうさせてもらおう」


 ご機嫌なアーテの背を見失わないうちにと、ロノスが追いかける。ロノスの耳には既に水の音と鳥の(さえず)りが届いていた。そこへ、アーテの歓声が加わった。

 街の地面を埋め尽くしていた石畳から変わり、日差しを受けた芝生が鮮緑に輝いている。ここが噴水広場とやらなのだろう。その先を少し歩いていくと、白い煉瓦が円形に敷き詰められていて、さらにその真中に噴水が見えた。

 噴水を囲うように配置された木製の長椅子に腰を掛けて本を読む者もいれば、芝生で走り回る子供を温かく見守る夫婦、身を寄せ合って噴水を見つめ手を繋ぐふたり組も居た。街に住まう人々にとって、此処は憩いの場なのだろう。

 しかし、アーテが見つめる先は彼らではなく、噴水の水で戯れる青い鳥だった。

 手のひらを広げれば、すっぽりと身を隠せてしまえそうなほど小さな鳥の背は、太陽を浴びた海のように蒼く輝いていた。腹部は純白で、それと相反するように目元やくちばしは墨色だ。その墨色から、美しい旋律が奏でられている。


「クラトが言ってた鳥って、こいつらかぁ」


 手を伸ばすと青い鳥はアーテを恐れることもなく、小首を傾げながら手のひらへと飛んできた。鳥は身を震わせて、ぴいと鳴いてみせた。

 すると、その声に呼応するかのように、もう一羽の鳥がアーテの肩に止まる。


「可愛いなぁ、なんていう鳥なんだろ」

「街の人々はキュアと呼んでいるらしい」


 へえ、と頷きかけてアーテが振り返る。

 急な動きだったにも関わらず、ひとに慣れているのか鳥たちは逃げ出さずに不思議そうにアーテを見つめていた。ぴぴぴ、とまた鳴いている。


「ロノス、いつの間に……」

「お前が迷子にならないよう、ついていけと言われた」


 近くの長椅子に腰掛けたロノスの隣へ、アーテも荷を足元に降ろしながら腰掛ける。アーテの肩でちょんちょんと飛び跳ねていた鳥が、ロノスの肩へと移り飛んだ。

 ロノスがそっと指先で鳥の頬をくすぐると、ぷるぷると身を震わせて指へと身体をこすりつける。


「……動物には嫌われると思っていた」

「全然そうは見えないけど?」


 どこからともなく飛んできた青い鳥が、ロノスの膝へと舞い降りる。三羽となった鳥はぴ、ぴ、と会話するように音を弾ませ始めた。

 まるで、噴水広場に居る鳥もそれに合わせて鳴いているようにすら感じられた。


「というか、迷子ってなんだ。なってないだろ。お前もここまで来てるし」

「行き先が分かっていたからだ。人通りがもう少し多かったら、分からなかったかもな」


 むっとしたアーテを慰めるように、彼の手のひらの鳥がぴるると鳴く。

 そうだよな、意地悪だよなと鳥に話しかけ、ぴいと鳴いた鳥へアーテはうんうんと頷いた。


「随分気に入ったんだな。一日ぐらい、宿でもとるか?」


 ここから次の目的地とした村までも多少の距離があるとはいえ、クラトが戻り次第発てば日が傾くよりも前に、村へ辿り着ける程度の距離だ。進んで村で宿を取るか、この街で一日休んでから村へ向かうか。その程度であれば、クラトも異を唱えることはないだろう。


「いや、いいよ。この街にしか居ないわけじゃないだろうしさ」


 たとえそうだったとしても、それだけで歩みを止める理由にはならなかった。リミクリー王国へ向かうことが今の自分達に必要なことなのであれば、それは一日でも速い方が良い。

 アーテが指の腹で鳥の喉元を撫でると、鳥はばさりと音を立てて飛び立った。残された二羽も後を追うように飛び立っていく。

 ふと、アーテの肩をロノスがつつく。つついた指はそのままアーテのマントを指差した。そこには青い羽根が引っかかっていた。


「くれたのかな、これ」


 そうかもなとロノスが肯定すれば、アーテは嬉しそうに鼻を鳴らした。羽をつまみあげ、その青を太陽に(かざ)す。こうしてみると、本当に海のような輝きを放っている蒼色だ。


「これ、うまく装飾にできないかな。首飾りとか、こうベルトのどっかに着けるとかさ」

「今度なにか作ってやるから、それまで無くさないようにしておけ」

「ほんとか? 絶対無くさねぇから、忘れんなよ!」


 思わず立ち上がると、アーテは遠くで荷を抱えながら手を振るクラトを見つけた。

 そういえば、野営の際に寝ずの番をさせてもらえなかったからと、せめて荷物持ちをやると言って背嚢や革袋を持ったままだったことを思い出す。噴水広場があることを教えられ、荷を下ろす前に走り出してしまったことも思い出した。

 遠くに見えるクラトの顔が浮かべている笑顔に、どこか怒りを感じるのは気のせいではないだろう。


「……言っておくが、あいつは性格が悪い上、根に持つぞ」

「……うへぇ」


 振り返そうとしていた手から、がくりと元気が失われた。

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