第37話 ミツルギ、誤解を解こうとする
「なんだこいつ」
地面から体を起こした若者は、ミツルギを見て、目を丸くした。
やはり、この若者の目には、姿を人の目に映らないように細工しているミツルギとクロの姿が見えるらしい。なかなかに稀有な人間だ。
「ここはわしの神社じゃ。わしの神社でそんな危ない棒を振り回すでない!」
「わしの神社?」
尻を地面につけたまま、上半身を起こし、その男は盛大に首を傾げた。
「わしの神社って。それにその格好......」
ミツルギを頭のてっぺんからつま先まで見渡すと、男は跳ね起きて四つん這いでミツルギの元へ迫ってきた。
「なななななんじゃ!」
その勢いに怖気付き、ミツルギはクロにぶつかって止まってしまうまで後退する。
「あんたがここの神様か!」
すごい熱量で問われ、ミツルギはカクカクと首を縦に振る。
「そうかそうか、あんたが。......いや、待てよ」
急に、ミツルギを見る目つきが胡乱になる。それから、失礼なことにミツルギを指さすと、「どっからどう見ても子供じゃねえか!」と失望したように叫んだ。
ミツルギはくるくる変わる相手の態度に面食らっていたが、ものすごく失礼な態度を取られていることに気づいて、猛烈に腹が立ってきた。そこで、拳を振り上げて応戦する。
「誰が子供じゃ!確かに見た目は子供かもしれんが、わしはそなたより何百倍もの年月を生きておる、れっきとした神じゃぞ。見た目で人を判断す
るなと教えられておらんのかそなた!」
己を神だと豪語するミツルギに、相手は一切怯んだ様子を見せない。それどころかさらに失礼なことを言ってきた。
「いやでも、子供......女神様だって話だから、もっとこう、凛々しい系の美人で大人な女神様だと思ってたのに。なんかこう、イメージと全然違うのが出てきた......」
「おい、凛々しくはないかもしれんが、十分美人じゃろうが」
若者は、「うーん」と唸ると、上体を起こして腕を組む。
「美人というか、強いていうならかわいい系かな」
「かわいい!?」
「ああ、かわいい。うさぎみたいで」
「そうかそうか、わしはうさぎのように愛らしい美少女か!」
「いや、そこまでは言ってない」
ミツルギは両頬に手を添えた。
それから目の前の若者をよく見てみれば、なかなか良い顔をしている。ミヅハの神使を美丈夫と呼ぶなら、こちらはイケメンと呼ぶべきか。髪も上に掻き上げておしゃれにセットしているし、こちらを見つめる瞳は若々しく煌めいている。
「「そなた、第一印象は最悪じゃったが、なかなか良いことを言うではないか」」
「「本当にあんた神様なのか?うさぎの妖怪とかじゃないよな?」」
2人の言葉が重なり合う。
お互い、「ん?」と思いながら見つめ合っていると、黙っていたクロがおずおずと口を挟んだ。
「主様は、とても可愛らしくて、美しい神様です」
ミツルギは「クロ!」と振り返った。
「さすがはクロじゃ!」とミツルギがクロを褒めそやしていると、また若者が余計な事を言ってくる。
「そいつ、前見えてんのか?絶対あんたの姿ちゃんと見えてないだろ」
「やかましいわ」
ミツルギは、イケメンと思ったことは撤回することにした。
「まったく、そなたは何者なんじゃ。境内で金属バットを振り回そうとするし、こんなに失礼な態度を取られたのも初めてじゃ」
人のふりをして、人と話したことはあったが、神として人と直接言葉を交わしたことはほとんどない。相手は、かなりミツルギを侮っているようなので、できるだけ威厳さを見せようと、ミツルギはムンと胸を張り、腕を組んでみせた。手本にしているのは龍神である。
「ああ、ごめん。つい、あんたの見た目がイメージと違いすぎて口が滑った」
バツが悪そうに頭を掻く若者に、ミツルギ「滑りすぎじゃ」と声をかける。
「口は災いの門という言葉がある。わしだったから良かったものの、神によってはそなたのその態度は神の怒りを買うぞ」
「ご忠告どうも」
若者はパンッと顔の前で柏手を打つと、頭を下げる。それから顔を上げると、全く反省していなさそうな不遜な顔つきがミツルギの前に現れる。
まだ会ったばかりだが、彼の性格はよく言えば自由奔放、悪く言えば無礼で生意気と言ったところか。面の皮が厚いとも言うかもしれない。なまじ顔が良いだけに、ミツルギは余計に腹が立つ。
「して、そなたはなぜクロを成敗しようとしてい
たのじゃ」
尋ねると、若者は「クロ?」と首を傾げてから、ミツルギのすぐ背後に控えているクロの方へ視線を向けて、答えた。
「そりゃあ、妖怪がいたからだよ。普通、妖怪いたら、倒すだろ」
若者は、金属バットの胴体部を、パシッと左手のひらに軽く打ちつけた。その時、ミツルギは初めて金属バットに、護符が晒しのように巻きつけられていることに気がついた。それをちらと眺めながら、「そなた、ひょっとして陰陽師や法師の類か」と返す。
「陰陽師?ないない」
若者は額にかかった髪をかきあげた。、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「俺はただの神社の息子。たまたまそーういう不思議な奴らが見えてるだけだよ。そいつらの中には悪さをする奴もいるから、見かけた時はこの金属退魔バットを振り回して追いかけてる」
その光景を想像して、ミツルギは少し物の怪が気の毒になる。金属退魔バットというダサいネーミングセンスもよく分からない。
「そうか、とりあえず襲った動機はわかった。しかし、こやつは妖怪ではない。わしの神使じゃ」
「神使?」
若者は目を丸くした。
「神使って、稲荷神社の狐とか、うちの白花みたいな、あの?」
「白花のことを知っておるのか」
突然出てきた白花の名前に、ミツルギの方も目を丸くする。
若者は「ああ」と頷き、親指を立てて自身を指した。
「俺は高宮千隼。うちは、梅瀧神社の宮司を代々務めてるからな」




