3.待ち合わせ(2)
こうして初めて会う人を待つというのは、いくら経験があっても緊張してしまう。それは自分がこれからすることが、いろいろな意味や程度で問題だったり危険だという認識が消えないからだと思う。何も間違ってはいないのだから、消えるはずもないけれど――というように緊張をなだめていたとき、視界の隅に、遠くからこちらに近づき、一度立ち止まり、それから、やたらにゆっくりと歩いてくる人影を見つけた。顔を携帯電話に向けて伏せたままそんな姿を視界の端に置いて見続けた後、息をひとつ吐いてから、僕は顔を上げた。
僕よりいくらか背の低い、そしてだいぶ年上の女性が、少し離れたところに立って僕を見ていた。その姿に僕はぎょっとして、息が止まるほどだった。しかしそれも一瞬だけで、すぐに、いわば『営業スマイル』をいつものように作り、彼女に近づいていった。
相手は僕が声をかけるまで引きつったような中途半端な表情だったから、向こうの方が、驚きも緊張も強くて長かったのだろう。僕の内心がどうだったのかは、また別の話だけれど。僕にとっては意外さに対する驚きもあったけれど、何というか、とうとう来てしまった、というような印象が、なぜか強かった。
――飯尾さん、ですか?
こうやって相手の名前を口にするとき、いつも違和感がある。たぶん、作り物だと知っているからだろう。特に今は、もっとはっきりしていたから仕方ない。
――あ、はい……小出さん、ですよね。
そして自分のこの作り物の名前を他人の口から聞かされると、そのたびに、違和感以上に恥ずかしくなる。このときは、さらにそれが強かった。
丁寧な、そしてさりげない化粧が施された顔の若々しい印象は何か不思議なほどで、肩にかからない艶めいた黒い髪や、デニム地で浅葱色のジャケットでズボンもジーンズ(色は上より少し濃い)というラフな格好で、さらにそれが強調されていた。
――じゃあ、行きましょうか。
せり出した胸まで含めて、ほとんど癖のようになっている観察を終えると、意を決して僕は言った。彼女は、僕のようにはまだ平然としていなかったように見えた。少なくとも、その外面では。
こういう相手と一緒に歩いていると、どういう組み合わせだと見られているのだろうと思う。たぶん周りの人たちは僕自身とは違って何とも思っていないのだけれど、一番あり得そうなのは、親子という関係だろう。今回の相手、『飯尾かすみ』と名乗っていたこの女性は、服装などを含めて、確かにそういう関係であることが自然に見えそうな人だったし、実際そんな経験はある。だからある意味では安心している部分もあるわけだけれど、それにしても不思議なほど、自然に収まっている気がした。まあこんな言い方は白々しいくらいで、実のところ理由ははっきりしていた。