第28話 ミツルギ、お地蔵様に相談する
雨の中、田園を貫く道を、ミツルギは赤い和傘を差して歩く。
この和傘は、流浪していた頃に手に入れたものだ。古道具屋で売れ残り、処分されかけていたところを、ミツルギが拾った。長い間、人に使われてきたのか、柄の部分は何度も触れられて独特の艶がある。
旅の道中、使わないときは邪魔になるので、なんでも物が入る袖の中に突っ込んでいたのだが、神社が再興されてからは、傘は本殿の中に置いてあった。
不安な気持ちを、傘をくるくる回すことで紛らわしながら、ミツルギはぬかるんだ道を歩いてゆく。
やがて地蔵堂が見えてきた。
雨の降る薄暗い日は、お地蔵様の首にかかる赤い前掛けがとても鮮やかに映える。
「おはようございます」
お地蔵様は、変わらぬ笑顔でミツルギを迎えてくれた。
「お地蔵様。ミツルギにございます」
「物の怪のことですか」
ミツルギが尋ねる前に、先にお地蔵様から話しかけられた。話が早いとミツルギは頷く。
「友人の龍神が行方知らずになっておりまして、ひょっとすると蛇の物の怪が絡んでいるのではと思い、ここに参りました。お地蔵様、物の怪は、今どこにいるか分かりますか」
お地蔵様は「むむ」とうなり、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「何かに紛れているのか。あまり気配を探れませんね」
そう言ってから、お地蔵様はちょっと首を傾げて「はて、今、あなたは蛇の物の怪と言いましたか?」と反対にミツルギへ尋ねてきた。
「は、はい」
「それは確かですか」
「はい。わしの神使が、そう申しておりました。蛇に似た物の怪だと」
「そうであれば、雨や水に紛れているのかもしれません。蛇は水とよく馴染みます。この雨が上がれば、気配が分かりやすくなるかもしれません」
ミツルギは空を見上げたが、雨は止みそうにない。今日一日中降り続きそうだ。
「しかし、あまり待つことはできません。龍神が心配なのです。もし、その物の怪に危害を加えられていたらと思うと」
ミツルギはうつむく。
「わしは龍神に、物の怪の噂について伝えました。お地蔵様から聞いた、人が消え、神が消えるという噂も。それを聞いて、調べてみると言ってくれたのが3日前なのです」
「その龍神が行方知らずになったと」
「はい」
石のように黙ってしまったお地蔵様へ、ミツルギは「お地蔵様の力でもどうにかなりませぬか」と縋った。
自分は神のくせにこうして他者に縋ることしかできないのかと、ミツルギは自分を情けなく思ったが、そうする以外に、ボロボロになりながら、頼ってきてくれた白花の願いを、聞き届ける術がなかった。
「私の力にも限界があります」
お地蔵様は困ったようだった。
「私にできることは、悪しきものの到来を察知し、そのものよりこの土地を守ること。しかし、守ると言っても私にできることは、邪気を祓い、土地を清め、物の怪がこの地より去るように仕向けることだけです。この雨をどうにかすることもできません。雨の中、蛇の物の怪の気配を探ることも困難です。物の怪を打ち倒すこともできません」
あまり長く話すことをしないお地蔵様が、こんなに長いこと話すのを聞くのはミツルギにとって初めてだった。ひょっとして怒らせたかと、内心冷や汗をかいたが、お地蔵様は最後にこう締め括った。
「今の私にできるのは、私以外の誰に頼るべきかを教えることだけです」
「それは一体」
「水を司る者であれば、きっとこの雨の中でも気配を探れるでしょう。龍神も水神です。彼は、水神であるからこそ、蛇の物の怪に近づきすぎたのかもしれませんね」
「では、つまり他の水神であれば、わかるやもと?」
「はい」
お地蔵様は「水神のお知り合いは、他にありませんか」とミツルギへ尋ねた。
ミツルギは知り合いの神の顔を何柱か思い浮かべたが、水神はいない。そもそも、ミツルギはそんなに交友関係は広くないため、片手の指を全部使わなくても数えられるくらいしか、親しくしている神はいない。流浪の旅の道中も、積極的に他の神と関わってこなかった。
「水神......水神......」
唸っていると、天啓のようにある神のことが浮かび上がった。なぜすぐ出てこなかったのだろう。最近知り合いになった神が、一柱いたではないか。
「ミヅハ、ミヅハ殿じゃ!罔象女神だと名乗っておった!」
ミツルギは空に向かって叫んだ。
罔象女神というのは、古事記や日本書紀にも名のある有名な神様だ。そして、その出自から水神だと古来より崇められてきた神様でもある。
「お地蔵様!かたじけない!かたじけない!」
ミツルギは一気に展望が見えてきた。何度も謝意を表す言葉を連呼し、大急ぎで地蔵堂を辞した。
お地蔵様はミツルギをにこにこと見送りながら、曇り空を見上げた。
「ああ、このまま優しげな雨であれば良いが」




