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第21話 ミツルギ、衝撃を受ける

 高天原での一件以来、クロはカラス姿のまま、鳴きもせずに毎日鳥居の上にとまっている。

 具合でも悪いのかと思ったが、毎朝元気に鳥居の上まで自分の翼で飛んでいっているから、そういうわけでもないのだろう。


「あやつ、まさかわしが話しかけるなと言った言葉を、まだ気にしておるのか?」


 数日前のことだ。牛車の中でクロに高天原のことを質問攻めにされたミツルギは、ちょっとクロに怒った。もう喋りたくない、話しかけるな!と。それを忠実に守っているのか、クロは全く話しかけてこない。


 ミツルギが声をかけても無反応だ。もしかしてただのカラスになってしまったのではないのかと心配になる程の徹底振りである。


 そんなある日の昼下がり。ミツルギが腕組みをして、鳥居の上で羽繕いしているクロを眺めていると、参拝客がやってきた。ミツルギは一目見るや、「おお!」と声をあげて拝殿へ駆け込む。


 人々は参拝する時、願い事を口には出さず、心でそっと唱えるだけだが、その心の言葉はきちんと神に届いている。


 参拝客は、この神社を犬の散歩コースに組み込んでいる初老の男性だ。この神社が建て替えられてからミツルギが出会った始めての参拝者でもある。いつもであれば、願い事ではなく、日頃の感謝のようなものを心の中で唱えて帰っていくのだが、今回はいつもと違った。


(最近、腹を壊しやすくなっておりまして。どうか、早く治りますように)


 拝殿の中でその声を聞き届けながら、ミツルギは懐から巾着袋を取り出した。紅天からもらったヘソのいっぱいつまった袋である。


 口を緩めてやると、すぐに一つのへそが飛び出してきて、拝殿の壁を透過し、男性の下腹部のあたりへ吸い込まれていった。


 実はここ最近、参拝者にへそを返すことがミツルギの日課となっている。


 最初にヘソを返した子供が広めたのか、ミツルギが祭神を務めるこの兎山神社は腹痛に効くともっぱらの評判らしい。そういうわけで、紅天にヘソを取られた近隣の住人たちが入れ替わり立ち替わりやってくるのである。おかげでお賽銭も増えまくりなのだが、ミツルギ自身は何もしてないので、ちょっとズルをしているよう気持ちで、複雑である。


 男性を見送った後、ミツルギは少し軽くなってきた巾着袋をふところへしまった。


 それからまた外へ出て、クロの様子を見に行く。すると、さっきまで明るかった空が、なぜかいやに暗い雲に覆われていた。


 はるか北方に目を向ければ、ミツルギの頭上の雲より、さらに黒さを増した雲が立ち込めている。その雲は内部から発光しているかのように雷光を発し、太鼓を鳴らすようなドロドロとした音を響かせる。それは猛然とした勢いでこちらに向かってくると、刹那の間にミツルギの目前まで迫り、そして地上に落ちた。


 ドオオオオン、バリバリと凄まじい轟音を発し、雷の直撃を受けた可哀想な木が一本、犠牲になる。


 ミツルギは「いやああああ!わしの社の木があ!!」と悲鳴をあげた。


 その木の下には、ほぼ裸体の赤い肌の女がいて、地面に膝をつく体勢から、すっと立ち上がる。


「紅天!!そなた、また、またもや」


 紅天が「おお」と言って手を振りかけてきた。

相変わらず、露出の激しすぎる格好をしている。


「久しぶりだな」


 炎を吹き上げる背後の木など意にも介さず、

紅天は鳥居の上にいるクロを親指で指し示してこちらに向かって歩いてきた。


「なあ、あいつ、なんか落ち込んでないか?」


「わしに叱られてからずっとそんな感じじゃ。って、そんなことよりそなた、またわしの社の木を燃やしおったな」


「あー、すまんな。わざとじゃないんだ」


 そう言って自分の頭をわしゃわしゃかき回している紅天からは、確かに悪意は感じない。だが、反省の色も見えない。


 ミツルギは木のことと紅天の態度を正すのは諦めた。ここでどれだけ言っても、燃えた木は元に戻らない。


「それで、何の用じゃ。......いや、むしろ用があるのはわしじゃったわ!」


 ミツルギは懐から巾着袋を取り出し、これを見よと紅天の鼻の先へ掲げようとした。身長は紅天の方がずっと高かったため、精一杯背伸びしたような格好に終わる。


「ああ、それな。活用できてるか」


「活用!?これをどう活用するんじゃ」


「どうって、ご利益稼ぎにもってこいだろ。さっきみたいに」


「さっきって」


 ミツルギは口をぱくぱくさせた。


 ミツルギがヘソを返し、腹痛を治したことを言っているのだろうか。


「こうなることを見込んで?」


「ああ、そうだ。あんたも気づいたんだろ。その中身の正体に」


 紅天はニヤリと笑って、巾着袋を指差す。


「その中身は、人間の腹の要石だ。ヘソに近い場所にあるから、ヘソって呼んでるけどな。要石かなめいしを取られると、腹が弱くなるんだ。個人差があるが、大抵、下痢とか胃もたれとかが起こりやすくなる」


「どうしてそんなものを集めとるんじゃ」


「どうしてって。綺麗だから?」


 確かに真珠みたいで綺麗だが、そんな理由で人の腹からヘソを取るとはミツルギには想像もつかない理屈である。


「まあ、あんたにあげたのは思いつきだよ。ここら一体の人間のヘソを取りまくったから、1人くらい腹が痛いと神様に泣き付きにくるだろと思ってさ。ま、あんたの神様としての仕事に色をつけてやったんだ。面白い喧嘩を見せてくれたお礼にな」


「ええ...」


「まあ、地道に返していきな。神様」


 紅天はミツルギを労るようにポンポンと肩を叩く。


「そなたが自分で返してまいれ」


 ミツルギは紅天の手に無理やり巾着袋をつかませようとしたが、「やだよ、めんどくさい」と言って振り払われた。


「それよか、私の用件を聞いてくれ」


 確かに、それも気になった。通りすがりに、結果的には喧嘩の仲裁をしてくれただけの関係でしかないこの紅天が、一体ミツルギに何の用があるのか。


「神器探し、心当たりはあんのか?」


 あまりに自然に聞かれたので「いや、それが全くないのじゃ」と答えてから、ミツルギは首を傾げた。


「む?なぜそなたがその件を知っておるのじゃ」


「あんたらのこと見張ってるからだよ」


 さらっと放たれた言葉の意味が、遅れて頭に伝わる。ミツルギはうろたえた。


「見張って!?どういうことじゃ。そなたただの通りすがりの雷様ではなかったのか?」 


 衝撃の言葉に、ミツルギは身を震わせる。


「いや、通り過がりは本当だよ。私だって暇じゃないからな。四六時中あんたを見張るのなんて無理だ。あの時は本当に通りすがりだったんだよ」


「なぜ、わしを見張るのじゃ!」


「見張ってこいって頼まれたからだな」


 紅天はめんどくさそうに髪の毛先をいじっている。


「誰にじゃ!」


「名は明かせない」


「な!なにぃ!気になるではないか」


 ミツルギは地団駄を踏んだ。


「まあ、落ち着けよ」


 紅天はミツルギの頭を片手でポスポスと軽く叩く。


「名は明かせないが、高天原の連中じゃない。また別のところのだ」


 紅天は視線を地面へ向ける。


「あと、あんたの敵じゃない。それに、見張るというか、見守ってるって言った方が近い。実際、守ってやったろ?あの恐ろしい龍神様からよ」


 確かにそれは事実だ。しかし、ミツルギにとっては受け入れ難いことだ。この裏表のなさそうな紅天が、何者かの命令でミツルギを見張っているなど。そもそも見張られるようなことをした覚えなどない。強いて挙げるとすれば、クロの一件だが、紅天の口振であれば、彼女は龍神がクロのことを高天原へ奏上する前からミツルギを見張っていたことになる。だから、クロの件は無関係なはずだ。


「とりあえずあたしのことより、あんたはあのカラスに神器を探させなきゃならないんだろ。曲がりなりにも高天原が決めたことだ。あんたとしちゃ従わなきゃならない。けど見たところ、なんも進展してないみたいだな。あいつに何か手がかりになりそうなことは話してるのか」


 あいつ、と言いながら紅天は顔を上げて鳥居の上にいるクロを示す。


 ミツルギは鳩が豆鉄砲を食ったようくらったのうな顔を慌てて繕った。


「手がかりも何も......わしは、自分の神器をいつ失くしたのか、そもそもどんな形をしておったのかすらも覚えておらぬ」


 これにはさすがの紅天も虚をつかれたようだ。


「それ本気で言ってるのか?」


「もちろん本気で言うておる」


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