エピローグ 日常は、君と一緒に続いていきますか?
次の日の朝。キッチンに置いてある食パンをトースターに入れて、バターとジャムを冷蔵庫から出す。
食パンの袋をなんとなしに見つめて、消費期限が二日も前だったことに気が付く。
うーん、ちょっと考え込んだのちに、まあ大丈夫だろうと結論付けた。頭の中に入れた消費期限切れという情報はデリートする。
チン、という音で食パンをトーストから出して、バターとジャムを塗った。冷蔵庫にあった麦茶と一緒に口に放り込む。変な味はしなかった。
昨日のことは、なんだか夢みたいだった。
高校の頃に出会った怪人を、昨日ついに倒しました。こんなことをまともに言ったら、病院に連れていかれること間違いなしだ。
どんどんどん、と家の二階から音がして、父さんが居間にやってきた。
「おっ、珍しいな。こんな時間に。学校早いのか」
「ううん、今日早く起きちゃって。今日の大学は午後から」
麻琴は昨日聞こうと思っていたことを思い出して、更に口を開いた。
「昔見てた『スクール*ヒーロー』のDVDしらない? 昨日の夜に探したんだけどなくって。うちBOXで持ってたでしょ?」
父さんは何の話をしているのか分からないというように顔をしかめる。彼も同じように消費期限切れの食パンをトースターに突っ込んでいる。
「ほら、小さいころ見てたアニメ。父さんも好きだった」
「え? ああ、あれか。うーん、どこにあったかなあ」
しばらく考え込んだのち、返事がきた。
「ああ、捨てたわ。半年前ぐらいにゴミの日で。あれ麻琴が病的にハマってた時期あったよなあ。ちょっと怖かったぞ。母さんにも、お前のせいだみたいに言われたし……」
父さんはトースターをのぞきこんで、焼き加減が足りなかったのか、もう一度ダイアルを大きく回した。
「そっか」
「パンに合うベーコン買ってきたから、麻琴も食べないか? 昨日、仕事帰りに見つけてさ――」
文化祭から何日か経つと、文化祭の打ち上げが行われる。
部長は終わったその日に打ち上げのアンケートを取った。その結果、学期末テスト最終日が選ばれたのだった。
「どっかの誰かが、今日以外はバツを選んだから、後輩がみんな追従しちまって」
「みんなが希望する日ってことだよ」
「どのサークルもその日を選ぶんだから、店選びが大変だったんだぞ……」
部長が苦い顔でそう言う。目の前にある枝豆を食べているからか、今日は眼鏡をくいっと上げる動作はしていなかった。
「あはっ。部長の仕事、お疲れ様」
その反面、すみれ先輩は上機嫌だ。ニコニコしながら、ハイボールを飲み干している。この人が酒豪であることを、麻琴は今日初めて知った。
「麻琴くんと波奈ちゃんが辞めるとか、辞めないとか。そこも上手くまとまってよかったよ」
ふふふ、と笑ってすみれ先輩は言った。今回はほんとに迷惑をかけてしまったが、このやり取りは三回目ぐらいなのでもう謝らない。
すみれ先輩がこの話をするのは、とどのつまり麻琴をおちょくりたいからだ。
「麻琴、もう構わなくていいぞ」
「それで、波奈ちゃんとはどうなの? いい感じ?」
ちょっと離れたところだけど、本人いるんですよ。
すみれ先輩にそう言ってやりたいが、アルコールに浸された脳には、あまり意味がなさそう。
他の部員(主に男子部員)も気になるようで、話に乗ってきた。部長が呆れ顔をしているのが、唯一の救いだ。
「お前らなあ、親戚のおばちゃんじゃないんだから」
「部長の言う通りです。すみれ先輩は? 千人切り続行中ですか」
「まーね。でも、ちょっと心持ちは変わったから、数は減ったかな」
酒のメニューを眺めながら、そう返事する。というか、まだ飲む気なのか。麻琴は未成年だから分からないが、ハイペースすぎないのかな。
そのまま酒の席はヒートアップしていって、次に書く予定の作品についてや、今ハマっているアニメ、ソシャゲのイベントとかの話になった。二時間制なので席を空けてほしいと店員さんが言うまで、どんちゃん騒ぎは続いた。
店の外にでると、ひんやりとした風が頬に当たる。部長の挨拶と、一本締めが終わって、部員がばらばらと帰っていく。家に向かう人、二軒目に向かう人。部長とすみれ先輩は気が付いたらその場にもういなかった。
いつの間にか隣に波奈がいる。
「麻琴、お酒飲んだ?」
麻琴くんって、このサークルのほとんどの人に名前で呼ばれてるんだね? と波奈は文芸サークルに入ってから驚いていた。
その原因はすみれ先輩にあって、あの人は基本的に年下を名前で呼ぶ。その影響もあって、女子含むほとんどの部員から麻琴くんと呼ばれていた。
それもあって、自分は呼び捨てにしたらしい。分かるような、分からないような。
「飲まないよ、未成年だし。波奈ちゃんは?」
「クイズ、どっちだと思う?」
「飲んでない」
「正解」
くすくす笑いながら波奈がそう答える。
「この後どうする? DVD受け取りに行くんだっけ?」
「うん。まあ、明日でもいいんだけど」
スマートフォンの画面を見て、もう二十一時を超えてるのが気になった。大学前のコンビニに受け取りに行くだけだし、いつだってできる。けどな……。
「思ってないこと、言ってるでしょ」
ふふん、と笑ってそう言った。
「わたしが先に行っちゃうよ、っと」
一歩を踏み出した方角は、思いっきり店の方向と真逆だ。大げさにため息をついて、彼女の手をとる。なんか汗ばんでないか気になって、手を繋ぐことはまだ慣れない。
「わたしも『スクール*ヒーロー』観てみようかな」
「ん、じゃあ貸そうか?」
「いや、いいよ。サブスクで観るし。麻琴だって、DVDは観賞用みたいなところあるでしょ。大事にとっておきたくない?」
「う、確かに」
DVDを買っても、結局あんまり使わない未来は見える。買う動機の九十パーセントがコレクション欲であることを見抜かれている。
「コンビニ着いたら、何買おうかな~。この前にモンブラン見つけて、美味しそうだったんだよね」
「この前、深夜にスイーツ食べたこと後悔していなかったっけ?」
じとっとした目で見つめられる。言うな、と念が込められているようだ。
「だって、資格勉強してたらお腹がすくんだもん。仕方ないの。頭を使ったら、糖分を補充しないといけない生き物なんだから」
ぷんぷん、と怒ったふりをしているが、手は離れない。
夜空を見上げると、月が綺麗に輝いていた。
最終章にもかかわらず、更新が空いてしまい申し訳ございません……!
これで物語として完結いたしました。書きたいものがかけて満足です。
次回作は、愛を喰らう怪異ヒロインのお話です。
カニバリズムも含むため人を選ぶかもですが、面白いものにするのでお待ちください!




