第22話 ミツルギ、謎に囲まれる
「自分の神器が何か忘れるって、そんなことって、あるのか」
「フツーはないじゃろうな」
ミツルギはむぎゅっと眉間に皺を寄せる。
「なぜ、ど忘れしておるのか、わしにも分からぬ。それに」
ミツルギはまだ鳥居の上にいるクロを見上げた。
「クロもあの調子じゃ。これでは出雲の神議りでの進捗報告は、惨憺たることになりそうじゃな」
紅天は後ろで腕を組んで、「あーあ」と声をあげる。
「あたしはあんたが神様界で不利にならない程度に見守っておけと言われてんだ。だから今回、助け舟でも出してやろうと思ったんだが、肝心の神器の手がかりを、持ち主本人が知らないんじゃな。どうしようもない」
「わしが不利にならないように?」
ミツルギはますます気になった。
一体紅天の背後にいるのは何者で、何が目的なのか。だが、彼女はその名を明かす気はさらさらないらしい。いずれ知る時は来るのだろうか。
「まあ、今回私が助けられることはなさそうだ」
紅天は諦めたようで、両腕を空に上げ、背伸びをしながら言った。彼女が動くたびに、纏った極彩色の装飾品が音を立て、キラキラと瞬く。
「もう行くのか」
紅天が飛び立つ気配を察してミツルギが尋ねると、紅天は「ああ」と頷く。
「気が向いたらまた来る」
「気が向いたらとは......わしを見張らなくて良いのか、そなた」
「言ったろ、あたしも暇じゃないって。じゃあな」
紅天は来る時も突然だが、去る時も突然だ。まさに稲妻のような速度で空へ駆け上がり、黒雲と共に空の彼方へ飛んで行く。
文字通り嵐のような女だ。あんなに派手で目立つ者に、見張りの仕事を与えるなど、よほど人員に恵まれていないのだろうか、とミツルギは正体すら分からない、その者のことを少しだけ心配した。本当に少しだけ。
鎮火したものの黒焦げになった木から目を逸らし、再び晴れ渡った空を見上げる。それからミツルギは、鳥居の上にいるクロへ声をかけた。
「クロよ、この間はちと言いすぎた。わしに話しかけても良い故、そう頑なになるな」
クロは、くるりと顔をこちらに向けた。ふさふさの札の中から嘴だけニョッキリ生えた格好はなんとも珍妙だが、ミツルギもさすがにもう慣れている。
「ほれ、こよ」
右腕を差し出してやると、クロは翼を広げて滑空してきた。枝にとまる要領でミツルギの腕に止まるが、爪で傷つけないよう配慮された力加減が伝わってくる。
「わかったか。わしはまたそなたと話がしたいのじゃ。いつまでも黙っておられては、たまらん」
艶々とした嘴を指で軽く撫でてやると、クロはその指へ擦り寄るような仕草をする。まだ、物の怪だとは知らずに接していた頃のようだ。可愛らしく思ったが、物の怪としての姿は、人の青年の姿であるため、そこを考えるとちょっと気色悪いような気もする。人の姿でこんなことをされたらおそらく突き飛ばしているだろう。
ミツルギは指を引っ込めて、口調を真面目なものに変えた。
「とりあえず、今後のことについてそなたと話したい。高天原でのこと、そなたも聞いていたであろう。そなたは、わしの神器を探さねばならん。しかし、神器の手がかりをわしは知らぬ」
クロは、両翼を軽く広げてミツルギの腕から飛び降りた。地面に足をつけた途端、一瞬で姿を有翼の人の姿へと変化させる。
久しぶりにクロの物の怪としての姿を見て、ミツルギは改めて、この姿のまま審問の場に連れて行かなくて良かったとホッとした。人の姿に近いほど、物の怪の力は強いとされる。翼以外、ほぼ人と変わらぬ姿のクロをあの審問の場に出していれば、危険と判断されて即刻処分になっていたかもしれない。
クロは十数枚の札で覆われた顔をミツルギへ向けて尋ねた。
「なぜ、神器のことを知らぬのですか」
「それは分からん。忘れたと言えばそれまでなのじゃが、普通忘れるようなことではない。わしにとっても謎じゃ。紅天も、紅天の背後にいる者も謎じゃ。謎だらけじゃ!」
話しているとだんだん興奮してきて、ミツルギの鼻息は荒くなる。
「謎が多すぎる!ここ最近、異常に謎が多いぞ」
「獲物がたくさんいる時は、一つずつ仕留めるのが良いですよ」
しれっと不穏な単語を並べたクロにミツルギはちょっとギョッとした。
「獲物とか仕留めるとか、そんな物騒な言葉を並べるでない。神使はそのような言葉は使わぬ」
「すみません」
クロは見るからにしゅんとした。表情は札で隠れて見えないが、口調や息遣い、仕草から、それくらいのことは、ミツルギにも読み取れるように
なってきた。
「じゃが、例えはともかく、言っていることは理にかなっておると思う。わしは今、謎に取り囲まれておって、どうすれば良いんじゃと思っておったが、一気に相手するのではなく、一つずつ相手にすれば良いのじゃな。クロはそういうことをわしに伝えたかったのであろう」
「はい。そのとおりです、主上」
「では、とにかく今最優先すべきはわしの神器じゃ。なぜ忘れているのかは、神器が見つかれば思い出すかもしれん。探すにあたって、わしは頼りにならんから、わし以外でわしの神器のことを知っている者に尋ねるしかあるまい。となると、古い知り合いとなる。それこそ、龍神とかな」
ミツルギはクロへ目配せした。
「行ってみるか、今から龍神の社へ」




