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第一章 教室で缶ビールをあおるJKはヒロインですか?④

 狼の怪人と遭遇したあの日以来、波奈は怪人が見えるようになった。麻琴よりも見える範囲が広い彼女は、傘を片手に今日も戦っている。


(最初、公園に捨てられていた古びたバットを武器に使う予定だったらしい。そんなものが怪人にヒットして、中身が出てしまった日には見てられない。僕の必死の説得で、不満げながらも彼女は武器を変えたのだった)。


 どうして、このタイミングで怪人が見えるようになったのか。度々、議題として上がったが、明確な答えは出なかった。

 けれど、麻琴は何となく理由がわかるような気がした。彼女はお酒はやめたし、張り詰めた表情を見せることが少なくなった。


 そんな精神的な成長に応えるように、怪人も見えるようになったに違いない。

(直接言ったら、そんな訳ないと不機嫌になったけど……)


 そんな訳で、ここ最近は至って穏やかにヒーロー活動をしていた。交流のない麻琴たちがこんな風に集まっているなんて、クラスメイトはびっくりだろうな。


「ひーなーたーくん」


 コンコンと机を叩く音で、一気に現実に引き戻される。重い頭を持ち上げると、麻琴の目の前には詩織がいた。既視感のあるシチュエーションだ。


「ごめん! 次、選択科目だよね」

 がさごそと机の引き出しから世界史の教科書とノートを取り出す。そういえば、午後の授業は選択授業なのに、呑気に昼寝なんかして……と恥ずかしさでその場を立ち去りたくなる。


「あ、ごめん。そんなに急がなくても大丈夫だよ。まだ授業開始まで十分ぐらいあるし」

 その言葉でパッと掛け時計の方に目をやる。確かに授業開始まで余裕があった――となると、なんで声をかけられたんだろう。


「雛田くん、仲違いした友達がいるって言ってたじゃない? あれからどうなったのか、ちょっと気になってて」


 相談を乗ってもらったことを詩織は覚えていた。少し意外だ。

「何とかなったよ。おかげさまで」

「よかった! 顔色も良くなってるね」

 彼女は満足げに笑った。いい人だ、すごく。


「……詩織、雛田くんと知り合いだったの?」

 そのとき、教室では決して交わることがないと思っていた声が、自分の名前を読んだ。

「そうだよ。あたし、日本史で雛田くんの机を使ってるから。この前とか、教科書こっちのクラスに忘れちゃってさー」


(やばい、森さんに相談していることがバレた気がする)

 詩織の説明を聞きながら、波奈は毒が混じったような笑みを浮かべているんだろうな、と内心苦笑した。聡い波奈なら気がつくに違いない。


 もしかすると、最後のプレゼント案が有効な友達は波奈だったのかもしれない。ふと思い当たると、そうとしか麻琴は思えなくなった。

(この後、E組で話すのが怖いな……)

 そう思って顔を上げる。


「雛田くん」

 切長の目がこちらに向いていた。波奈が教室で、麻琴に話しかけている。

「詩織が迷惑かけちゃって、ごめんね」

 眉尻を下げたその表情は、優しいクラス委員長そのものだった。


「何それっ、お母さん? あたし、迷惑かけて困らせてる訳じゃないし。ねえ、雛田くん」

「えっ、まあ、うん」

「ほらっ、あたしと雛田くんって結構仲良いんだから! って思ったけど、クラス一緒の波奈の方が仲良いか」

 詩織は納得したようにそう呟いた。


「いや、そんなことないよ。雛田くんとちゃんと喋るのは初めてだし」

「えっ、そうなの?」

「うん。クラス全員と喋ったことがある詩織が変わってるんだよ。わたし、そんなに社交的じゃないし」


 そりゃそうか、と麻琴は思った。波奈との関係は決してバレてはいけない。

 クラスで浮いている変わり者と頼りになる委員長は、友人関係にはならない。

「そういえば、委員長としてよくお世話になってるけど、喋るのは初めてかもしれない」

 詩織の顔を見ながら、取り繕ってそう言った。


「これから、仲良くなれればいいね」

 詩織は嬉しそうにそう言って笑った。

 そうだ、波奈とはあの空間だけの仲だ、勘違いしてはいけない。


 あのときE組で出会わなければ、そもそも交わることが有り得なかったのだ。そう思うと――。

(よかった、なんて思ってはいけないんだろうな)


 その日の放課後。

 さぞ怒られるだろうという麻琴の予想に反して、波奈はそのことに一切触れてこなかった。そもそも昼休みに話したことも無かった、みたいな雰囲気。

 いつも紅茶を飲んでいる理由だとか、最近気になっている海外小説だとか。

 当たり障りのない会話を繰り返すけど、なんだか掛け違ったボタンのようにかみ合わない。


「そういえば、二月に近所のテーマパークに新エリアができるって知ってた?」  

「新エリア?」

「そう。色んな海外のファンタジー映画をモチーフにしてるんだって。そのうちの一つに、わたしの好きな小説が原作のアトラクションがあるんだ」

 そう言って彼女はスマホを差し出した。いくつか見知った作品が並んでいる。


「友達と行くの?」

「ううん。みんな部活があるから、土日も埋まっちゃってる子が殆どなんだよね。勉強するために帰宅部にしたから、こればっかりは仕方ないけど」

 机に置かれている紅茶のペットボトルで手遊びをしながら彼女は笑った。


「へえ、感想聞きたかったな……流石に一人で行く勇気はないし」

 彼女は僕の瞳を見つめた後、こう言った。

「一緒に行く?」

「いいの?」

 昼の出来事もあって、一緒に出かけるなんてことはあり得ないと思っていた。


「雛田くんが嫌じゃなければ」

「嫌なんかじゃないよ」

 その言葉を聞いて、波奈は綻ぶように笑った。よかった、いつもの彼女だ。


「あっ、そうだ。やらないと思うけど」

 ――意地が悪いのも、調子を取り戻した証だろう。

「しないよ、そんなこと!」

「まだ何も言ってないのに」

「流石にTPOは分かってるよ。テーマパーク内では、ヒーローは封印! お客さんとして楽しむのに専念するから」


 麻琴のその言葉に、波奈は口元に手を当てて含み笑いをする。何だか腑に落ちないが、からかえる余裕が彼女に出てきたのはよかった。

 さっきまで何か、胸につっかえているものがあるような気がしたのだ。


「よかった、楽しみにしてる。 乗りたいアトラクション、考えておいてね」

 彼女は頬杖をついて、屈託なく笑った。ちょっとだらしない彼女が見られるのは、自分だけだと思いたい。そんな考えがふと頭をよぎった。

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