2.待ち合わせ(1)
時折、ふとこのことを思い出したりする。それはほとんど癖のようになっているからだろうし、今であれば、たぶん立ちっぱなしの姿勢が窮屈になって足の位置を組み替えたとき、踵同士が当たったからだろうと思う。痛みも何もなくても、つい触れたりしてしまうところだった。
しかし今僕の目の前を行き交うたくさんの人たちは、もちろんそんなことを知らない。周りで、僕と同じように手にした携帯電話を見つめ、画面に指を滑らせたりしている人たちも。待ち合わせの場所にいるのを相手に知らせ、返事を待っているということまで同じな人もいるのかもしれない。その相手は様々だろうけれど、僕と同じような相手を待っているという人だっていても、おかしくない。そんな可能性を考えること自体、最近まで僕にはできなかったけれど。何しろそんな世界を知ったのは、ついこの間なのだから。
土曜日の夕方の駅の中は、驚くほどの数の人で満ちていた。ステンドグラス、のようなもので装飾された壁の足下で、手すりにもたれる。そんな僕の前に広がる明るく照らされた空間には、アナウンスや話し声、絶え間ない足音、そして他のたくさんの音が響き、いろんな人が通り過ぎ、あるいは立ち止まる。スーツケースを引いている人がエスカレーターから降りてくるところで、こんな街に何をしに来たのだろうと思った。まだ肌寒い日も多いのに、腕や足や時には腹まで見せつける女の人が意外なほどいた。なぜ今日まで制服を着ているのか分からない、僕と同年配の人たちもいる。そろいのジャージ姿の集団もいた。年齢や格好が不釣り合いに見える二人組は、数え切れないほどだった。ベビーカーに乗った赤ちゃんと、その両親らしい男女と、おばあさんというような組み合わせもあった。
そんな光景をぼんやりと見つめていた僕の手の中で、携帯電話が震える。
「遅くなってすみません~ もうすぐ着きますから!」
画面に表示された、顔文字混じりで、懇願する涙目の猫のキャラクターのご挨拶が添えられたメッセージには、見覚えがあった。同じように待ち合わせた、別の相手から送られてきたものだった。それで分かるというか実感したのは、今回の相手もそうやって、年齢には不似合いなほど、何というか、かわいげのあるような、もしくはそう装おうとしている人だということだった。僕の年齢、正確には僕との年齢の差のせいでそんな態度が必要だと思われてしまうらしく、そうしようとする相手には、もう何度も出くわしていた。