第九話
「——ゼス兄様が父上を殺してガラノシアへ亡命した」
クラトの言葉にロノスが目を見開いた。
ゼス——つまりはクラトの長兄が父である国王を殺した上で、ガラノシア王国へ亡命したと彼は言ったのだ。彼がその様な嘘をつく必要はないし、そもそもそんな人間でないことも知っている。ならば、それは本当のことなのだろう。
「聞きたいことは山程ある、が……今の俺に何の関係がある?」
それでも、ロノスに国へ戻る意思はなかった。この男にもう一度仕えるつもりはない、資格もないと思っていたのだ。最早、自分には関係など何も無いと、クラトを完全に振り払って背を向けようとしていた。
「アーテを守る為にもなる、と言ったらどうする」
その一言を聞くまでは。
興味を持ってもらえたようで何よりだと、そう言った彼の口は得意げに歪んでいた。幼少期から共に育った身だ。なにをどう言えば興味を惹けるのか、とうに知っていた。
ロノスの瞳を選ばないことで、彼から抱かれていた信頼を裏切ることは百も承知だった。己の言葉だけでは戻ってこない。ならば、傍に居ると決めたらしい子供を利用するまでだ。
「亡命したゼス兄様がどう関わっているかは分からん。だが、ガラノシアが瞳狩りをしている」
「……白いローブの連中のことか?」
「なんだ、もう接触があったのか。ならば尚更、ガキを連れて国へ戻れ」
それはクラトにとって嬉しい誤算で、ロノスにとって最悪の情報だった。白いローブを着たふたり組が、ガラノシア王国の人間である可能性は考えていた。瞳を狙っているらしいことも知っていた。金色が特別であるような言動も、ずっと気がかりだったのだから。
「あのガキ、魔術師になってから碌に魔術を使っていないだろう。剣の扱い方もまだ甘い」
つまり、お前にアーテを守り切れるのかと問われているのだ。
彼の精神が不安定であることもクラトには知られている。瞳狩りだけの話ではない。ロノスが半魔である以上、旅先でどんな目に遭うか分からない。その度にアーテがどんな思いをするのか、心は耐えきれるのかと言っているのだ。その全てから守り続けられるのかと。
拳を握り、ロノスは重々しく口を開いた。
「……ひとつ聞いていいか」
「どうぞ? 俺に答えられることであれば、なんでも答えてやろう」
指先を曲げて、まるで挑発する様に来いと誘う。ほとんど意思は決まっているのだとクラトは確信していた。
「ビーア様はご無事なのか」
「……無事だ」
ほっとしたように息をついたロノスに対し、クラトの口元から笑みが消えていく。
これだから嫌なんだと瞳が細められる。
「ビーア兄様が居るのならば、自分が半魔として処分されても問題ないなどと考えるなよ」
「……あの御方の手を煩わせる真似はしない」
逸らされた視線に、ならば構わないとクラトはそれだけを口にした。
◇ ◇
結局、この期に及んで尚、ロノスは国に戻るとしてもアーテの意思次第だと自分の意思を明確には示さなかった。
それからの間、セルネとリオスがふたりを呼びに来るまで会話することもなく、ただ佇んでいた。ふたりで話をするだけだと、ロノスがそう言った前と変わらない、むしろどこか険悪に見える様子にリオスが戸惑ったのは言うまでもない。
最年少であろうセルネに睨まれながら、ばつが悪そうにするふたりの姿を普段のアーテが見たのであれば笑っていたかもしれない。
「……大丈夫か、アーテ」
「俺……また、迷惑かけたよな」
アーテのそれは、見慣れた屈託のない笑顔ではなくぎこちない笑みだった。
切り株の椅子に腰掛けながら暗い顔をするアーテに、お前は何も悪くないと伝えたくとも今の彼は頷かないだろう。せめて少しでも不安を取り除こうと、ひとまずは安心してほしいとロノスは切り出した。
「……ラトは俺をどうこうするつもりはないらしい」
「ほんとか? なら、よかった」
胸の前で力なく拳をつくり、アーテは長く息を吐き出した。その上で、とロノスは続ける。
「……あいつに国へ一度戻れと言われてな。お前さえ良ければ、一緒に来てほしい」
「ロノスの? たしか……寒いところだよな」
「そうだとも、寒い国だ」
こてりと首を傾げたアーテの隣へ、ぼすりと音を立てながらクラトが腰を掛ける。
反射的にげ、と顔を顰めたアーテに気を悪くすることもなく、彼はにっと笑ってみせた。
「おや、嫌われたか? 困ったなぁ、それではリミクリーに来るのは嫌だろうか」
仕方ないと独り言ちながら、早々に立ち上がろうとした彼を慌てたようにアーテがマントを掴んで引き止める。その様子が可笑しかったのか、クラトは喉をくつりと鳴らしながら椅子へ座り直す。
「な、なに笑ってんだ! いやだなんて言ってないだろ、この短気野郎!」
「短気はどっちだ。なぁ、ロノス」
「……あまりアーテで遊ぶな」
自分が短気野郎だとするのならば、ロノスは過保護野郎だなと、内心で笑いながら口にせずクラトは背を震わせる。
「さて、少年で遊ぶのはここまでにしよう。保護者に怒られてしまうからな」
するりとアーテの手からマントを抜けさせながらクラトは立ち上がり、それから面々を見渡した。畏まる必要はないからな、と彼は不敵に笑って見せる。
「改めて名乗らせてもらおう。ボクは……いや、私はリミクリー王国第三王子、クラト・ニユリ・リミクリーだ」
「は、……はあぁああ!?」
声の出ないリオスは口をあんぐりと開けたまま固まり、セルネの驚いた声はアーテのそれに掻き消されてしまった。ひとしきりに声を上げてから、アーテはロノスへと振り返る。
「まて、まてまて! おい、王子って王子だろ、えらいんだろ? そいつと幼馴染で兄弟みたいなもんってどういうことだよ」
「ロノスは私の側近であり、乳兄弟だ。大抵アゼ家の人間は仕えるべき者と共に育つからな」
ちちきょうだい、と言葉を繰り返すアーテは首をふたたび傾げかけたが、それよりも彼を惹きつけたのは仕えるという言葉だったのだろう。
どういうことだとロノスへ詰め寄るアーテの前に、クラトが間を割る様に手のひらを差し込んだ。
「ま、こいつが外に出ていたのは訳ありでな。それよりも話さなければならないことがある」
ガラノシア王国が瞳狩りを行っていること、おそらくアーテとロノスは標的にされること。戦闘技術に甘さが目立つアーテでは対抗しきれないであろうことをクラトは語った。当然、アーテが異を唱えることは予測済みだ。強くなればいいんだろうと立ち上がるアーテにクラトは首を振る。
旅を続ければ、成長する機会はあるかもしれない。だが、その機会を待っているようでは遅いのだとクラトは否定した。
「リミクリー王国には私以外にも魔術師が居る。それも、生まれ持ってのな」
「お前は違うのか?」
「その話も追々するとして、だ。魔術の使い方を習ういい機会だとは思わないか」
——もしかして、まともに魔術も使えないの?
——もったいないね。
アドアの言葉がアーテの中で蘇る。剣術の基礎だけはロノスから学んだ。
しかし、まだ完成には至っていない。どれだけ筋が良いと褒められても、実戦で動けなければ意味がない。魔術もそうだ。魔力を消費しすぎることに悩んでいた。扱い方もほとんど思いつきに近いものばかりだ。
リミクリー王国とやらで魔術の知識や魔術師としての戦い方を学べるのだとすれば、守られてばかりの自分から変わることが出来るかもしれない。
「それは、助かる……けど」
アーテの旅の目的はロノスの魔獣化を止める方法を探し出すことだ。
どれほどの猶予が残されているのか分からない中、未だにこれといった手がかりは掴めていない。魔術図書館のあるガラノシア王国へ向かうことが困難と言える今、何も掴めないままひとつの場所に留まることは避けたかった。
「私の顔が利く範囲であれば、城内に留まらず領土も自由に歩けるぞ。魔獣に関する書物を読むことも出来るよう手配しよう」
戸惑いがちにロノスの顔を見るアーテの悩みに気付いていたのだろう。クラトがそう告げれば、アーテの顔は目に見えて明るくなった。
「ああ、そうだ。お前たちさえ良ければ共に来ないか?」
アーテを誘うのにこれ以上言葉は必要ない。そう判断したクラトは、ゆっくりとセルネとリオスの方へと視線を流す。
名乗りを上げてからすっかり固まってしまっていたふたりだ。自分たちにまで話が来るとは思っていなかったのだろう。ふたりは顔を見合わせてから、戸惑いを浮かべた表情でクラトを伺った。
同じ半魔であるロノスも見た目の話であれば、身体的な変化は少ない。身長が伸びたという点も、元の彼を知っていなければ魔獣化の症状として見られることはないだろう。左目さえ誤魔化せてしまえば、そうであるとは容易く見破られることはない。
そもそも、アゼ家の人間が素顔を晒すのは仕える主と、家の者を除けば婚約者だけだった。顔を知られていないのであれば、堂々とその顔を見せてやればいいだけの話だ。顔を知っている者も、それこそ王族であるクラトの一言で口を封じることが出来るだろう。
しかし、姿を一目見ただけで半魔だと分かるようなリオスをも国へ招待するとクラトは言っているのだ。眼窩から角が生え、背も飛び抜けて高く、体格もどっしりとしたリオスだ。特徴を隠そうとしても目立つことを避けるのが難しいことは目に見えていた。
「お前たちの為にも、ある程度行動に制約は設けさせて貰うが……」
「きづかってもらえてうれしいのだけれど……いかないわ」
え、と声を漏らしたのはアーテだった。どうしてとふたりへ真っ先に問い掛けたのもアーテで、そんな彼にセルネはごめんねと肩を竦めさせた。
「その国ってここからとおいのでしょう。わたしとリオスは……長旅にはむかないもの」
「そんなの気にするなよ、俺達がなんとかするって!」
アーテはロノスへ同意を求めようとした。同行を誘ったクラトも、そんなことを今さら気にしたりはしないだろうと。
けれど。
「……アーテ、わたしたちはこのお家がたいせつなの」
だから、どこにもいかないだけよとセルネが話す。
その言葉には気遣いも、嘘もなかった。本心からこの家が大切だと思っているからこそ、此処から離れ、何処かへ行くつもりはないのだと。まっすぐなセルネの瞳がそう語っていた。
その想いはリオスも同じだったのか、セルネと手を繋いで彼は一度だけ頷いた。
「あ、でも……おねがいがあるの」
「よし、なんでも言ってくれ!」
沈みかけていたアーテの両肩が眉尻と共に元気に跳ね上がる。
単純すぎないか。そうクラトがロノスへ耳打ちしたことも知らずに、アーテはすっかり胸を張っていた。
「あのね、森を南へぬけたさきにすんでるひとたちのようすを、みにいってほしいの」
「森を南にって……南の集落のひとたちってことか?」
そろりとセルネがリオスを見上げる。揺れるセルネの瞳の中で、リオスがゆっくりと頷いた。すう、と息を吸ってから、ゆっくりと時間をかけてセルネは息を吐き出していく。
「セルネたち……もとはちがうばしょでくらしてたの」
そこが、この森からどれほど離れた場所だったのかは分からない。
かつて、セルネとリオスはどこにでもありそうな村で暮らしていた。暮らしていた村を大人たちがなんと呼んでいたのか、それすら知らなかった。
もしかしたら、呼び名などないほど田舎だったのかもしれない。
そんなちいさな村でいちばん幼かったセルネは、自分よりも五つは離れているという年上のリオスと共に過ごすことが多かった。あまり文字は読めなかったけれど、それでも村で読み回されていた絵本を手にふたりで過ごす時間はとても楽しくて、いつだって一緒に居た。
そんなある日、白いローブを着た人間が何人か現れた。彼らは、すべてを奪っていったのだ。村に住む大人たちから、そしてリオスから瞳を奪い、その魔の手はセルネにも伸ばされた。激痛と身体の変化に苦しみながらもリオスはセルネを抱き、海へと飛び込んだという。
そうして、気が付けば森を抜けた先にある南の集落近くの浜辺に倒れていたと。
「はじめはね、あのひとたち……セルネたちのことをこわがったのよ」
当然だわ、とセルネが瞳を伏せる。小さな手が、リオスの指を握る。そんなセルネの手をリオスはもうひとつの手で包み込む。
「だから、森ににげたの。なにもしないよってつたえたくて」
森での暮らし方を知らないふたりはどうすればいいか分からずに、途方に暮れるばかりだったという。痛い思いも、苦しい思いもたくさんしたけれど、ふたり一緒だったから耐えられたとセルネの肩は震えていた。
「それでね、森でしゅうらくのひとが魔獣におそわれていたことがあったの」
リオスが魔獣を倒した頃にはその人間は見当たらず、無事に集落に戻れたのかとずっと気がかりだった。集落に様子を見に行こうとして、それで怯えさせてしまってはいけないと悩む日々が続いた。
そんなある日、森に荷が置き去りにされていた。魔獣から逃げる為にと置き去りにした様には見えなかったそれは、食料と清潔な布が木の板の上に置かれていたという。まるで、たとえ雨が降ってしまっても出来るだけ泥で濡れてしまわない様に置かれた贈り物に見えた。
「それからね、ほんとうにいろんなものを森でみつけたわ。だから、こんなにも大好きなお家ができたの」
森を出歩く際、人の気配を感じれば鉢合わせしないようにと隠れて様子を伺うこともあった。魔獣が南の集落へあまり寄り付かないようにと、魔獣を威嚇したこともあったという。
それを見られていたのか、次の日にはいつもより多くの物が置かれていたそうだ。ほんとうはお互いに直接会ってありがとうと伝えたかったのだろう。
けれど、あえてそうしなかった。それは半魔であるリオスへの恐れが拭いきれなかったからなのか、半魔を見逃す為だったのかは分からない。
「でもね、さいきん……だれも、みないの。木をきる音も、もっていくためにひきずる音もきこえない」
セルネの手を覆ったリオスの手のひらに、少女の涙が落ちる。一雫許してしまえば、もう耐えられなかった。
「なにか、あったのかなって……ずっと、ずっとしんぱいで」
「そんなことがあったのか……」
ロノスやアーテから南の集落の話を聞いてから、ずっと機会を伺っていたのだろう。アーテにはセルネへ掛けるべき言葉が見つけられなかった。大人びているとは思っていたが、無理をしていたのかもしれない。
セルネの背を優しくさするリオスに、大丈夫よとセルネは鼻をすすりながらも笑ってみせた。
ふと、クラトがマントの裾を掴み、少女へと差し出す。
「汚しても構わん。雨には濡れていないし、泥もついていないぞ」
「たびびとのふりをしてても、おうじさまのまんとでしょう。いいの?」
くつりと喉を一度鳴らしてから、クラトは大きく笑う。
「はーはっはっは! こんな機会に恵まれることはもうないだろうな」
だから大丈夫だとセルネの前にしゃがみこみ、クラトは改めてマントを差し出す。
遠慮がちに受け取ったセルネの頭をよく頑張ったなと撫でれば、少女はマントを顔に押し付けてしまう。
「おいおい、それは顔が痛むぞ。どれ、貸してみろ」
一度セルネからマントを離すと、微かに風が吹いた。魔術でマントをすっぱり引き裂くと、クラトはそれをリオスへ手渡す。拭いてやれと促せば、大きく頷いてからリオスはセルネの目尻から優しく涙を受け取った。
「では、見に行こうではないか。なあに、すぐ戻るさ」
クラトはアーテとロノスの腕を攫い、半ば引きずる形でふたりを連れ歩き出す。見送るセルネとリオスへ一度だけ振り向いて、アーテが口を開く前に風を伴いながら飛び降りた。
◇ ◇
「おい、そんなに急ぐ必要ないだろっていうか、俺も離せよ!」
あれから、クラトは無言で南の集落へと向かっていた。大樹から飛び降りて、湖をも風で飛び越えた時には既にロノスの腕は解いていたというのに、アーテの腕は掴んだままだ。ほとんど走るように引きずられ、何度足がもつれかけたことか。
どれほど歩いただろうか。すっかり湖も見えなくなった頃、ようやくクラトは歩みを止めた。まるで放るように腕を離されたアーテは文句のひとつでも言ってやろうと、クラトに指を差そうとした。
「……お前のそういうところが、ずっと嫌いだった」
「は、よく言う。俺とお前は似た性格だとエスローラも言っていただろう」
アーテの指が、へにょりと曲がる。このふたりは仲が悪いのだろうかと。
「お、おい。俺が言うのもなんだけど、喧嘩してる場合じゃ——」
「お前、集落の方から来たんだろう」
ロノスの言葉に、アーテが息を呑む。
クラトは、遠い国からここまで来たのだ。間違いなく、船を使い海も渡っている。初めて自分と出会ったときに、彼は旅人として偽名を名乗った。そんな彼が、どの街で、どの港に立ち寄ってからここまで来たのだろうか。
もしくは、船着き場として適した場所に寄ったのか。
それが、南の集落だったのだとすれば。
「……クラト、知ってるのか? 南の集落がどうなっているのか」
「ああ」
アーテの問いかけに、あっさりとクラトは頷いた。
「とっくに滅んでいる。おそらくは、瞳狩り連中の仕業だ」
「なっ——」
「正直、ふたりが同行を断ってくれて助かったと思っている」
アーテを横目に通り過ぎ、クラトは再び歩き出す。
その背を追いかけて、立ち塞がるように前へ出たアーテを躱すクラトの歩みには、まるで止まる気配がなかった。
「——酷い有様だった。家の残骸ばかりで、血が広がった痕もあるくせに人の姿は何処にもない。はっきり言って気味が悪い」
その様をあの幼子に伝えられるのか。彼の背はそう問うているように見えた。
集落のひとびとを案じ、不安に思いながらも彼らを怯えさせることがあってはいけないと確かめることも出来ず。ようやく自分たちを恐れない旅人と出会えても、まっさきにその旅人の心配をするような少女と少年だ。
「……じゃあ、なんで今そっちに向かってるんだよ!」
「お前も頷いたじゃないか、リミクリーへ向かうと」
——お前のそういうところが、ずっと嫌いだった。
(そういう、意味かよ)
南の集落の惨状は分からずとも、クラトの言動で何かあったことはロノスも察していたのだろう。その上で、クラトは断られるであろうことも承知してふたりを誘い、集落の様子を見に行くことも承諾して今この場に居る。セルネたちから瞳狩りの情報を得られる機会が合ったにも関わらず、クラトはその機会すら自ら捨てた。
彼はアーテとロノスを連れて、このまま旅立つつもりなのだ。
「荷なら気にしないでいい。次に向かう街へ行くまでの食料は船に積んであるし、道中に必要なものをそこで買い直す金は持っている」
森を抜け、潮の匂いが鼻に届き始めた。いつの間にか雨もあがり、日に照らされて廃墟と化した集落が姿を現す。魔術ではない、海の風に吹かれながらクラトはゆっくりと振り返る。
不敵に笑う口でアーテとロノスの名を順に呼んだ。
「少々長旅になるが——お前たちは互いを生かす為に、もちろん俺に付いてくるだろう?」




