第23話 ミツルギ、龍神の社へ行く
ミツルギとクロは、龍神の社の前に立っていた。
2人の目前には朱塗りの鳥居が立ち、その奥に手水舎、社務所、流造の拝殿が見える。さらに奥に見える屋根は本殿だろう。本殿の奥には原生林が広がっている。ミツルギの神社は朱塗りではないため、こちらの方が随分と色合いが華やかに見える。
鳥居の額に掲げられた神社名は、「梅瀧神社」
この辺りでは最も名のある神社として通っている。
街中の神社ということもあってか、敷地内は白い石畳が敷かれ、落ち葉や塵もなく、清潔に掃き清められている。これだけでも、常に人がおり、管理が行き届いていることが分かる。ミツルギの神社も人の管理がされていない訳ではないのだが、やはり常時人がいるのといないのとでは、変わってくる。
ちなみに、梅瀧神社の祭神のことを、ミツルギは龍神と呼んでいるが、正式な名は別にある。高龗神だ。元は、シンプルに「龍神様」として祀られていたのだが、大正時代の頃に京都の貴船神社より、高龗神が勧請され、今の名となった。
ミツルギが物の怪姿のクロを連れて鳥居の下を通ろうとした時、「まあ、こんにちは」と柔らかな少女の声と共に、赤と白の巫女装束を着た少女が出迎えに現れた。
見た目で言えばミツルギより少し年上の、16、7歳頃の娘である。長い黒髪を丁寧に梳かし、背中に流している。顔立ちは快活としており、目が大きく、大変可愛らしい。
彼女の顔を見て、ミツルギは「息災であったか」と顔を綻ばせる。
娘は「こちらこそ」と言って、「ようこそおいでくださいました」と、ミツルギへ小さく会釈する。
「ミツルギ様がお戻りになったと聞き、主様と共にご挨拶に伺いたかったのですが、なかなか機会に恵まれず。主様は、もう何度かお邪魔しているとは思うのですが」
「ああ、あやつはしょっちゅうわしのところに来ておるぞ」
娘の視線が、ミツルギの隣に立つクロの方へ引っ張られるように動いた。その目に一瞬恐怖の色が浮かぶ。ミツルギは慌ててクロのことを彼女
へ紹介した。
「龍神から聞いているかもしれぬが、わしの神使のクロじゃ」
厳密に言うと神使にした覚えはないのだが、ミツルギの神威が宿っているようなので、面倒でその説明は省いた。
「クロ、この子は白花。龍神の神使じゃ。そなたの先輩じゃぞ」
クロは「こんにちは」と言って、先ほど白花がしたように会釈する。
クロを見て、白花は当初恐れるような表情を浮かべていたが、礼儀正しい態度に安心したのか、「はい、こんにちは」と彼女も挨拶を交わした。
「先輩と言っても、私より立派な神使はたくさんおりますから、あんまり参考にしないでくださいね」
へへ、と白花は照れたように笑う。
ミツルギはこの神使のことが大好きだ。あの態度の大きい龍神には勿体無いくらい優しい子である。
「白花、今、龍神はおるかの」
「はい、いらっしゃいます。さあ、どうぞ」
白花に促され、ミツルギとクロは梅瀧神社の鳥居を潜った。
参道を歩いている途中、何人もの参拝者の姿が目に入る。社務所でお守りを購入したり、御朱印を書いてもらっていたり、拝殿では御祈祷をしてもらっている男女も居る。
クロは珍しいらしく、それを興味深げに眺めている。そのまま突っ立って観察を始めそうだったので、ミツルギはクロの着物の裾を引っ張って無理やり歩かせた。
白花は境内にある大きな御神木のところまで来ると、頭上を見上げる。御神木の上からは、風に乗ってほのかに龍笛の音が流れてくる。
「主様、ミツルギ様とクロ様がいらっしゃいましたよ」
笛の音が、不意に鳴り止んだ。
笛の音が鳴っていた箇所に目を向けると、御神木の枝に腰掛けている龍神を見つけた。
手に笛を持ち、枝の上からミツルギ達を見下ろした龍神は、「何の用だ」と話しかけてくる。そしていつもの小言や文句も忘れない。
「お前、その物の怪紛いの神使まで連れてきたのか。俺の神社に」
とてつもなく不快な顔をされたが、出ていけとまでは言われなかったので、ギリギリ許容範囲なのだろうと考え、ミツルギは特にそれに対しては何も言わなかった。
龍神は面倒くさそうではあったが、一応、木から降りてきてくれた。ふよふよとゆっくり下降し、自分の頭が皆の中で一番高くなる位置で止まる。
今日の龍神の装束は色合いがいつもと異なり、
白い水干はいつもと同じだが、水干の下に履いている袴は、緋色だ。 白花と並ぶとお揃いの服を着た姉弟のようで微笑ましい。
龍神はクロを睨み据えると、「おい、物の怪神使」と珍しく話しかけた。
「俺の神社に厄介事を持ち込むなよ」
「そんなことはせん」
ミツルギは龍神から庇うようにクロの前に立つ。
「ただし、わしの神器について知っていることがあれば教えてほしい。今日はその件で参った」
「お前の神器?」
「そうじゃ。恥ずかしい話、わしは自分の神器をいつなくしたのか、そしてそれがどんな形であったのか、覚えておらんのじゃ」
「忘れた?」
龍神は眉尻を上げる。
「ハッ、さすがだな」
その小馬鹿にした態度にはさすがにムッとしたが、ミツルギはこらえる。
「とにかく、何か知っていることがあれば教えてほしい」
「俺は手を貸さんぞ」
龍神は腕を組んで、きっぱりと言い放つ。
「高天原での件、俺は納得していない。だからと言って邪魔だてするつもりはないが、手を貸すつもりもない。お前も、少しは躊躇しないのか。高天原にお前らのことを告げ口したのは俺だというのに」
「それは、そなたくらいしか頼りにするものが」
言っている途中で情けなくなってきて、ミツルギは口をつぐんだ。
龍神は「はっ」とまた短く笑った。
「そもそも、お前が聞きに来るのは筋違いだろう。神器を探すのは、そこの神使の役目だ。聞くとすれば、その神使の口から俺に聞くべきだったな。まあ、どっちにしろ俺は何も教えないが」
白花、と龍神は自分の神使の名を呼ぶ。
「話は終わった。鳥居のところまで見送ってやれ」
「主様......」
「なんだ」
白花の形の良い眉尻が、キリリと上へ上がっている。まもなく、彼女の口から語気を荒げた言葉が放たれる。
「主様は意地悪です。知らないなら、知らない。知っているのなら教える。どうしてこんな簡単なことができないのですか!」
「お前、俺に口答えするのか」
「口答えではありません。説教です!」
「神に説教などいらん」
「神を導くのもまた神使の役目です!」
急に喧嘩が始まり、ミツルギは狼狽えた。だが、この主従は昔からこの調子であったことを思い出す。偉そうな態度で、すぐ余計なことを言う龍神へ、白花はいつも、幼い弟を叱る姉のように、物事の道理を説くのである。ちなみに、それで龍神が白花の言うことを聞いたことはほとんどない。今回もあまり期待しない方が良いだろう。残念だが仕方がない。
「あー、わしは帰るぞ。見送りはいらんから、どうぞお構いなく」
ミツルギは身内同士の喧嘩に巻き込まれたくないので、クロを引っ張ってそっと2人から離れようとした。
ところが、「ミツルギ様!」と白花に呼び止められる。構わずクロを引っ張って御神木から離れた。しばらくすると、龍神もどこかへ行ってしまったのか、背後から「龍神様!」と白花が呼び止める声がまた聞こえてきた。
それからすぐ、こちらへ足音が近づいてくる。振り向かなくてもわかる。白花だ。
白花はミツルギを追い抜くと、回り込んだ。それから「うちの主様がすみません!」と頭を深く下げる。
「とんだ失礼を」
「いや、よいよい。わしが龍神の心情をちゃんと汲み取れてなかった。わしのせいじゃ」
「ミツルギ様のせいではありません。ですが、主様は何が何でもお答えになりたくないと。もうこうなれば、私がお答えするより他ありません」
白花は顔を上げた。
確かに、白花も龍神ほどではないが長い付き合いだ。彼女もミツルギの神器を知っていておかしくない。
「いや、しかしこれがバレたらそなたが龍神に叱られるのではないのか」
「ご心配には及びません」
白花はバン、と手を自身の胸元に叩きつける。
「だって、お前は何も話すなよ、とは一言も言わ
れておりまけんから」
「そ、そうか」
ミツルギは白花の気迫に気圧されそうになる。
白花は、ちらとクロの方を見て、「しかし、神器を探さなくてはならないのは、クロ様だそうですね」と尋ねてきた。
「そうじゃ。クロは、主人のために神器を見つけ出すという善行を積まなければいけないことになってしまってな」
「であれば、神使同士の情報共有ということでいきましょう。クロ様」
白花は、クロの方を見た。
「ミツルギ様の神器について、私が知っていることをお話ししましょう」
「お願いします」
ミツルギは新鮮な気持ちでクロを眺めた。クロがミツルギ以外とちゃんと会話したのを見るのは、初めてかもしれない。
「ミツルギ様の神器は、剣でした。真っ白な剣です。ミツルギ様の御髪のごとく、真っ白な剣です」
「剣......」
「はい。しかし、残念ながらいつ失くされたのかまでは、私は知りません。主様であれば、もっと詳しく知っているとは思うのですが、私が知っているのはこれだけです」
「わかりました。ありがとうございます」
クロは、白花へ礼を言った。
ミツルギ自身は、剣と言われてもピンとこなかった。




