第26話 ミツルギ、龍神の心を知る
「人が消え、神が消える?」
お地蔵様へさらなる説明を求めたが、お地蔵様は「それ以上詳しくは分かりません」と告げた。
「ただ、この土地で悪さをするのであれば、私も黙ってみているつもりはありません」
お地蔵様の珍しく険しい表情を見て、ミツルギはことの深刻さに慄いた。
そのような恐ろしい相手を、クロは1人で引き受けていたのか。
「お地蔵様、貴重な情報をかたじけない。わしも対応を考えてみる」
礼を言い、ミツルギは地蔵堂を後にした。
その後神社へ戻ったが、クロの姿はない。
不安なまま日没を迎えた頃、ようやくクロが帰ってきた。クロは、小さいが怪我を負っている。無事追い払えたようだったが、おそらくまた蛇の物の怪はやって来る。
「クロ、奴はまた強くなっておったか」
クロは頷いた。ミツルギは続ける。
「お地蔵様にも話を聞いてきた。やはり、お地蔵様が察知されておる物の怪と、そなたが相手にしている物の怪は同じ物の怪じゃ。そやつは、よく分からぬが、こう噂されておるらしい。人が消え、神も消えると。心当たりはあるか」
「わかりません。ですが、あれが力を増していることと、何か関係があるのかもしれません」
これ以上会話を重ねても、新たな情報は得られそうになかった。
ミツルギはクロと話を切り上げ、気が進まなかったが、明日、龍神にもこのことを伝えることに決めた。神器探しよりも、今はこちらが急務だ。だが、本宮の八幡神宛に文だけは出しておきたかった。
クロの社会勉強のために、近くの八幡神社から本宮へ橋渡しをしてもらう路線で考えていたが、此度の物の怪騒動も持ち上がった状況で、十月までに神器を見つけなければならないとなればそんな悠長なことはできない。
ミツルギは考え直し、自ら本宮へ文を出すことに決めた。と言っても紙と筆がないので、まずは明日、龍神の社を尋ねた際に、白花に事情を話して紙と筆を借りるところから始めなければならないだろう。
*
「物の怪?」
龍神は、本殿の廻縁で頬杖をつき寝転んだ格好で、ミツルギの話を聞いていた。
今この場に、クロは連れてきていない。
今日はクロを留守番させ、朝早く、ミツルギ1人で梅瀧神社を尋ねてきたのだ。
そばには龍神の神使である白花が、会話には参加せずに控えている。
「そうじゃ。今はクロが追い払っておるが、いつこの土地に入り込んでもおかしくはない。さらに、お地蔵様の話によれば、その物の怪には、人が消え、神が消えるという不気味な噂が付き纏っているという。そなたは強い。万が一のことあらば」
「俺にその物の怪を退治せよと」
龍神は、廻縁の下で自分を見上げているミツルギを見下ろした。
「言われなくとも、我が土地と氏子を傷つけるものは排除する。だが、お前は武神だろう。武神が水神に物の怪退治を頼み込むとは面妖よ。本来であれば、これはお前の仕事」
「主様!」
途中で白花に叱りつけられるように呼ばれ、龍神は「あー、そうだな。お前は武神と言っても、いきなり武神にさせられたんだったな」と言い直した。
龍神はだらしない姿勢から身を起こして、あぐらをかいた。
「その物の怪については、以前から俺も察知していた」
「なに!そうなのか」
「逆に気づいていなかったお前に、俺は驚いている」
「ぐぬぬ」
ミツルギは歯を食いしばる。悔しいが言い返せない。
「ど、どうやったらそういうことに気づけるのじゃ」
「そんなもの知らん。神によるだろう。俺は水神だから川の水が教えてくれるが、水神でないお前にこの手は使えないだろう。武神であるなら、もっとそういう方向に能力を伸ばすべきだな。まあ、せいぜい足掻け」
龍神は意地悪そうにニヤリと笑う。
「主様、言い方!」
白花に横からすごい剣幕で怒鳴られ、さすがに龍神もその意地悪そうな笑みを引っ込めた。
「とにかく、その物の怪についてはそんなに心配する必要はない。小物だ」
「なぜそう言い切れる」
「それほど強い邪気は感じないし、動きも遅い。それに、お前のところの物の怪はそいつのことを蛇みたいだと言ったのだろう?人の姿をとることも出来なさそうだし、下級ではないにしろ、せいぜい中級程度の実力だろう。そして、他所の土地の神々から警告を発する連絡がない。神が気に留めなければならないほどの存在ではないということだ」
「しかし、神が消えると、噂にあるぞ。消えたからこそ、連絡がないのでは」
龍神は黙った。珍しくミツルギの意見を聞き入れ、考えているようだ。
「人が消えるというのは、物の怪がよく好んで起こす手だが、神、か」
顎に手を当て、龍神は呟いた。
「その噂が本当なら、あまり侮るのもよくないかもしれないな」
龍神は、視線をミツルギに向ける。
「俺も、もう少し警戒を引き上げよう。新たな情報、礼を言うぞ」
そう言い放ち、龍神は颯爽と立ち上がった。後頭部の高い位置で結えても尚、腰の辺りまで届くほどの長い髪が、風に靡いて煙のように揺らいだ。
「俺はその物の怪について調べてみる。ミツルギ、お前はなにもするなよ。足手纏いになる」
龍神はそれだけ言って、床を踏み鳴らしながら
本殿の中へ入ってしまった。
ミツルギはどっと肩の力が抜ける。
「はあ、驚いた。あやつがわしに礼を言うなんぞ、天地がひっくり返らん限りないかと思っておったのに。しかし、やはり龍神は龍神じゃな。最後の一言が余計じゃ!」
足手纏いという言葉にミツルギは腹を立てた。だが、事実そうなので言い返せなかったが。
「すみません、うちの主様がまた失礼なことを」
ずっとそばで控えてくれていた白花が頭を下げて謝る。ミツルギは「やめよ、そなたが謝るな」と言って、慌てて白花の頭を上げさせた。ミツルギも、うっかり白花の前で龍神の悪口を言ってしまったことに思い至り、気まずくなる。
「わしが不甲斐ないから、龍神は苛ついてあのようなことを言うのじゃ。わしが立派な神であれば、龍神もあんなことは言わぬはずじゃから」
自分で言いながら、ミツルギは己が悲しくなってくる。
せっかく神社が再興され、新しくなったのに、自分自身はなにも新しくなっていない。以前のままだ。廃神社で朽ちるように過ごしていた日々の自分と。そして、廃神社を捨て、放浪していた日々の自分と。
人々に願われ、再び丁重に祀られたはずなのに、その人々に対し、自分は何かしてやれただろうか。
お喋りなミツルギが、自嘲してから突然黙ってしまったから、白花は心配したのだろう。
「ミツルギ様?」と、少し腰を落としてミツルギの顔を伺う。
「ミツルギ様は、不甲斐ない神様ではありませんよ」
「これ、白花」
ミツルギは力なく笑った。
「さすがに、わしも世辞を言われるとわかる」
「世辞ではありません。私は、良い嘘も、悪い嘘もつきません。私の申し上げることは、全て本音でございます」
白花の眼差しは、秋の空のように澄んでいる。ミツルギはその眼差しを見つめ返した。
「ミツルギ様は、土地と氏子を慈しむお優しくて懐の深い、立派な神様です。氏子のために、血を吐くような思いをされたことがあることも、私は知っています」
白花は「それに、ここだけの話ですが」と声をひそめた。
「主様も、ミツルギ様のこと、お認めになっているんですよ」
「それはさすがに嘘じゃ」
ミツルギはへらっと笑ったが、白花は真剣だ。
「ミツルギ様のお社が再興されたと聞いた時の、主様の顔、私、見てました。とっても、嬉しそうな顔をしていたんですよ。いつもツンツンしたお顔なのに、あの時だけは、笑ってらっしゃった。ミツルギ様のことを、祝福しておいででした」
白花は大切な思い出に触れるように、胸に手を当てる。今度はミツルギも、「嘘じゃろう」とは言わなかった。




