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第一・五章 大学生デビュー! 恋に青春に真っ盛りですか?②

 帖堂院大学は、それなりに歴史があり、全体で何万人もの学生を抱えるマンモス校なのだけど――多くの大学と同様に金があり余っている訳じゃない。


 特に大学の業績にもならない文化系のサークルに与える部室なんて、たかが知れている。なお、他のサークルによると、部室があるだけマシらしい。そのくせ、大学のマスコット像を立てる予算はあるのだから、大人の世界は不思議なものだ。


 そんな訳でよく言うと「年季がある」、悪く言うと「新耐震に合致していない」建物に、文芸部の部室はある。おまけにほとんどの場合、軽音部の演奏がひっきりなしに聞こえる。とてもじゃないが、落ち着いて小説を書ける場所じゃない。


 が、贅沢は言ってられないのだった。

「いつも思うけど、この急な階段はなんとかならないのかなあ。これを三階までって鬼!」


 円香がぶつぶつ文句を言う。

 こればっかりは同意せざる負えない。けれど、上まで辿り着くと楽しみが待っている。

 そう思うと、薄暗い内階段を登るのも苦ではないのだ。


「よっと、ようやく到着か」

 麻琴たちの目の前には、やけに達者な字で書かれた「文芸」という立て看板と、今にも取れそうなほどに老朽化した扉があった。

 この二つの組み合わせは謎の威圧感があり、文芸サークルがその部員数とは裏腹に、部室にあまり人が来ない原因と一つと言われている(まあ、書籍の援助などをしている教授が、「目で射殺す」と噂の厳院先生であることが大きいが)。


「すみれ先輩、いるかな?」

「ほんと、好きだねえ」

「憧れ、なんだよ」


 入学当初、サークル見学で輪に入れなかった麻琴に声をかけてくれた人。始めて部室に足を踏み入れたとき、隣の席を案内してくれた人。香月すみれ先輩。

「ふーん」と、円香。


 そんな世間話をしていると、扉の向こうがガヤガヤとうるさい。

 一人の声が、扉という障害物があってもはっきりと聞こえてきた。


「ほんじゃ、すみれ先輩、ありがとうございまーすっ! ノート絶対来週までには返すんで! お礼はランチ奢るとか……いらない? その代わり卒論手伝ってって? それだけでいいんすか? すみれ先輩、マジ女神!」


 がちゃり、という音がしてノート難民の先輩方が扉を開ける。

 麻琴たちと顔を合わせることになった彼らは、ちょっとバツの悪そうな顔をしたのちに、捨て台詞を残してそそくさと逃げる。


「お前ら……あー小説頑張れよ」

 バタバタと去っていく音すら騒がしいのは、一種の才能なんじゃないだろうか。


「何が『小説頑張れよ』だ。あいつら、中間テストと期末テストの時しか来ないくせに」

 太縁の黒メガネの位置を直しながら、部長の冬見蓮はため息をついた。やや大袈裟な仕草は、周囲に「呆れています」と示すための手段の一つだ(多分、無自覚っぽい)。


「まあまあ、いいじゃない。あれぐらい調子いいのも嫌いじゃないよ。それに彼みたいなタイプは義理人情に熱いから、貸したノートがボロボロになって帰ってくることはないだろうし」

 部室の奥で小説に目を落としながら、彼女は返事した。


「俺は、お前の心配をしてるんじゃないんだ。お前の八方美人は個人の問題だからな。この部室に、ノート狙いでうるさい奴らが来ることを心配してるんだ」

「お人好し、って言ってよ」

「い・う・か! 卒論の研究に協力してくれる奴らを集めるための布石だろ!」


 本格的にヒートアップしてきた部長を前にして、ようやく彼女――すみれ先輩は本を置いた。そっと立ち上がり、麻琴たちに近づいてくる。余裕ありげにふんわりと微笑むその姿は、この部室にパズルのようにぱちりとはまる。


 文芸サークルの部室。

 今まで上がってきた急勾配の階段も、今にも外れそうながたついた扉も、開ける者を威圧するような達筆の立て看板も、その全てが嘘だったような空間。


 壁一面に敷き詰められた本棚、そこに収められているジャンル問わず収集された名著、外の喧騒を忘れさせるかのように流れるクラシックピアノ。

 加えて、さっきまですみれ先輩が座っていた、厳院教授の私物らしい年季の入った安楽椅子が、その空間に厳かな雰囲気をプラスしている。

 

 備え付けのパイプ椅子と安物の机も、この空間ではグレードアップして見える。そんな魅惑の空間の主と言えるのが、すみれ先輩なのだった。ショートカットに、いつも身に着けている不思議な形のイヤリングがよく似合う。


「まあまあ、可愛い後輩を突っ立たせたままで、口論するのはよくないでしょ。ほらほら、麻琴くん、それと――」

「円香です」

 隣の円香がどこか不貞腐れてそう答えた。何が気に食わないのか、麻琴には一切わからない。


「ああ、円香ちゃんだ。体験入部のとき会ったよね? うちになかなかいないタイプだったから、よく覚えてたんだ」

「今、忘れてましたよね?!」

 円香がますます膨れていくのを横目に、すみれ先輩は一度あった後輩も覚えていて、流石だなあ、と麻琴は感心していた。全く、憧れというものはこうも人を盲目にさせるのだろうか。


「それで結局、合同誌はどうするんだ? 六月になっても、なんのアイディアも決まってないのはやばいだろ。うちの文化祭は夏休み明けたらすぐだぞ?」


 部長は呆れたようにそう呟く。

 どうしよっか、と言いながら、すみれ先輩がパイプ椅子に座り、麻琴たちも座るように小さく手招く。

 麻琴は先輩やさしい……じゃなくて、あのうるさい先輩方が来るまでは、どうやら文化祭について話していたようだと思う。


「どんな冊子にするか、誰が進捗管理するか。全くノ―プランだろ? 俺は実行委員とのやり取りとか、ビブリオバトルの準備で忙しいし」

 参加者を集めたり、本のプレゼンをするための環境を揃えたり、ビブリオバトルっていろいろ前準備あるからな……と部長が小声でつぶやいた。確かに大変そうだ、特にうちの部員はほとんど幽霊だからなおさら。


「安心してよ。そのために副部長の私と、未来ある新入部員たちがいるんだからさ」


 ゆるく首を傾げて笑う姿に、麻琴はつられて笑い、円香はげっ、と呟いた。

「無理ですよ、あたしジャズ研もあるので。そんながっつり協力できません」

 肩に背負っているサックスケースを指さして、円香はそう言った。


「あ~あ、残念。麻琴くんは、どう? 一緒に頑張ってみない? 私が全体見るから、麻琴くんも進捗管理とか手伝って」

 後輩をいいように使うな、と部長がすかさずつっこみを入れるが、麻琴にはあまり聞こえていない。


「はいっ! 手伝います。先輩が良ければ」


 その気のいい返事を聞いて、部長と円香は頭を抱えたのだった。

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