第二章 あなたはヒーローですか(またはあの子を救えますか)?②
「ガパオライスの方、マルゲリータの方、あとチキンカレー。これでご注文の品は全てでしょうか?」
「はい。ありがとうございます」
さっきまで説明に使っていたパンフレットを、波奈はささっとどけた。代わりに料理がテーブルを埋める。
ガパオライスは鶏のひき肉がいい匂いを漂わせていて、マルゲリータはトマトソースとチーズの焼ける香りに食欲がそそられる。麻琴の目の前にあるチキンカレーは、一緒に運ばれた巨大なナンがアツアツで美味しそうだ。
「……ん。ガパオライス、甘辛で美味しいです」
「でしょう。私の一押しなんだよね」
普通の店では同じテーブルに並ばない品々が、一堂に会している。
麻琴はちょっと警戒しながら、ナンにカレーを付けた。うん、スパイシーで美味しい。
大学近くのレストランに入ろう、とすみれ先輩が連れてきてくれたのがこの場所だ。
一昔前のアメリカを思わせる店内なのに、イギリス料理とアジア料理、それにインド料理がメニューには書かれている。もちろん、アメリカの代表的な料理(?)のハンバーガーもメニューにはあった。
すみれ先輩いわく、全部美味しいから安心してね、とのことだ。
実際、チキンカレーはカレー自体もナンも本格派な気がする(実際にインドでカレーを食べたことがないから、確証はできないけれども)。
「雛田くん以外の一年生は、どなたがいるんですか?」
「入部だけして、そこから一度も来なかった子が五名。五月から見ていない子が三名。テスト前だけやってくるほぼ幽霊部員が二名。それに秋から来ていない子が一名だから。合わせて十一名かな」
すみれ先輩が指折り数えるが、結局のところ――。
「…………つまり、僕以外いないってことだよ」
「なる、ほど」
「そうなんだよね。だから波奈ちゃんの入部は大歓迎。そもそも一年生のコミュニティなんてものがないから、輪の中に入れない心配もないよ」
すみれ先輩がニコッと笑う。波奈もそれにつられて笑っていた。
「そういえば、一ノ瀬さんはどうしてこの時期に入部を?」
出会ってからずっと気になっていたことが、つい口に出た。麻琴はしまった、と思ったが、口から出たものはもう撤回しようがない。
「わたし、大学から一人暮らしなの。身の回りの環境を揃えたり、アルバイト始めたりしていたら、大学生らしいこと全然できてなくって。それで友達作りのために」
知らなかった、一人暮らしをしていたのか。
「じゃあ、うちのサークルはぴったりだと思う。先輩方も優しい人が多いし、一ノ瀬さんが好きそうな本も多いから。サークル誌も、必ず小説を書かなきゃいけないわけじゃなくて、書評を出している先輩も多いし」
「そういえば、雛田くんって何を書いたの?」
「えっ」
「サークル誌に名前があったのは見たんだけど、内容までは見ていなくって」
「ストップ! 恥ずかしいから」
波奈が鞄からサークル誌を取り出そうとしたのを、麻琴は慌てて止めた。その声を聞いて、鞄に再び直した波奈を前にすみれ先輩が一言。
「書評だったよね、そんなに恥ずかしがるもの? タイトルは――」
「先輩っ!」
「ああ、思い出した。『はてしない物語』だ」
言ってしまった――すみれ先輩、言わない方がいい場面って分かって言ってただろ……。
「読んでくれてたんだ」
波奈はサークル誌を開いて微笑む。それが本当にうれしそうだったから、羞恥心を感じていた自分が馬鹿らしくなった。
「うん。すみれ先輩、あの本はもともと一ノ瀬さんが紹介してくれたものだったんです」
「へえ、仲いいんだ。二人」
「はい。高校二年生のとき同じクラスだったんで」と波奈が話す。
「麻琴くん、今度は小説書きなよ? 書評もいいけどさ」
「まあ、正直小説書けなかったから、書評にしましたからね。来年は小説書きたいです」
至って、普通に話せている。
高校の時は人前で一緒に仲良く話すなんてありえない、と思っていたのに。
彼女がいなくなって数か月経ったとき、今更会ってもどうしたらいいのか分からない、と思っていたのに。
「一緒にテーマパーク行ったりもしてたんですよ」
「へえ、麻琴くんが。意外」
「意外ってなんですか? すみれ先輩」
他愛もない話で盛り上がった。
「じゃあ、ちょっと予定があるからお先に。ライブだから時間シビアなんだよね」
すみれ先輩はスマートに三人分の会計を済ませ、そう言って大学に戻っていった。
「雛田くんはこの後予定ある?」
「いや、今日はもうないよ。午前中いろいろ手伝ってたからさ」
会場の設営やら、ビブリオバトル用のPCセットアップやら、来てくれたお客さんの案内やら。用事を済ませてたら、学園祭の出し物なんてほとんど見てない。
「出店見たりした?」
「そんな暇なくて、一つもみてない」
その言葉を聞いて、彼女が意地悪そうに笑った。
「じゃあ、さ。ちょっと悪いことしちゃおっか」
なっ、何をするつもりなんだ?!
「法律に反しないなら……」




