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第18話 ミツルギ、牛車に乗る

 ミヅハと別れ、クロと共に牛車に乗り込んだミツルギは、これからいよいよ審議の場に連れて行かれるのだという実感と共に緊張がこみ上げてきた。美しいミヅハと出会い、しばしの間浮世離れした気持ちになっていたが、一気に気分が現実に引き戻された。


 気を紛らわせようと、動き出した外の景色を、ミツルギは御簾を手の甲で持ち上げて眺めてみる。


 牛車は鏡の並ぶ回廊を抜けて、大きな通りへ出たようだ。身を乗り出して前方を見ると、山肌に懸けて作られた巨大な大社造の社群が見えた。太い杉の柱で支えられた高層の社群は絶景だ。緑の巨山を背負い、光り輝いているように見える。


 社群の中央の最も高い位置に聳えるのが、最高神の住む本宮と呼ばれる場所であることはミツルギも知っている。それに従うようにして建つ他の建造物群は、その全てが高天原及びミツルギのような国つ神の住む人の世・中つ国を統括する行政機関だ。おそらく、龍神が言っていた神使派遣サービスとやらも、あの社群の中の組織の取り組みの一環なのだろう。


 ミツルギの乗っている牛車は、ただの牛車ではない。天神の御使いである神牛の引く牛車である。しばらくは地面の上を行っていた牛車は、やがて浮上を始めた。神牛が呼び寄せたものか、牛車の周りに「すやりがすみ」と呼ばれる、独特の雲が現れる。 


 人の世の空には存在しない雲で、水平方向にたなびく霞のような雲だ。

この雲には触れているものを浮上させる力がある。稀に人が神の世界を垣間見ることがあるが、この雲を目にした者がいたのだろうか。いつの間にか、この特殊な形状の雲が人の世で雲を表現する絵画技法として定着し、「すやり霞」と呼ばれるようになった。雲に名前など付けない神々ではあったが、その名称を気に入り、高天原にしか存在しない特殊な雲のことを、その技法名で呼んでいる。


 すやり霞に取り巻かれて、牛車はどんどん高度を上げる。高度が上がると高天原の全景がより鮮やかに視界に広がった。高天原といえども、神々のおわす社があるだけの世界ではない。そこには山があり、里があり、田畑があり、街もある。かつての人の世と同じ姿をしているのだ。


 外の景色を眺めていると、なぜか急に圧迫感を感じてミツルギは振り返った。振り返ると、意図せず顔を何者かの胸元に埋めてしまった。


「ぎゃ、クロ!」


 顔を上げると、そこには人型になったクロがいた。興味が湧いたのか、ミツルギの背後に影のようにくっついて、彼も眼下の景色を眺めていたのだ。


「これ、不用意に物の怪の姿になるでない」


「ここには私と主上しかいません」


「それはそうじゃが」


 ミツルギは言葉を飲み込む。確かに、乗り物に乗っているのだから、クロがいくら目立つ格好でいようが問題はないだろう。それでも、高天原に物の怪を連れ込んでいる実感がふつふつ湧いてきてなんだか落ち着かない。


 ミツルギは、クロへ窓側の位置を譲ってやった。反対側の御簾を上げても外の景色は見えるのだが、クロは気づいていないようだ。


 それにしても、クロが人の姿を取ると牛車の中が狭くて仕方がなかった。もとよりこの牛車は二人乗りではない。ミツルギは小柄な方だが、クロは成人男性の体格で、その上、その体格で空を飛べるほどの大きな黒い翼が背中から生えている。おかげで牛車の中が狭苦しいことこの上ない。クロへ場所を譲るために移動するだけでも苦しかった。小柄なミツルギは隅に追いやられる一方である。


「クロ、やはり狭いからカラスの姿へはよう戻れ。こうも狭いと満足に息もできぬ」


「しかし、カラスの姿では喋れません」


「なんじゃ、喋りたいのか」


 ミツルギが尋ねると、クロは外へ向いたまま頷いた。


「主上と話がしたい。この場所のことをいろいろ聞きたい。知りたい。教えて欲しい」


 そう言われるとまんざらでもないミツルギである。


「しょうがないのお。全てに答えられるかわからぬが、なんでも聞くがよい」


 その後、ミツルギはそのように言ったことを大変後悔した。目的地に着くまでの間、クロに散々質問攻めにされたからだ。


 クロは目に見えるもの全てに疑問を抱き、幼子のように「あれは」「これは」と聞いてくるのだ。顔を札で覆われている割には、意外としっかり見えているらしい。


 とにかくミツルギもこれには困り果て、最終的に質問に答えきれなくなった。ミツルギとて、高天原に来たのは久しぶりすぎて、現在の高天原のことはそんなに知らないのだ。


 そして、とうとうミツルギは根を上げた。


「しゅじょ...」


「ああ!もううるさい!いい加減にせい!!わしはもうそなたと喋らん!話しかけるなあ!」


 狭苦しい中、クロの翼に押しつぶされながら、ミツルギは叫んだ。

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