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第20話 ミツルギ、仲直りする

 御簾の向こうの神は、「物の怪を神使にするなど、とんだ酔狂者よ」と言葉を続けた。


 その口ぶりからしてかなり尊大な性格なようだ。しかし、他の神々の反応からしても、かなり立場の強い神であるらしい。


「どうだ、皆の者。そこの物の怪を、この小さき神が立派な神使に育て上げることができるか、見たくはないか?それを見届けてから、どのような沙汰を下すか決めても遅くはない」


 それに対する返答はなかったが、反論する者もいない。それを「是」と受け取ったのか、尊大な口ぶりの神はミツルギへ話しかけた。


「どうだ。やってみるか」


「やる、やってみるぞ」


 ミツルギは提案に飛びついた。このまま何もせずに沙汰を待つのだけは嫌だった。


「わしが、こやつを立派な神使にしてみせる」


「ふむ」


 御簾の向こうから、パシッと扇子を素早く閉じる音が聞こえた。


「ただ、立派な神使にするというのはあまりに抽象的で具体性がないな。こうしよう。その物の怪に善行を積ませよ。ここに、お前に関するちょうど良い案件がある。まずは己が主にとって良き行いをさせるのだ」


 声の主は、御簾の向こうから紙をパラパラと捲るような音を立てた。


「此度の審問のため、お前の情報を集めさせたのだ。調べたところ、お前は随分前に神器を失っているらしいな。神器の紛失届が官司に提出されている」


「神器...?」


 ミツルギは思い出そうとした。


 神器は、神威の宿る特別な道具のことだ。大抵の場合、神器は持ち主である神の力をより強く引き出すことができる。そのような神器も、ミツルギもかつては持っていた。そのはずなのだが、確かに今は手元にない。手元にないどころか、それがどんな形をしていたのかも、はっきりと思い出せない。


「その喪失した神器を探し当て、神へ返す。これほど神使の冥利に尽きる善行はないであろう」


 尊大な声の持ち主は、人の意見を聞くということをしないらしく、どんどん話を進めてゆく。


「うむ、これで決まりだな。喪失した神器を探させるのだ。ただ、これは普通の神使にとっても並大抵のことではない。まあ、出雲の神議りの際、その進捗具合を聞くとしようか。話はまとまった。これにて閉廷!」


 今度こそ、神々は立ち上がったようだ。衣擦れの音が聞こえ、ミツルギが呆気に取られている間にどんどん神々の気配が消え、神使が立ち去り、後には、ミツルギを案内してきた神使だけが残った。


 その後、ミツルギは案内役の神使に促されるがまま帰路につき、気がつけば牛車に鏡の回廊まで送り届けられていた。


 牛車から降りて、そのままぼんやりと鏡の前に立ち尽くすしていると、「おい」と背後から声をかけられた。


 振り向けば、そこには高龗神もとい龍神が宙に浮いていた。会うのは、あの雨の日の喧嘩以来だ。


「なかなか愉快なことになったな」


 口ではそう言いながらも、龍神はあまり愉快そうな様子ではない。


「そなた、あの場におったのか」


「ああ。俺の奏上が元になった審問だったからな」


 龍神はミツルギの腕の中の黒い塊を見やると、ふん、と鼻を鳴らした、


「どうしたんだそいつ。この前見た時は人型だったのに。弱ってるのか」


「いや、これは道中わしに叱られたせいで拗ねてしまって」


「拗ねた?」


 龍神はぷっと吹き出した。


「まるで稚児ちごだな」


 自分だって見た目は稚児のくせに、と思ったが、ミツルギは口には出さないことにした。


「そいつにお前の神器探しができるのか、見ものだな」


「な、クロは、やればできる子じゃ!たぶん」


「ふうん、まあ、頑張るんだな」


 そう言って龍神は鏡へと近づく。


「あっ、待て」


 ミツルギは龍神が自分の神社へ帰ってしまう前に、慌てて声をかけた。


「ん?」


「その、この間はすまんかった。そなたに乱暴なことをしたし、嘘までついた。申し訳ない」


 そう言ってミツルギは頭を下げる。


 龍神は「もう怒ってない」とぶっきらぼうに告げた。


「正直、途中で乱入してきた妙な女のせいでかなり熱が冷めていたし、それに」


 龍神は振り向いて、クロを見ているようだった。


「少なくとも、そいつからは害意や敵意と言ったものは感じない。この間会った時もだ。俺に対しての敵意はあったようだが、あれは俺の方から敵意を剥き出しにしたのだから当然のことだ」


 しかし、と龍神は声を大きくしてミツルギを睨みつけた。


「所詮物の怪は物の怪。そいつに悪意がなくとも、結果的には厄災を招く可能性もある。お前は審問の場で、あの神に助け舟を出されたと思っているのかもしれないが、あの神はお前の身の安全など考えてはいない。そうでなければ、あんなことを自分の一存で、ああも簡単に決めたりしない。本当に酔狂なのはどちらだろうな」


 気をつけておけよ、そう言い残し、龍神は鏡の中へ吸い込まれていった。


 ミツルギは龍神の言われたことを自分なりに解釈してゆく。そして一つの結論に思い至った。


「あやつ...もしかして、わしの身を案じておったのか?それであんなに怒って...」


 可愛げがあるのやらないのやら。


「まあ、良い。とにかく、今日はもう疲れた。クロも疲れたであろう」


 話しかけるが、クロから反応はない。


「はあ、まーだ拗ねとるのか」


 今日の出来事で考えるべきことが山ほど増えたが、それは明日からにしよう。そう自分に言い聞かせ、ミツルギは鏡を覗き込んだ。

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