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第11話 ミツルギ、腹を括る

 クロはまっすぐにミツルギの元へ飛んできたので、ミツルギは両手を伸ばした。その手のひらに、薄桃色の饅頭やみかん、小包装のゼリー菓子が落ちてくる。


 ミツルギは眉を潜めて、再び人の姿へ戻ったクロを眺めた。


「これはどこから取ってきたものじゃ」


「墓です」


 クロは、ミツルギの問いへ事も無げにそう答えた。


「墓!?つまり、墓前に供えられた菓子か。それはいかん。戻してこい」


 ミツルギは、ずいと菓子の乗った手のひらをクロへ突きつけた。


 顔に垂れ下がる護符のせいで表情は見えないが、クロはどうしてそんなことをミツルギが言うのか分からないとでも言うように、菓子ではなくミツルギの方へ顔を向けている。


「良いか、クロ。これは、故人を偲んで供えられた菓子じゃ。人の気持ちがこもっておる。それも、より近しい人へ向けられた温かな気持ちがな。そのような菓子を盗るのはいかん。人の想いを踏みにじる行為じゃ」


「想いを踏みにじる?」


 クロはようやく顔を菓子の方へ向ける。それからまたミツルギの方へ向き直ると、言葉を続けた。


「死んだ生き物は何も食べません。取っても誰も困りはしない。生きている人間からは、取ってもいいのですか」


「生きている人間からも盗ってはいかん。その菓子は、ちゃんと元あった場所に戻してこい!」


 クロは全く納得のいっていない様子ではあったが、ミツルギの言うことには従うつもりのようで、「わかりました」と頷き、再びカラスの姿となって神社から墓のある方角へ飛び立っていった。


「どうしよう。難しいな。威厳を保つというのは……」


 ミツルギは腕組みをして、考え事を始める。


 考えることはたくさんあった。お地蔵様への礼については、食べ物である必要はなかったのだが、クロがその気になっているのならばとにかく任せるしかない。そして、明日には龍神も来る。クロは何を考えているのかよく分からないし、やはり多少ずれたところがある。そこを先ほどのように正そうとしても、ミツルギだって完璧ではないのでうまくいかない。


 だが、そこまで考えたところで「あれ」とミツルギは自分で自分を怪訝に思った。クロを正そうとする必要などないではないか。物の怪であるクロを神使にするつもりはないのだから。妙な物の怪に付きまとわれて困っている、不本意だがそなたの力を借りたい、と、龍神へ明日相談を持ちかけたら、あとはどうにかなる。もともとそういう心積もりでいたのではなかったか。


 ミツルギは俯いて、龍神の顔を思い浮かべた。この神は、姿こそ幼い童子のようで愛らしいが、本質は川だ。人々へ恵みをもたらすが、時として命を奪いにくる。


 神には二面性があり、それは穏やかな和御魂にぎみたまと荒々しい荒御魂あらみたまとして区別されているものだが、龍神の荒御魂はまさに苛烈だ。そもそも和御魂の状態でもあんなにツンツンしているのだから。


 ミツルギがクロに対して望んでいるのは、元いた場所に戻ってもらうことだが、龍神ならばどうだろうか。妖邪滅殺などと言って、クロを消し炭にしてしまう可能性もなくはない。いや、なくはないどころか、大いにある。


 ミツルギは、クロが龍神によって文字どおり消し炭になっている様を想像して、ぞっとした。


「それはいかん。それはいかんぞ」


 頭頂部で二つの輪っかにして結んでいるウサギの耳のような髪束を、ミツルギは両手でぎゅっと引っ張った。


「そういう解決方法をわしは望んではおらぬ。しかし、龍神はわしの言うことなど聞かんであろう。あやつがクロを悪と判断したらクロは……」


 ミツルギは髪を掴んで下に引っ張ったまま、がっくりと地面へうずくまる。


 クロを退治したいわけではない。だがその気持ちを汲んでくれるほど龍神は優しくない。今回の件を相談する相手としては、いささか不適切だ。


 ミツルギはぐるぐる思考を巡らせてみたが、なかなか良い相談相手は思いつかない。いや、まずは明日の龍神の訪問をどうやり過ごすかを考えるべきだ。何があってもクロと龍神を引き合わすわけにはいかない。


 しかし、この問題を1人で抱え込むことはできない、などとせわしなく考えているとなんだか頭がズキズキしてくる。


 その頭の上に、柔らかい何かが落ちてくる感触がして、ミツルギは「おや」と、ずっと地面へ向けていた顔を持ち上げた。すると、視界いっぱいに、色鮮やかな赤紫の花が咲き乱れていた。漏斗のような特徴的なシルエットを描くその花は、さして珍しくもない、躑躅の花だ。絶えず車の排気ガスにさらされる道路の植え込みの中でも、頑強に咲き誇る、ありふれた花。


「これは」


 まばたきをすると、視界いっぱいに咲き乱れていたように見えたのは錯覚だったことがわかった。実際は、人の姿のクロが、腕の中に躑躅の花をたっぷり抱えたままミツルギを見下ろしていたのだ。


 ミツルギは自分の頭の上に手を伸ばした。柔らかな感触のものが指先に当たる。確認してみれば、やはり躑躅の花だ。クロの抱えている花の山からこぼれ落ちたのだろう。


「こんなにたくさんの躑躅の花」


 ミツルギは立ち上がる。


 自生していたものを花だけ千切って持ってきたのは明白だが、意図がわからない。


「墓には、花も供えてありました」


 困惑するミツルギの前で、クロはまじめくさった口調で言葉を紡いだ。


「人は、思いを込めて、死人にすら菓子を贈るのでしょう。そしてその思いは、とても温かい。そう、主上は仰いました。墓には花も供えられていたから、きっと花も菓子と同じなのだと思いました。思いを込めるとは、具体的にどうするのかは知りませんが、私も思いを贈ってみようと思ったのです。菓子は、手に入らなかったから、花にしたけれど」


 ミツルギは、先ほど頭の上に落ちてきた一房の花を眺めた。手折ってきたというよりかは、花だけむしり取ってきたようだ。ミツルギは、地に根を張って咲く花は好きだが、折られた花は痛々しくて好きではない。だが、クロの手前、そんなことは言えないし、その行為はきっとクロの思いを踏みにじる。


「わしへのお供え物ということか」


 ミツルギは、手を伸ばしてクロの腕から躑躅の花を一房抜き取った。


「そなたの思いが、込められた」


「込め方が分かりませんでしたから、ちゃんと入ってないかもしれません」


「そういうのではない。そなたはわしにこの花を贈りたいと思ったんじゃろう。その時点で、もう思いはこもっておる」


 ミツルギは、哀れだが、美しい躑躅の花たちを眺めた。


 正直、クロがこのような行動に出たのは驚きだった。ミツルギが言った言葉を自分なりに解釈し、理解しようと努めている。かなり歪ではあるが、その態度を、ミツルギは好ましく思った。物の怪は、こちらが思っているほどに理解しがたい存在ではないのかもしれない。


 頭痛は、この間に治っていた。


「クロよ、明日は龍神がやってくる。龍神は、物の怪であるそなたを退治しようとするかもしれぬが、心配はいらぬ。そなたは、わしの神使候補なのじゃからな」


 いつの間にか腹もくくれていたようだ。

 ミツルギは、腕の中の花を、クロの思いを、どうしたものかと眺めた。

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