第25話 ミツルギ、クロを問いただす
クロの突然の行動にミツルギは目を丸くした。八幡神の社へ今から行くつもりなのだろうか。しかし、まだ場所も教えていない。それとも。
前々から気に掛かっていたことが、頭によぎった。これは、それについて問いただす、絶好の機会ではないのか。
「待て」
ミツルギはクロの手首を掴んだ。
「理由を言え。そなた、以前からも黙って出かけておるじゃろ。しかもその度に新しい傷を拵えておる。あえて聞かずにいたが、わしは気づいておるぞ」
珍しく語気を強めたミツルギを、クロは黙ったまま見下ろした。
これが、ミツルギが以前から気にかけていたこ
とだ。高天原から召喚状が届くまでの間も、クロは何度か黙って出かけている。大抵は夜や日暮の時刻が多い。クロと四六時中一緒にいるわけでもないし、神使にもプライベートはあることだからと、目を瞑っていたが、帰るたびに傷を作っていることについて気になっていた。
それに、クロが初めて正体を明かした時も同じだった。あの時も、クロは突然去り、そして怪我をして戻ってきた。
今回も、ちょうど日暮だ。ミツルギと話をしていた途中だからか、さすがに無言で出て行こうとはしなかったが、ふらりと出ていく様子が同じだ。
黙ったままのクロの反応を見て、ミツルギは聞き方を変える。
「八幡神のところへ行くのか?そなた、場所が分かるのか」
「違います。私は」
クロは口をつぐんだ。
ミツルギは、辛抱して言葉の続き待つ。
クロは顔を俯かせ、逡巡しているようだ。
「わた、私は。その。あれを、追い払おうと。でも、しつこくて」
「追い払う?何を追い払うのじゃ」
「私が、連れて来てしまったものです」
ミツルギはあまり辛抱強い方ではない。要領を得ないクロの言い方についつい突っ込んでしまう。
「じゃから、それはなんじゃ」
「私と同じ者。物の怪です」
「なっ」
ミツルギはしばし絶句した。
「ち、近くに、おるのか」
なんとかそれだけ尋ねると、クロは頷く。
「追い払っても、また入ってきます。どんどん近くに」
ミツルギはギョッとしてクロから手を離した。
「そなたは、それを追い払うために怪我を?」
「はい」
「なぜ、黙っておった」
クロは「すみません」と謝る。
「謝られても分からん、答えよ」
「あれは、多分私が呼び寄せてしまったからです。私のせいです。だから、本当のことを言えば、追い出されると思いました」
「そんな心配はせんでよい。それよりも、その物の怪はそなたでも敵わぬのか。強いのか」
物の怪は人の姿に近いほど力が強い。ほとんど人と変わらない見た目をしているクロが、追い払うくらいしかできないとなれば、相当力のある物の怪ということになる。
「強いです。最初はそんなに強くなかったけれど、あれはどんどん力をつけています。追い払うたび、強く」
「初めて会ったとき、そなたはボロボロであったが、それもその物の怪のせいか」
クロは、今度は首を横に振った。
「あれは、ただ、他のカラスにいじめられて」
そこも詳しく聞きたかったが、ミツルギは物の怪の方へ話を集中させることにした。
「それはどんな物の怪じゃ。どんな姿をしておる」
「あれは、蛇のような姿をしています」
「蛇......」
ミツルギは腕を組んで考え込んだ。
「クロ、そなたは行って良い。しかし、身を危険に晒す真似はするでないぞ」
ミツルギはクロの横を通り抜け、自らも外へ出た。
「主様はどちらへ?」
「わしは地蔵さまの元へ行く。聞きたいことがある」
以前、クロのためにお供え物を分けにもらいに行った時、お地蔵さまは気になることを言っていた。
この土地に、何かが入ってきていると。
クロの正体が判明した時に、てっきり地蔵はクロのことを言っているのかと思っていたが、ひょっとすると蛇の物の怪のことを言っていたのかもしれない。
クロと別れて神社を出たミツルギは、日没の迫る中、地蔵の元へ急いだ。
歩いて歩いてようやく地蔵堂が見えてくると、小走りになって駆けつける。地蔵の元へ行くのは、クロのためにお供え物を分けてくれたことの礼をした時以来だ。
「お地蔵さま!」
駆け寄ると、お地蔵さまは「おやおや、そんなに急いでどうしたのです」とふくふくと笑った。
ミツルギは乱れた呼吸を整えてから、単刀直入に尋ねる。
「少し前のことですが、以前この土地に何かが入ってきていると、おっしゃられておりましたが、今も、その者の気配は感じますじゃろうか」
ミツルギの真剣な声に、地蔵もいつも微笑んでいるような顔をやや引き締めた。
「感じます。近頃は、近づいたり、離れたりを繰り返しているようですね」
クロと言っていることが一致している。やはり、以前からお地蔵様が言っていたのは、クロのことではなかったのだ。
「以前、あなたに話したときは、もっと遠くにいたので、悪しき者かそうでないか分からなかったのですが」
お地蔵様は眉を八の字にする。
「あれは、悪しき者で間違いありません。鳥たちが噂の種を運んできます。人が消え、神が消えると」




