第31話 ミツルギ、川底を探索する
最初、水の冷たさと水の抵抗力を感じたが、すぐに呼吸ができるようになった。
潜ろうと思うと、体は思う通りにスムーズに動いてくれる。ミズハの領布の力に関心したものの、濁った水の世界は視界不明瞭だ。
とにかく底を目指してミツルギは潜り続ける。
やがて、手が地面に触れた。触れた土が舞い上がり、周囲の魚達が驚いて、ぱっと身を翻す。
ミツルギは目を凝らして、周囲を見渡した。水草や岩らしき影は見えたが、龍神や蛇らしき影は見当たらない。そのまましばらく川底を彷徨っていると、何かにぶつかった。最初は川壁にぶつかったのかと思ったが、川幅はもっと広かったはずだ。それに、触ってみると何かおかしい。いやにサラサラとしている。爪をたててみると、何かに引っかかった。
よくよく見ようと顔を近づけるが、周りの色と同系色なのか、よくわからない。
ミツルギは、片手で壁を触りながら、横へ移動した。壁からは、所々水草が生えている。水草に阻まれて前に進めなくなったところで、ミツルギは壁を伝って上へ上昇した。
壁は上に向かうにつれて丸みを帯びており、その形状は丸太のようだ。ちょうど壁の真上に来たところで、ミツルギは嫌な予感に駆られた。丸太のような形状のこの壁。ひょっとするとこれは、蛇の物の怪の身体の一部ではないのか。しかし、だとすればあまりに大きすぎる。
ミツルギは今すぐこの場から逃げ出したい気持ちに駆られたが、半泣きになりながらその衝動を堪え、龍神探しを続行する。
壁から生えた水草の中には、淡く発光しているものがいくつかあった。光に吸い寄せられるように、ミツルギは発光している水草へ近づいてみる。すると、その水草には人が囚われていた。スーツ姿の男性だ。目は固く閉じられている。
驚いて、思わず「おい、大丈夫か」と声をかけて肩を揺する。水中で声が出たことに驚いたが、これも領布の力だろうか。
ミツルギは男性の耳元で何度も呼びかけて肩を揺すったが、結局目覚めることはなかった。一旦諦め、他の発光している水草も覗いてみると、やはりそこにも人がとらわれている。今度は中学生くらいの女の子だ。その子も、先程の男性同様、呼びかけて肩を揺すっても反応がない。
そうやって、発光する水草をひとてひとつ訪ねてゆくうち、水草には人だけではなく、神々も囚われていることに気がついた。お地蔵様の言っていた、消えた人と神はずっとここに居たのだ。
いくつもの水草を掻き分けて進んでいくうち、ミツルギはとうとう龍神を見つけた。
龍神も、人々と同様、水草の中に意識を失ったまま囚われている。声をかけて肩を揺すると、閉じられた瞼が小さく震えた。期待してもう一度声をかけると、目が開いた。
「龍神!無事か」
顔を覗き込むと、龍神のくりくりした目がこちらの目と合った。
「大丈夫そうじゃの。さあ、龍神、手伝ってくれ。蛇の物の怪が大人しくしているうちに、囚われた人たちを助けんといかん」
さあ、と龍神に行動を促す。すると突然、龍神がワッと泣いたと思うと、ミツルギに両腕で抱きついてきた。
その衝撃でミツルギは後ろ向きにひっくり返る。戸惑いながら、龍神の体を受け止めてやると、彼はミツルギの腕の中で、見た目そのままの子供のように、すすり泣いていた。
「わ!どうしたんじゃそなた。怪我でもしておるのか」
おろおろしながら訳を尋ねるが、龍神にいつもの龍神らしさは戻ってこない。
それどころか、不安そうな顔でこちらを見上げ、「お姉ちゃん?ここ、どこ」と逆に訪ねられた。
「おっ、お姉ちゃんじゃと!」
ミツルギはあまりのことに、それ以上言葉が出てこなかった。すぐにミツルギを馬鹿にしてくる、腹立たしいほど偉そうないつもの龍神はどこへ行ったのだ。そもそも本当にこの子供は龍神なのか。龍神の偽物ではないのか。
しかし、ミツルギの腕の中で不安そうに目を揺らしているこの子供からは、微弱であるものの確かに龍神の神気を感じる。
龍神は、ミツルギが戸惑うばかりでなにも言ってくれないことにますます不安を抱いたのか、
「かか、どこ」と、キョロキョロと周囲を見渡した。
「ここ、水の中?」
水中でも問題なく、目を開き、声を発していることを不思議に感じたのか、龍神はしきりに目を擦ったり、喉を触ったりしている。それが終わると、「おうちに、帰りたい。かかのとこ、帰りたい」と言ってまたぐずり始めた。
ミツルギはあまりの健気さに涙ぐみそうになったが、母の元に返してやりたくとも、龍神の母はどこにもいない。
「そなたは、自分のことを忘れたのか」
ミツルギは毅然と言った。
「そなたは、畏れ多くもかしこまけき梅瀧神社の龍神、高龗神であるぞ!」
そう言われても、龍神に変化はなかった。
「たか、おかみ?」とその言葉に首を傾げ、「違うよ」とミツルギの腕を強く握りしめる。
「イナギが、ぼくの名前」
「イナギ?いや、違う、そなたは龍神、高龗神じゃ」
「ちがう」
言っても全く効き目がなさそうだ。
ミツルギは途方に暮れる。一体龍神はどうしてしまったのか。これでは、見た目の年齢通りの人の子と変わらないではないか。
これ以上今の龍神とやり取りしても埒があかない。ミツルギは龍神を連れて一旦川から出ることにした。水草に囚われた他の人間たちは後から助け出す必要がある。龍神と共に連れて行こうにも、非力なミツルギでは一回に1人が限界だ。何往復かする必要があるだろう。
「さあ、とにかくここから出よう。しっかりわしにしがみついておれ」
そう言うと、龍神は「おうちにかえるの」と期待を込めた眼差しで見つめてくる。今の彼の言う「おうち」とは、一体何を指すのだろう。
とにかく、今の龍神は中身まで子供のようだ。だから、安心させようとミツルギはできるだけ笑みを浮かべた。
「ああ、帰ろう。白花がそなたを待っておる」
「しらはな?」
「そなたの神使じゃ」
その時、こちらを見上げてくる龍神の顔の上に、にわかに影がさした。ミツルギの影ではない。ミツルギの影より、もっと大きな影だ。それは、水面を通して川底へ届く日の光を遮るほどの。
龍神が、目を見開いて悲鳴を上げた。




