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第30話 ミツルギ、川に飛び込む

 雨は相変わらず降り続いていた。 


 心なしか、雨の強さが少し増しているように思う。ミツルギは、鈍色の空を不安な気持ちに駆られながら見上げた。


 隣にはミヅハがいる。


 ミヅハを連れて自分の神社に戻ったのが、つい先ほどのことだ。今、鳥居の下に立っている。ミツルギは傘をさしているが、ミヅハは水の気配を感じたいと言って、濡れるがまま雨空に自身を晒していた。本殿の中では、クロに白花を見守らせている。


「北東の方でしょうか。そちらから、わずかに邪気が感じ取れます。しかし、なぜこんなに薄い気配しかしないのでしょう」


 ミヅハが北東の方角を見ながら、疑問を口にする。ミツルギに聞いているというより、自分に問いかけている風だった。


「まるで、大量の水の幕の、向こう側にいるような。ミツルギさん、あちらには何があるのでしょうか」


「北東の方か?あっちにはちょうど、龍神の社がある。まさか、物の怪が神社の中に?」


「それはないと思います。ですが、近い場所にいるかもしれませんね。あちらには川か池、湖など、大量の水が集まるところはありますか」


 ミツルギは地図を頭の中で広げた。ミツルギの社の周りは田園が広がっているが、北東に進めば東西を横切る国道に出会し、その国道を超えた先には梅瀧神社の建つ町がある。その町の向こうにあるのは、田園地帯を横切り、やがては太平洋へ流れ込む大きな川だ。確か、龍神が統括している川の一つだったはず。


 そのことを伝えると、ミヅハは「おそらく、物の怪はその川の中にいます」と言った。


「それと、おそらくその龍神様も同じところにいるようです」


 ミヅハは目を閉じた。


「水が教えてくれています。大蛇と龍が、川の中で相剋そうこくしている」


「龍の方は無事なのか」


「水底にいるからでしょうか。気配は希薄です。川へ潜ってみないと、正確に気配を探れません」


「川へ行くしかないのか」


「わたくしも共にまいりましょう」


 ミヅハの申し出をありがたく頂戴し、ミツルギは川を目指すことにした。そこへ、本殿の中からいつの間に出てきていたのか、クロがやってくる。


「主様、私も連れて行ってください。白花も、行きたいと言っています」


 ミツルギは「よかろう」と頷く。何度も物の怪を追い払ってきたクロがいれば、心強い。白花の事が心配だったが、彼女の意思も無碍にはできない。


 ミツルギは、クロから白花を受け取り、自分の懐の中に入れてやる。白花は顔だけ、ミツルギの着物の合わせ部分から出すような格好になった。


 ミヅハは領布を使って飛翔できるとのことだったので、ミツルギはクロに抱き抱えて飛んでもらうことにした。少し気恥ずかしいが、龍神の身を案じれば文句は言っていられない。


 雨降る中、神の一行は空へ飛び上がった。高所からであれば、目的地の川はすぐに目にすることができた。


 川は、太い川幅を維持した状態で、西から緑の野を蛇行しながら北東に向かって流れている。昔は暴れ川として有名だった川だ。今は人の技術が進んだことで川の周囲に大きな堤防を築き、洪水を防いでいる。堤防ができる以前は、大洪水を起こし、近隣に甚大な被害を出してきた。それを神の怒りと信じ、川の化身である龍を鎮めるために祀ったのが、梅瀧神社の由緒であったとミツルギは記憶している。


 川にかかる大きな橋へ降り立ったミツルギ達は、濁った川の水を見下ろした。しとしとと降っていた優しい雨は、いつの間にか篠突く雨へと変わっている。傘を打つ雨の音が力強い。


「ミヅハ殿、何かわかったことはあるか」


「物の怪がこのあたりの川底に潜んでいるのは、間違いありません」


「出てきそうにはないか」


「ええ、動く気配はありません」


 ここからどうすれば良いのか、ミツルギには分からなかった。強き神であれば、川の中へ飛び込み、物の怪を引き摺り出し、龍神を救出するのだろうか。自分にそれが出来るとは到底思えない。


 武神のような、もっと強き神であれば。


 こんな時に、除目じもくを司る神の神使に言われた言葉を思い出す。


 人がそう思っているのなら、ミツルギ様は立派な武神でございます。


「はっ、わしが、武神か」


 ミツルギは自嘲気味に笑った。


 人々の勘違いでも武神になれたのなら、この局面を打破できるのだろうか。それを為すための力が、今の自分に宿っているのだろうか。


「主様?」


 ミツルギが笑ったことに気づいたのか、クロが心配そうにこちらを覗き込んでくる。ミツルギはそれに気づいて笑みを消した。


「わしは今、どうにか龍神を救い出す方法を考えておったのじゃが、向こうがでてきてくれないのなら、こちらから出向くしかあるまい」


「しかし、相手は川の中です。いわば、相手の独壇場」


 ミヅハが険しい目を見せた。


「わたくしの領布を身に纏えば、水中の中でも呼吸ができ、自在に泳げます。わたくしが一番そういうものに慣れているため、ここはわたくしが」


 そう言って川に飛び交うもうとしたミヅハを、ミツルギは引き留めた。


「そなたにそこまで頼むわけにはいかぬ。わしが行く」


「主様、ダメです」


 今度はミツルギがクロに引き留められた。


「そもそも、あの物の怪は、私が招き寄せたものです」


「それはもう聞いた。そのためにそなたは、怪我を負ってまで追い払ってくれていたのであろう。じゃが、もうそなたばかりに無理をさせるわけにはいかぬ。ここは、曲がりなりにも武神であるわしの出番じゃ」


 ミヅハ殿、とミツルギは領布を貸すようミヅハに頼む。ミヅハは逡巡した様子だったが、結果的にはミツルギへ自分の身に纏っていた水色の領布を渡してくれた。


「かたじけない」


 受け取った領布を纏ってから、白花を懐から出してクロの手に委ねる。


 それから息を吸い込み、意を決したミツルギは、川の中へ身を投じた。


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