9.食事の相手
テーブルに並んだ料理を僕ばかり食べているのは、普段の食事の量とか、代金を出す側と出される側の意識とか、そういうことの違いが原因ではなかった。たぶん、同じようなあるいはほとんど同じ心境というか気まずさみたいなものが、互いに正反対の方向に現れているというだけのことなのだろう。向こうは手をつける気になれず、僕は逆に、手をつけまくってごまかしているわけだ。
――学校はどう? 三年生になって、何か変わった?
――この間、模試があったけど。
――そう……もう結果は出た?
――うん。
――どうだった?
――第一志望はA判定で……
相変わらず目を合わせないまま、まるで親子でするような話を、きっとそう見えるような話し方で、自然に続けた。ただし今度は、僕の方が顔を伏せたまま。だからか、彼女はまっすぐ僕を見ている。それが、視界の隅の様子から窺えた。
――早く帰らないと、お父さんとか、……(僕の妹の名前。メッセージのやりとりでは、存在すら絶対に言わないようにしていたはず)に、悪いね。
――お父さんは、仕事だからしょうがないよ。
――今日も?
――うん。最近は、たまに土日もいないことがあって。遅くなることも多いし。妹には、ご飯は用意してきたから。明日一緒に出かけて、機嫌も取っておくよ。
――ふうん……どこ行く予定?
――モールとかに、買い物に。たぶん、服とか買わされると思うけど……せっかくもらった『お小遣い』だから、少しは有効に使わないといけないだろうし。
――あんまり甘やかしたら、ダメでしょ。
――分かってるよ……たいしたものは買ってないし、たまにだから。それでも喜んでもらえるよ。
実際に『お客さん』と会うと、たいてい、まず食事をして、こんなふうに会話をする。そうすることが必要な理由は分からなくもなかったけれど、今日は特に、さっさと切り上げてしまいたかった。こんな話をこんな形でするのはおかしいと、強く感じたから。
家族とは、こういう形で食事をしたことはないと思う。ずっと、両親と妹と一緒、四人で食卓を囲んでいた。母は帰る時間がいくらか遅くなることも多かったけれど、それを待つのは何ともなかった、というか、そうするのが当たり前のことだと思っていた。今では、妹と二人だけというのが多い。父も、そこに加わって三人にしようとしてくれてはいるみたいだけれど、仕事の事情のせいで、そうも行かないらしい。だから、僕にもこんな『アルバイト』をする隙があるわけだ。なくていいのに。