第二章 あなたはヒーローですか(またはあの子を救えますか)④
大講義室でやっていた二時間目の授業が終わり、まばらになった部屋で一人で昼ごはんを食べる。
目の前にある食堂のカレーライスは、ここ数日いつも食べている味だ。スマホの画面をスクロールしながら、一定間隔でスプーンを口の中に入れる。
次の授業のこと、やっているソーシャルゲームの情報、タイムラインで流れてくる大して興味もないニュース。
それらを漫然と眺めて時間をつぶす。
文化祭が終わって二週間。あれから部室には顔を出していない。
最近来ないね? どうしたの、というすみれ先輩からのメッセージには、最近忙しくてと返しておいた。部長からも心配のメッセージが来ていて、申し訳ないなと思う。
けれど、文芸サークルに残っていたら、いつか自分が酷いことをしてしまう気がした。部長が、すみれ先輩が、波奈が、青春の場所として選んでいる空間を壊したくなかった。
このまま自然消滅、よくあることだ。実際、あの子がそうだった。麻琴は引き留めることもせず、大学ですれ違うことすらない。
毎週のように会っていても、突然全く連絡を取らなくなる。
大学という場所は、それが全然不思議じゃない。
小気味いい通知音と共に、スマホが震えていた。
画面を見ると、冬見蓮とある。部長だ。
多分怒られるんだろうな、と思いながら電話に出る。
「ああ、麻琴? 今時間ある?」
「はい、ありますけど……」
「よかった」
その後、部長はなぜか黙り込んだ。スマホから微かに女子の声もする。すみれ先輩だろうか。
「部長、なんか接続不良だったりします? かけ直しましょうか?」
「いや、大丈夫! むしろ切るな!」
「は、はい。分かりました」
部長が眼鏡をくいっと持ち上げた、気がした。
「で、えっと、単刀直入にいうけどさ。サークル辞めちゃうのか?」
答えは決まっているけど、何と返せばいいのか。迷っている間に部長が続けて話す。
「まあ、結局サークルなんて、些細なことで来なくなったりするもんだよ。仕方ない、大学ってそういうゆるい集まりでしかないからな。けど、さ」
部長はためて、こう言った。
「仲良くしてた奴との繋がりがなくなるのは、寂しいよ。部長になってから特にさ」
部長は、すみれ先輩は、良くしてくれていた。
コミュニケーションが不器用で、人を傷つけるところがある。と自覚している麻琴だからこそ、二人には感謝している。
けれど、やっぱり、だからこそ駄目なのだ。
「辞めます、すみません」
電話の奥で男女の喋り声がする。低めで安心感のあるすみれ先輩の声とは多分違う。これは――。
「それって、わたしのせい?」
波奈の声。
透き通ったそのソプラノは、彼女のものだ。
「えっ。いや、違うよ。文化祭で燃え尽きちゃったっていうか」
「でも、来年は小説書きたいって言ってた」
……余計なことを言わなければよかった。大体、勉強に集中したいからとか、他に言い訳あったのに。
「気持ちの変化だよ」
「わたし、ここ入るの辞めたの。やっぱりテニスサークルに入る」
ん? という部長の声が入る。文芸からテニスって、振れ幅が大きすぎだ。
「え?」
「だから戻ってきなよ」
「そんなことしなくても……」という麻琴の声に被せるように続ける。
「その代わり、最後に話せる? 今週日曜日、大学駅前のホームで集合!」
「いや、ちょっと待った!」
ぷつり、と唐突に電話は切れた。部長のメッセージには、最後に駆け足で言われた誘いの追加情報が書かれている。その後には、彼女のメッセージアプリのアカウント情報が続く。
アカウントを教えてもらうのは二回目だ。一回目のアカウントは、いつの間にか消えてしまっていた。
(どうして望んでいないタイミングで、こんな切符が用意されるんだ)。
こんな強引な誘い、無視したっていい。
麻琴は了承だってしていないし……そのはずなのだけど。




