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第27話 ミツルギ、雨の音に微睡む

 しとしとと雨のそぼ降る日だった。


 5月も下旬。梅雨にはまだ一足早いが、ミツルギはもうそんな季節かと、本殿の軒下から曇り空を見上げる。


 兎山とやま神社の鳥居のそばには、紫陽花あじさいが植えられているが、まだ蕾のまま開花は迎えていない。あと一、二週間もすれば、雨に映える鮮やかな花を咲かせるだろう。


 すでに、龍神へ物の怪の話をしに行ってから、早三日が経過している。龍神の方からはとくに音沙汰はない。クロも落ち着いており、出ていく様子はなかった。


 その間に、ミツルギは白花から借りた紙と筆で文を書き、本宮の八幡神宛に文を出している。まだ返事は来ないが、このまま物の怪騒動が収まり、神器探しの方に集中できれば良いのだが。


 柔らかな雨の音を聞きながら、ミツルギは思索にふける。ちょうど軒下で、雨に濡れるのを防ぐことのできる廻縁でまどろみむのが、ミツルギは昔から好きである。


 雨の音も、昔から好きなものの一つだ。これは恵みの雨。大地に恵みを、人々に豊作を約束する、恵みの雨だからだ。その音は優しく、慈愛に満ち、どこか心を落ち着かせる。


「ミツルギ様」


 リラックスしていたところを急に呼びかけられて、ミツルギは飛び上がった。しかし、周囲に誰もいない。一瞬クロかと思ったが、クロの声でもなかった。


「誰じゃ!?」


「私です。白花です」


「白花!?」


 そう言われても、やはり誰もいない。目に映るのは無人の境内と雨に打たれる鎮守の森だけ。


「ミツルギ様、下を見てください」


 切羽詰まった白花の声に導かれて、ミツルギは廻縁から顔を出して下を見た。そこには、真っ白な蛇がいて、顔をこちらに向けていた。水を弾いた鱗が艶めいている。


「そなた」


 白蛇からは、かすかだが龍神の神威が感じ取れた。


「白花か?なぜ蛇の姿に!?」


 白花の正体が白蛇であることは知っていたが、実際にその姿を見たのは初めてだった。


 鳥獣は神使となる際、神より神威を授かり、言葉と知性、そして人の姿を手に入れる。慣れてくれば、知性を持ったまま元の鳥獣の形態に戻ることも可能だが、人の姿の方が何かと便利なので、それをする神使はあまりいない。


 白花も例に漏れず、常に人の姿を保っていたのだが、今日は一体どうしたことだろう。しかも、彼女の身に宿る龍神の神威が弱々しいことも、ミツルギに嫌な予感を想起させた。


「ミツルギ様、お助けください。主様が、主様が......」


白花の頭が、地に落ちる。ミツルギは欄干を飛び越えて、地面に降りた。白花を手の平に乗せてやる。


「そなた、具合が悪いのか」


「私よりも、主様が」


「龍神の身になにかあったのか」


 神の身に何かあれば、それは神使にも影響を及ぼす。白花が弱っていること、そして白花の身に宿る龍神の神威が目に見えて衰えていることを考えると、龍神に重大なことが起こったのは明白だった。


 白蛇は、ミツルギの手の上で弱々しく告げた。


「帰って、こないのです。一昨日から、ずっと。私、探したんです。でも、だんだん主様の気配が感じられなくなってきて......私も、人の姿が取れなくなって。ミツルギ様に、お縋りするしか、ないと」


 梅瀧神社から兎山神社までは、人の足で歩いてもかなり距離がある。その道を、まさかこの蛇の姿で来たのだろうか。白く清らかに見えた鱗も、よく見るとあちこち剥がれ、血が滲んでいる。


 雨に打たれるのは良くないと思い、ミツルギは白花を手で包み込み、本殿の中へ連れいった。


 本殿には、物の怪の姿のクロがいる。


「クロ、そなたは白花を頼む」


 ミツルギは有無を言わさず、白花をクロの手へ持たせた。クロはびっくりして固まっている。ぐったりした白蛇を、どうしたらいいか分からず、固まったまま見下ろしているようだ。


「しらはな?」


「弱っており、人の姿になれないらしい。そばについて、温めてやってくれ。わしは龍神を探しにいく」


 ミツルギは外に出かけたが、「あ」と振り返った。


「クロ、物の怪の気配は、どうじゃ。近いか」


 龍神は物の怪について調べてみると言っていた。それから数日後、行方不明になったのなら、物の怪と関連していない方がおかしい。


「それが、ここ最近よく分かりません。どこかに隠れてしまったみたいで」


「そうか」 


 クロも分からないのなら、あとはお地蔵様に聞くしかない。


「わしはお地蔵様のところへ出かけてくる。すぐ戻る」


「主様、危険なことは、どうかおやめください」


「わかっておる」


 ミツルギは、クロを安心させようと微笑んだ。


「自分の身の程は弁えておる」


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