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第二章 あなたはヒーローですか(またはあの子を救えますか)⑤

「本当は卵で閉じないタイプのかつ丼が気になってたんだけどさ。この辺りやってなくって。知ってる? 卵の上にカツを乗せる、閉じないかつ丼。そんな邪道なって思ったけど、カツをご飯に乗っけてるからOKなんだって。言われたら納得なんだけどさ」


 最初に卵で閉じることにしたのって誰なんだろうね、と言いながら、彼女は行儀よくかつ丼を口に入れる。


 当然ながら麻琴の目の前にもかつ丼が鎮座している。オーソドックスなそれとは異なり、丼ではなく黒光りした四角い弁当箱の中にある。

 ファーストフードとして食べるかつ丼とは、もはや別の料理だ。

 口に入れるとカツは柔らかく、噛むとしっとりと肉汁が出てくる。味わいはどちらかというと薄味で、いつまでも食べてられそうだ。

 

 ではなく! なんでかつ丼を二人で食べてるんだ。

 駅前で待ち合わせ後にすぐ本題に入ると思いきや、この店に入ってからかつ丼の話しかしていない。

 まさかかつ丼の話を最後にしたかったのか……と一瞬よぎったが、そんな訳ないと麻琴は考えなおした。


 じゃあ、いったい何がしたかったんだろう? 本題に入る前に、よっぽどかつ丼を食べたかったとか? 天啓でもあって、何よりもかつ丼を食べることを優先させないといけなかったとか?


「かつ丼を食べるために今日呼んだ――ってことはないよね」

「違うよ。これは本題に入る前の腹ごしらえ。腹が減っては戦はできぬっていうでしょ?」

 何と戦うんだと思ったが、口に出さないでおく。


「それはよかった。けど、かつ丼も食べ終わりそうだし、そろそろ本題に入ってもいいんじゃない?」

「本題にいきなり入るのは早いよ。今日はまだまだ長いんだからさ!」

 あふれんばかりの笑顔を向けられて、もう何も言えなかった。

 こうなったら本題に入るまで、彼女の行動を深読みするのは辞めよう。わがままに付き合っていいかもしれない、最後なんだから。


 昼食の後、波奈は行きたい場所があると言って、迷いのない足取りでずんずん進んでいった。

 大通りからだんだん外れていって、辺りが住宅街になったあと、彼女は地図アプリを開いて首をひねる。

「うーん」

 ぐるぐるとその場を回転しては、首をひねって考え込む。


「一ノ瀬さん、そういや方向音痴だったね……」

「高校のときより、随分ましになったよ。アプリの使い方をマスターしちゃえば、現在地の矢印と進行方向が被ってたらOKなんだから」

 そんなこと言っても、実際到着してなきゃ意味がない。


「どこに行きたいの?」

「…………どこ言っても連れて行ってくれる?」

「今日はどこまでも付き合うよ。ほら、言って」

「刀剣堂って場所」

「剣道とかやってたっけ?」

「やってないけど、歴史小説を読むようになってから興味が出てきたの。お願い」


 本当だろうか? 海外小説を好む彼女が、日本の歴史小説にハマるのは意外だ。

 正直、なんだか嘘っぽい。

「ほら、どこまでも付き合ってくれるんでしょ?」

 言質取ったり、というような顔に呆れたように頷いた。


 刀剣堂は閑静な住宅街の中に、ひっそりと佇んでいた。店の外から見える、展示された刀の壮麗さは、確かに興味が惹かれるかもしれない。


 ご自由にお入りください、と書いてあるし。入ってみるか。

 麻琴が扉を開けると、おばあちゃんちの香り、確か白檀だっけ――の匂いがする。不思議と落ち着く香りだ。暖色系の照明も、店の雰囲気によく合っている。


 こぢんまりとした店内には、至る所に刀が飾られていた。そのどれもがガラスウィンドウの中にあり、大切に管理されていることがわかる。

 店の奥には新選組の刀、なんて書かれたものも置いてある。その刀を含め、どの刀も値段は一切書かれていない。いくらなんだろう、想像もしたくない。

 今日購入するつもりじゃないよね、という目線を麻琴が向けると、波奈はぶんぶん首を振った。

 よかった、一安心だ。


「あの、水が入った茶碗はなんだろう?」

 ガラスウィンドウの中を指さして、波奈が言った。


「それは、湿度を保つためなんですよ」

 店の奥から、着物姿の男性が顔を出す。店主の方のようだ。

「そうなんですね。あっ、だから湿度計」

「はい、そうなんです。刀は二十から三十の湿度が望ましいので、それを保つために」


 波奈は知的好奇心が満たされるのか、何やら話し込んでいた。刀剣にハマったというのも嘘じゃないらしい。と思いつつ、麻琴は刀やその手入れ道具を眺める。

 ふと、新選組の隊士募集! というポスターが目に入る。昔の自分なら興味津々だったろうな。加入条件を見ていると意外と厳しくて、思わず読み込んでしまった。


「ん? どうしたの、雛田くん。何か気になる?」

「いや、何でもない。そっちはもういいの?」

「うん、一通り見れたから!」


 珍道中もこれで終わりだろう、と思いきや、店を出るなり波奈はマップアプリを見せてきた。

 なになに、次は土産物屋のようだ。この辺りは観光地だし、お土産でも買って帰りたいのかもしれない。

 

 案の定、観光客の行き来が激しい通りの中に、その土産物屋はあった。

 刀や湯呑、新選組の法被など、THE日本というものが多いからか、外国人観光客だらけだ。逆に、オシャレなお菓子や日常使いできそうな小物は何もない。

 男子学生が小躍りして喜びそう。で、母親に見せてめっぽう怒られるタイプのアイテムばかりだ。


「ここで、いいんだよね?」

 麻琴はどこかアウェー感ただよう店内を指さしてそう言った。

「うん、ありがとう」

 にっこり。純度の高い笑顔で微笑まれては、店に入るしかなかった。


 店内には日本刀風の折り畳み傘や、湯呑一式五点セット、コスプレに使えそうな模造刀まで、幅広い日本土産がそこにはあった。

 波奈は店の奥にある摸造刀に近づき、その値段が1万円以上だったのを見て考え込んだ。どんな形であっても、刀を購入したいらしい。

 一人暮らしを始めたと言っていたから、防犯対策のためだろうか(不審者侵入時には、模造刀よりも包丁で対抗したほうがよさそうだけど)。


「やっぱり、刀って高いんだね……」

 ぽつりと、残念そうにそう呟く。目尻が下がって、しょぼんという効果音が目に見えるようだ。

「あの、さ。木刀でいいなら店の前にあったけど」

「え? ほんとに? どこ」

 こっち、と言って店の前を案内する。

 木製のかごの中に突き刺さった何本の木刀は、高くても千円近くでお値打ち価格だ。その近くにあるちょっと安っぽい模造刀も三千円しない。


「わぁ……」

 木刀を目の前にして、目を輝かせる波奈。

 うーん、刀とかにロマンを感じるタイプじゃなかったと思うんだけどなあ。

「模造刀は安いだけあって、ちょっと軽いなあ。木刀は黒いのと茶色いの、どっちも重量感があっていい感じ」

 彼女は実際に手に取って、重さを確かめる。


「十分ぐらいなら、わたしの体力でも振り回せそうか……」

 なんだか小声で物騒なことを言っているような気がする。

 気のせいだろうか、そうであってほしい。高校二年の時に通学バックで後頭部に向けてスイングされたことを思い出しながら、麻琴は一応確認した。


「元カレにこっぴどく振られて、襲撃するためにこの木刀が必要、とかじゃないよね」

 その言葉を聞いて、波奈は一瞬フリーズ、後に吹き出した。

「も、元カレって……! 違うよ。高校卒業からいままで恋人いないし」

「そうか、それはよかった……?」


 笑いのツボに入ったのか、ひとしきり笑ったのちに黒い木刀を手に取った。重さなどを確かめたのちに、気に入ったのか会計へ持っていく。

 麻琴も同じ木刀を手に取って、思ったよりもずっしりと重いそれに驚いた。おそらく高校時代によく振り回していた竹刀と同じか、それよりも少し重い。多分、一・五キロぐらいはありそうだ。


「お待たせ」

 波奈は店員に入れてもらったらしい大きなビニール袋に、かなりはみ出た状態の木刀と共に戻ってきた。おそらく重いであろうそれに、思わず手を差し伸べる。

「持つよ」


「わたし中学はテニス部だし、それなりに力はあるよ?」

「それ、何年前だと思ってるのさ」

「うわっ、ちょっと傷つく! あはは、じゃあ罰として一日持っておいてもらおーっと」

 また肩を小刻みに揺らして笑いながら、麻琴の方に木刀を渡した。麻琴はずっとけらけら笑っている彼女に、面白くない気持ちと嬉しい気持ちが入り混じる。


「よしっ。じゃあ、最後の場所だね」

「やっと珍道中も終わり? 今度はどこ?」

「ナイショ」

 人差し指を口元に持ってきて、意味深に笑う。そんなこと言ったって――。


「また迷子になる未来しか見えない」

「それはないよ。わたしも何回か行った場所だもん」

 そう言って麻琴の手首を握って歩いていく。別に逃げやしないのにとか、そうやって不用意に異性に触れると勘違いされるよとか、色々思っているけれど言葉にならない。ひんやりと冷たい指先が、麻琴の手首をそっとつまんでいる。

 前を歩く彼女の髪が、夕暮れ時の沈みそうな太陽に照らされて、やっぱり綺麗だ。

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