第二章 あなたはヒーローですか(またはあの子を救えますか)③
「お姉さん、両手いっぱいじゃん! そんなに食べられそう?」
「ええ! 大丈夫です」
波奈がピースサインをして、店員の男子学生からチュロスを購入している(店員のTシャツには大きく「ハッピーチュロス」と書かれていた)。
店員も心配するはず、彼女の手には既に焼きマシュマロとベビーカステラが握られている。麻琴もわたがしといちごあめを持っていた。
「甘いもの、好きなの?」
「はい。それにお祭りで好きなだけ買うの、ちょっと憧れません?」
波奈はいちごあめを眺めながらそう言った。
「わかるわかる、子供心に戻るっていうかさ。彼氏くんも何か買ってく?」
「ごほっ、か、彼氏?! いや、違くて」
麻琴は瞬間せき込んでしまった。いや、仕方なくないか?
「あれ違うの? じゃあ、仲良しな二人に幸あれ! ハッピーチュロス~!」
「ハッピーチュロス! ありがとうございます。ほら雛田くんも」
やらないの? と目で訴えかけてくる。そんなキラキラした目が四つ並んでたら、ええいもう!
「は、ハッピーチュロス!」
出来上がったチュロスを受けとり、麻琴たちは店を後にした。
「こんなバタバタの学園祭、最初で最後だよ」
学舎前のベンチに腰掛けて、買ってきたお菓子を置く。この学舎は文化祭の会場になっていないこともあって、辺りはウソのように静かだ。
波奈は焼きマシュマロをがぶり。夢中で頬張る姿をみると、これ以上何も言えなくなる。
「お祭りで好きなだけ出店のものを買うって、子供の夢じゃない?」
「それ、さっきも言ってたね」
「うん」
大きな焼きマシュマロを懸命に齧りつきながら、彼女はそう言って笑う。
「ほら、雛田くんも」
こっち側は食べてないから、と付け足す波奈。
竹串に突き刺されたマシュマロが麻琴の面前に近づく。波奈が口を開けて、同じように味見してみてと目で訴えかけてくる。
なんというか、ちょっと仲良くなると距離感が近くなるのは変わっていないようだ。
麻琴は一瞬たじろぎながらも、マシュマロの端を口に入れた。ふわっと甘い味わいと共に、想像以上に顔が近づいて目線をそらす。
「あったかい」
「でしょ? でもわたし一人だと、全部食べきる前に冷めちゃいそう。だから、雛田くんも食べて」
次の獲物をわたがしに決めた波奈は、ちぎって麻琴に渡す。今日はこうやってひな鳥みたいにお菓子を恵んでもらう日になりそうだ。
「雛田くん、帖堂院大だったんだね。さっき会ってびっくりしたよ」
残ったお菓子は、もうベビーカステラのみになっていた。
「受験勉強かなりやって、ぎりぎり合格。僕はむしろ――」
「わたしがこの大学入っててびっくりした?」
くしゃりとわらって、波奈はそう答えた。
「浪人してでも第一志望! ってタイプだと思ってた」
「いや、実際そうだったよ。でも、高校でいろいろあって、意固地にならなくてもいいかなって」
「それで、ここに」
「そう」
長い髪を耳に掛けて、ちょっと恥ずかしそうに、波奈は笑った。悔しくない、と言ったら嘘になるんだろうけど、それでも瞳は澄み切っていた。あの頃と同じように色素の薄い瞳は、顔を上げると光に照らされる。
大学に入るまでに、親元から離れるまでに、この笑顔になるまでに、何があったんだろう。何を乗り越えてきたんだろう。
「すごい確率だね。お互いの志望校が被って、もう一度会えるなんて」
「そう? わたしはもう一回会えるって思ってたよ」
ぱくっとベビーカステラを頬張って、波奈はこう言った。なんでもなさそうに。
「なんで?」
「ナイショ」
えへへと、意味ありげに笑うロングヘアの彼女は、もう一人でも大丈夫だった。危うかったあの頃と違って、自分を損なうようなことはしない。
(僕はヒーローじゃないし、一ノ瀬さんは可哀そうなヒロインじゃない)
「文芸サークルでもっと仲良くなったら、喋るかも」
「それだと僕よりも、すみれ先輩に先に喋ってそうだよ」
「そうだ! すみれ先輩。半年で下の名前で呼ぶぐらい、仲良くなってたの?」
「なんか誤解してない……? ないから!」
波奈はいじわるっぽく、本当にぃ?と笑った。二人になるとよくからかってくるところ、好きだった。けれどなんだか今は、上っ面で笑っているその奥で胸が痛くなる。
――決めた、サークルを辞めよう。この泥があふれ出す前に。




